第6話 探偵見習いの契約と鍛錬




 ビルの屋上は開けており、フットサルのような競技を行えそうな程度のスペースは確保されていた。時折強風が彼らの間を駆け抜ける中彩音は、不審な点がないか周囲を見渡してから、屋上からの景色を見ていたのであった。そして響は伯爵に渡された霊媒刀を握りしめる。


「さあ、二人はその刀を構えて。遠慮なく、私を斬るつもりでかかってきなさい」


「ええ、大丈夫なんですか?」


「正直あの光景を目にしているから、迂闊に近づくとあれだよね響」


 ハーネイトに促され、二人は手にした打刀を構え、力を込め握る。そして刀身から溢れ出る霊量子を見たハーネイトは、前触れもなく刀を手元に召喚した。


 その刀は怪しく紺色に光っており、その切れ味は正に黒曜石をそのまま成形し刀にしたのではないかと言わんばかりに鋭く、彼がそれで虚空を軽く振るうと全身が斬られたかのように支配される感覚を2人は覚え後ずさる。


 藍染叢雲、それが魔法探偵であり魔剣士でもある男の愛刀の銘であった。


「どこからでもどうぞ」


「そうはいっても、隙がなさそうに見える。どこから行けばいいか」


「迂闊に踏み込めば一撃もらいそうね。仕掛けようにも、うーん」

 

 ハーネイトは余裕の笑みを浮かべ、やや挑発するように藍染叢雲をくいくいっと動かし、こちらに来るように仕向ける。しかし自身の威圧感に若干気押されているのを感じとった彼は、ゆっくりと足を進めた。


「来ないのならば、私から行こう」


「マジですか!?っ、威圧感が凄すぎるっ」


「初めから飛ばしすぎじゃないんですかハーネイトさん!?」


 ハーネイトは残像すら映らないほど高速で間合いを一気に詰め、響の目の前に現れると軽く、しかしえげつない角度で切りつけようとする。無論本気を全く出しておらず、当たるようで当たらないように調整をしているものの、それでもその剣の速さは響の反応速度を圧倒的に上回っていた。


「はっ、せい、そらっ!」


「ぐっ、なんて剣の速さだ」


「相当加減をしているけれど、ほら、一撃を当ててみなさい」


「このっ!」


 そして彩音にも一撃を仕掛けるハーネイト。霊量子を放出しながら、手にした刀で攻撃を受け止めるも、ぎりぎり見切れるかどうかの剣捌きに彩音は辟易していた。


「いきなりこれは、ハードすぎるわよっ!」


「済まなかったね。だが、いい反応だ。磨きをかければ、より体が反応するはずだ。次は伯爵が相手してくれ」


「へいへい。俺様もこの刀だけで相手しよう」


 そうして伯爵も、霊媒刀を手にしてから巨大な光の剣を作り出し、その切っ先を向けたのであった。その後すぐに空中に軽く飛びあがると、腕を伸ばしながら2人に向けて攻撃を仕掛けた。


 それはまるで空気で出来た鞭何かのように見え、目で捉えるのが難しいほど不規則に動き、彼らの足元や首元をその刀で切り払おうとする。


「本当にこの人の体おかしいだろ」


「絶対人間じゃないわ、絶対! 」


「ほれ、こいつは!」


 明らかに今相手にしているのは人では到底できない動きをしてくる何かだが、2人はこれからそういう存在と戦うならひるんではいられないと、着弾地点から素早く斜め後ろに移動し体勢を立て直し、鋭い目つきで伯爵を見つめ続ける。


 その後もリリーが見守る中、4人はそれぞれ剣を交え、離れては間合いを詰めて屋上で手合わせをつづけたのであった。加減をしているのは分かっているとはいえ、響も彩音も彼らのややスパルタ的な方式に参っていた。


 けれども、剣を交えるたびに体の内側から何か力が込み上げてくるのを感じ、手ごたえを実感していたのであった。


 そう、霊量士は戦うたび、力を行使するたびに強くなれる。それは際限を知らないほどに。だからこそハーネイトも伯爵も、手荒にそう指導したのであった。それから1時間弱剣を交えた後、ハーネイトは藍染叢雲を鞘にそっと納め構えた。


「今日はこのくらいにしておこう。部屋に戻るぞ」


「ふう、マジで疲れた」


「思ったよりスパルタなのかしらハーネイトさんは」


「俺たちに魔法を教えた時もあんな感じだったぜ」


 疲れている2人を見た伯爵はそう声をかけ、昔から指導は厳しい方だと伝えた。しかしそれでも、的確にその人の能力を伸ばすことは得意であり、かつて魔法学の教官をしていたころにも大人気の先生だったことも伝えたのであった。


「大丈夫かよこれ」


「でも、霊量子の流れをより強く感じられるようになったわ」


「悪い、気分じゃないな。力が、奥底から出てくるって感じだ」


 そうして全員は部屋に戻り、汗をかいた二人にシャワーを浴びてくるように伝えた。


「二人ともお疲れさま。リリー、二人にお菓子を出してあげて」


「わかったわ」


 リリーにそう命じた後、二人が体を綺麗にしている間にハーネイトは幾つか書類を手に取ってからまとめて置いた。そして二人が戻ってきてから、それに目を通すように指示を出した。


「これからしばらくはここにきて修行して、捜査に協力してもらうことになる。これが、契約書だ。目を通しておいてくれ」


「内容は……って、やはりそうなるか。あの時だって危なかったが……大丈夫なのですか本当に」


「活躍に応じて基本給に出来高払い、特別報酬もあるって、なんか本当に、すごいわね。でも金塊渡されても困るわ、はは」


 書かれている内容を、目で追いながら頭の中に入れていく二人だが、その文面の中にはかなり穏やかでない内容も含まれていた。


 しかしサポートはかなり手厚く、何があっても最後はハーネイト本人が蹴りをつけるというようなことも書いてあったことに、頼もしさと若干の不安が合わさった感情を抱いていた。


「私と伯爵だけならば別にこんなものは用意しなくていいのだが、このような事態が起きた以上、正式な契約書が必要だと思って、急遽作成しておいた。この世界でも、そういう契約というのは大切な物だろう?」


 故郷でも契約は大切だ、それを正確に履行してきたからこそ今がある。だからこういう時こそ厳格にし、彼らに後悔の無いようにハーネイトは用意していたのであった。


「……協力すれば、もっと教えてくれるんですよね?」


「ああ、約束しよう。男に二言はない」


「3人とも、私たちに戦う技術をちゃんと教えていただけますか?」


「もちろんだ。そのために時間を割いて修行に付き合うからな。しばらく調査がさらに進まないのは、結構痛手だがな。しかしだ、未来への投資は大切だからね」


 2人が何よりも気になっていたことは、仲間になれば彼らについて、さらに多くの情報を聞き出せる上に、他の世界のことなどを知ることもできるのではないかいう点であり、それについてもしっかり情報提供をしてもらうと約束してもらい、2人は目を軽く合わせた後に、ハーネイトに向けてお礼をしながらこう述べたのであった。


「改めて、よろしくお願いします。ハーネイト先生」


「ご指導のほど、よろしくお願いします。伯爵さん」


「分かった。これより結月響と如月彩音は私のもとで鍛錬を行い、あらゆる脅威に立ち向かうため共に戦うことを誓うか?」


「誓います」


「はい、誓います」

 

 改めて強い決意を表情から感じ取ったハーネイトは、ふっと微笑んでから二人に握手を求め、それに2人も答えたのであった。


「……ありがとう、二人とも。こちらも全力で当たらせてもらおう」


「はい。今日は予定は他にないので、あの本とか読んでみたいっすけど、問題ないですか?」


「私も見たいわ」


「いいだろう、夜にならないと捜査が進みづらいからな。ゆっくりしていくといい」


 こうして契約を交わした両人は、リリーの用意した和菓子を食べながらしばし雑談をしていた。そして話は部屋の本棚に整理されている本について話が移る。


「この本は、魔獣、全書」


「霊魔についての研究結果って書いてあるわね」


「ああ、それらの本は持ち出しは禁止だ、ああ、そっちは複写本だからいいぞ」


 そう声をかけたハーネイトは、二人の様子を観察していた。そして響は彩音を手伝い、本棚に並べてあった本を幾つか手に取って机の上に置くと、二人とも黙々と読み進めていったのであった。


「こんな化け物が、いるのか?」


「あ、これ。村を襲ったやつと形も色も同じだわ」


「これか、黒白、っていうのか」


 響が手にしていた本には、響と彩音がかつて故郷である矢田神村で目にした、事件の元凶と思われる化け物と同様の個体に関するデータが詳細に載っており、それを食い入るように二人は見ながら、憎しみを表情で見せていたのであった。


「本当に、不思議な子たちだわ」


「だが、幼いころにつらい経験をしてきたようだ」


「しかしあの素質、彼らは一体……どこかで霊量子を日常的に浴びてきたとしか思えないほどの伸びの良さだ。調べてみたいな」


 幾ら先天的に素質があれど、ハーネイトですら習得には時間が少しかかった技術を、幾ら初歩的とはいえあれほど早く習得できた二人について彼は不思議だと感じつつも、優しい眼差しで彼らを見ていた。


 それからあっという間に数時間が経ち、気になる資料を粗方読み終えた二人は、ハーネイトにお礼をしたのであった。


「ありがとうございました」


「あれほど種類がいるとは思いませんでした。……全部倒せるように精進します」


「焦ることはない。だがその意気はいい。さて、そろそろいいかな」


 2人の勤勉さとまじめさに敬服しつつ、ハーネイトは専用の椅子に座りながら、机の上で腕を組んで資料を深々と読む響や彩音を見つめる。しばらくしてから彼は、2人もあることを言い渡したのであった。


「さて、2人には早速だがやってほしいことがある」


 その言葉を聞き響と彩音は慌てて、彼の目の前に来て初任務の内容をしっかり聞こうとしていた。

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