第5話 彼らの活動理由と霊量士という存在
「ん……もう朝か。ああ、今日は土曜だったな」
響はベッドからゆっくりと起き上がり、服を着替えてリビングで軽く食事をとる。そしてスマホで彩音に連絡をし、マンションの近くにある公園で9時に待ち合わせる約束をした。母に出かけることを告げ、厚手の青い上着を羽織ってから外に出て、彩音と待ち合わせした場所に向かった。
「待たせたな彩音」
「大丈夫よ、ねえ響。昨日の件、どう思う?」
2人は合流した後、中央街に向けて歩きながら話をしていた。まだ物静かな街中だが、日が昇るにつれて慌ただしくなる。人も多くなるため、早めに行こうとしていた。そして彩音は昨日起きたことについて響に尋ねた。
「正直まだ信じられねえよ。だけど、さ。それでも聞くしかない」
「そう、よね。まだ少し怖いけど、でも知りたいわ。知らないところで、とんでもないことが起きているのだとしたら、見て見ぬふりはできないよ……うん」
「それじゃ、行こうぜ彩音」
「うん、そうだね響」
2人は10分ほどかけて、中央街にまで足を運び、昨日訪れた事務所の方へ足を進める。時折町全体を見回すが、今のところ特に異変はないようだと感じつつ、寒さで手がかじかんできた2人は途中で暖かい飲み物をコンビニで買ってから話を続けた。
「しかし怪しいよな、正直」
「そ、そうね。私たちとそこまで年齢が変わらなさそうに見えるのに、なぜあのような仕事をしているのかすごく気になるわ」
そうして彼らは、昨日の夜訪れたハーネイトの事務所まで来た。そして響が部屋のドアをノックする。すると扉が開き部屋の中から現れたのは可愛らしい、小悪魔のような金髪の少女であった。
「わわわ、だ、誰なの?まさかお客さん?」
「ああ、済まないねリリー。通してあげてください」
ハーネイトがリリーと呼ぶ、響たちよりも年下にしか見えない紫髪の少女は、2人の姿を見て一瞬驚くも、すぐ平静を取り戻して彼らを迎え入れた。
「来ましたよ、ハーネイトさん。あの子も、ハーネイトさんの仲間ですか?」
「そうだ。ひとまず、そこに腰を掛けてくれ」
「もう、来客予約あるなら言ってよね」
「ごめんなリリー」
ハーネイトは2人を部屋の中に迎え入れ、ソファーに座らせた後、コーヒーを2人に入れて持ってきた。
「そうですね。とても強いですよ、彼女は。それとあれから、体の方はどうです?」
「いや、何ともないですね」
「ならいいのですが。あの空間は、普通の人間が長時間存在できない場所です」
ハーネイトは終始非常に丁寧な口調で、2人が昨日侵入した場所について話を進めた。
「その、世界と世界を繋ぐ空間は例えばどんな世界と繋がっているのです?」
「まあ、例を挙げるなら霊が住む世界や、悪魔、魔物が巣くう世界とかか。機械の世界とか、神ばかりが住む世界とかもあるのだが。実態は数えきれないほどあるらしいが……実際のところ、調査がほとんど進んでいなくてね。本格的に調べようとしていたのだが……色々トラブルがあってね」
ハーネイトは、昨日いた空間を異界空間、正確には「異境界航行空間」と呼んでいることを教え、内部がどのくらいの広さであるか、何が存在しているかなどを大規模かつ大人数で調べようとしていたという。だがその矢先奇妙な事件が発生し、そちらの調査も並行しなければならず進んでいないということを明かす。
「その別世界の住人たちが、ここにやってきて悪さをするわけですか?」
「そうだぜ、本来俺様もそういうあれなんだがな。見ていたんだろ?戦ってるところをさ」
その間に伯爵が外回りを終えて戻ってきた。話を聞いていたようでそう言いながら2人が座るソファーとは別のソファーに寝そべるように横たわる。そしてリリーが伯爵の傍にちょこんと座った。
「もしかして、ハーネイトさんも伯爵さんも、リリーさんも……地球を調べ何かするつもりではないですよね?」
「もう、私はイギリス人と日本人のハーフよ。異世界に飛ばされて、戻ってきたの」
「フフフ……そう、だとしたら、どうするつもりかい?」
リリーは即座に自身が地球人であると言い、伯爵とハーネイトは一瞬黙った後、2人にそう言葉を放った。
「い、いや。ただ、そうだとしたらあなたたちは何のために来ているのか、気になるんだ。悪いことだったら……」
「フッ、悪いことをするなら、君たちを助けると思う?少なくとも私たちは、人の世界を守るために活動している。それだけは覚えておいてほしい。それと、地球人にはいろいろお世話になっていてね。恩を返したいのだ」
「俺もそんなところかね。とにかく、異世界同士が繋がるのとは別にヤバい問題があってだな。敵の組織の規模や組織員の総数などを調べねえといけねえし」
「……信用、していいんですよね?」
響はわずかだが二人を疑っていた。何よりあの獣を軽々と撃破するほどの実力者であり、もしその力が自分たちに向けられたらと思うと気が気でなかったのであった。
「好きにすればよい。少なくとも、こうして助けたのは君たちに色々教えたいからというのもある。だが霊を見る素質は十分にあっても、それで戦えるかというと別問題だ。まだスタートラインにも立っていない」
「はあ……あの2人は昨日、刀で戦っていましたよね?ヴァルドラウンさんは何か霧みたいな剣でしたけど」
「さんはいらねえ、伯爵でいい。んだな、昨日渡したあれ、持ってるだろ?」
ハーネイトはそう返事をし、響は、戦う方法の一つに伯爵から渡された刀があるのではないかと思い質問をした。
「ああ、あれか。あれを倒すにはいくつか方法があるんだが、どちらにせよ私たちの力はこの世界の人間では身に着けられない代物だ。君たちができること、それは自身の中に具現霊(レヴェネイト)を呼び出し、それを行使しながら、霊量子を操って攻撃することだ」
ハーネイトは質問に答え、他にも攻撃手段があると告げる。そして彼は2人に、自身が生み出した霊で攻撃する方法を身に着けた人「現霊士」と、霊量子を自在に操り攻撃する「霊量士」の二つがあり、2人ならどちらも鍛錬次第で身に着けられると教える。
「2つの力、か」
「お、そういや昨日渡したあれ、練習してみたか?」
「はい。うっすらと青白いあれが見えました」
「やはり渡してたな伯爵?霊媒刀(れいばいとう)は結構予備がないんだって……ってえええ?……2人とも、少し見せなさいな」
クールな表情を常に見せているハーネイトは、響と彩音がそれぞれ霊媒刀を手にし、刀身を光らせている光景を見て思わず声を上げたのであった。
「……はあ、はあ。どう、ですか?」
「へえ、やるじゃない」
「確かに、霊量子が刀身から現れている。一日でここまでとは、よほど才があるのか。少し嫉妬するほどだが、まあいい。その輝きがより強くなるように、ひたすらその訓練を毎日行えばいい。それと1つ」
目をやや丸くしながらも、ハーネイトは2人のもとに近寄り、胸元を少し見た。そして霊覚孔という部位を見てから彼はある判断をした。
「やはり、獣の攻撃を受けた所から気の流れが乱れている。整えてあげよう」
そしてハーネイトは二人の胸元に手をかざし、青白い霊量子の光を手から優しく放ち、彼らの霊覚孔(れいかくこう)を刺激し、気の乱れを整えたのであった。
「うわわっ!」
「きゃあっ!」
その衝撃に2人は驚き、わずかによろめくも、すぐにそれが自身らにとって必要であったことを感じ取ったのであった。
「これでいい。霊、そして霊量子を感じる器官が胸骨の付近にあるのだが、そこを活性化させた」
「体から、力が溢れてくるようだぜ」
「不思議ね。暖かい風に包まれているみたい」
体の中を清流の如く駆け巡る霊量子を2人は、体から力を抜きつつ感じ取り、内なる力の滾りを感じた。
「体を活性化させたことだ、屋上で軽く一戦私と交えてみないか?」
「い、いきなりすか?」
「使用するたび、戦うたびに力は磨かれ、新しい能力を身に着けることができる。これが現霊士、霊量士の習得できる能力一覧表だ。目を通してくれ」
2人の驚く顔を見ながら、にこっと微笑みつつ、机の上にある資料を手に取ってからハーネイトは彼らにある紙を手渡し確認するように促した。
そこに書いてあったのは、霊量子を用いてできることと、戦い方について簡潔にまとめた説明であった。霊量武器や憑霊武装(ひょういれいそう)、霊装現術、大魔法など見たこともない単語とその説明に頭を悩ませながらも、響も彩音も興味深くその文章を読んでいた。
それにもう1つ気になることが書いてあった。霊量士は他の霊量士が発現、開発した戦技を共有し使用できるという説明を見て、それはどういう意味なのだろうかと考えていた。
「霊量子と元素の知識を極めれば、あらゆる物質ができるって、どういうことなのですかハーネイトさん」
「ああ。それは」
座っていたハーネイトは響の質問に対してゆっくりソファーから立ち上がると、空中で手を叩き始めた。
「お空を叩くと金塊が一つ、もう一つ叩くと金塊が二つ、っと」
「は、はあああ?」
ハーネイトは彼らの目の前で、霊量士の中でも行使できる能力者が少ない創金術(イジェネート)の実演を行ったのであった。
彼が手をリズミカルに叩くたびに、空中で金の塊が作られ、それがゆっくりと机の上に落ちて山積みにされていく光景。二人は目を天にして、その一連の工程を瞬き一つせずに見ていた。
「れ、錬金術なのそれは?」
「錬金術ではない、創金術と呼びたまえ。君たちも学校の授業で元素について習わないか?」
「習ってるけど、どうしてそれと霊量子が」
「霊量子がどういう存在か、思い出してごらん。二人とも」
彼は二人に対し、霊量子とは何なのかを思い出させるように仕向け、彩音が先に気づいたようであった。
「あらゆる物質のもと、だから構造さえ知っていれば、元素の構築も可能、ってことでいいですか?」
「ああ。そういうことか。というか、それ身に着けたらやりたい放題じゃないか。確かに、悪用されては困るのも頷ける。でもハーネイトさん、それは誰にでもできることではないですよね?」
2人の言葉に複雑な表情をしながら、生成した金をまとめるハーネイトは、少し間を置いてから返答した。
「私が今見せたのは、この世界の人間では恐らく無理な芸当だろう。この力は私の故郷に住む人の中でも一握りの人しか行使できない。特殊な遺伝子を宿したというか、ある程度神様的な物に近い存在でしか使えないし素質があっても、知識がないと使えない面倒な力だ」
それを聞いて、やはりこのハーネイトという男がどう見ても只者でないことを2人は理解していたが、やや頭が追い付いていない状態であった。
「……だが、極めればもしかすると、かもな。しかし2人とも、先天的な力の持ち主であるとみて間違いない。それとそれに関連し、現在分かっている事件の被害者の共通項、何かわかるかい?」
「学生が多く狙われている感じはするが、それだけじゃない気もするんだ」
「性別や、年齢はそこまで共通点はないと思う。まさか、幽霊が見える人限定で狙われたとかないわよね」
「……彩音の言うとおりだ。敵は力のある者を狙っているとみて間違いない。あの後亀裂とその周辺を調べたところ、どうも異界化現象が起きやすいみたいでな」
昨日追加で調査したハーネイトは、亀裂付近を通る人々の姿をしばらく見ていたという。すると一般的な人間が横を素通りしても何も起こらなかったという。そこで霊量士であるリリーを呼び出し近くを通らせてみたところ姿が一瞬で消えたという。すぐに彼女は戻ってきたが、移動した感覚は響が証言したのと同じだったのであった。その話を聞いた2人は、心配でたまらなさそうな顔をしていた。
「みんな、無事なんだろうか。どう聞いてもさっきの話だと罠を仕掛けられているみたいですね」
「今は、地道に痕跡を探すしかないのかな。でも今の話だと、突然行方が分からなくなる感じだよね。警察とか苦労するわけねえ」
「心配なら、早く力をつけて探しに行かないとね、二人とも?」
「ひとまず、どの程度実力があるか見せてもらおうかお前ら。自らの立ち位置を知るのは、強くなるうえでの基本だというしな、へへへ」
響は、連絡の取れない友人である翼のことを、彩音は間城と九龍という友達のことをそれぞれ心配していた。リリーとハーネイトはなだめつつも、どの程度の実力を秘めているか確認したかったため、彼らをビルの屋上に案内したのであった。
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