第4話 能力の目覚めと血による終焉をもたらす者?



 自宅のある5階建てのマンションのエレベーターに乗り、マンションの北側にある一室の鍵を開け帰宅した響は、リビングにいる母である京子に声をかけた。いつもより帰りが遅くなったものの、彼女の問いかけについて嘘をついてその場を取り繕った。


「ただいま、母さん」


「おかえり、響。帰り遅かったけど、大丈夫? 」


「大丈夫だよ、友達と話し込んでた」


「それならいいけど、最近物騒な事件が起きているから心配よ。気を付けてね響」


「分かっているよ母さん。母さんこそ、夜勤から帰るとき気を付けてよな」


「そうね。お互い気を付けないと。それにしても、翼君の行方はまだわからないの? 」


 響は看護師であり、夜勤もある母、京子のことを心配していた。そして響は京子の用意した夕食を食べた後、響の友達である鬼塚翼のことについて話をしていた。


「うん、もう2日にもなるのに、どこにいるんだ翼は」


「警察の方もあれみたいね。他にも行方不明になった人が多くて手が回らないらしいわよ。躍起になって捜査しているみたいだけどね。ニュースで言っていたわ」


 京子は先ほど見ていたニュースの内容について話しながら、この街も物騒になったわとつぶやき、つけていたテレビを見ていたのであった。


「そうなんだな。全員無事だといいんだけど、心配だよ」


「そうね。大和さんも心配で気が気でならないでしょうね」


 響が行方不明になった人たちの安否を気にしていた。そして京子は、行方不明になっている鬼塚翼の父である鬼塚大和という人物と面識があった。そのため彼のことも気にしていたのであった。そして先ほどの一件。あの男たちに危ないところを救われたわけだが、この街で何か恐ろしい事が起きていることを実感した響は、もしかすると翼も、他の人たちもあの空間の中に引きずり込まれていないかと考え、不安でたまらなかったのであった。


「そうだと思う。……母さん、俺は部屋に戻るから、おやすみなさい」


「おやすみなさい、響」

 

 響は京子にそう言うと一旦部屋に戻り、着替えた後風呂に入ってからまた部屋に戻ってから、最近集めていた行方不明に関する事件の資料をまとめた後、伯爵から手渡された刀と、自身の愛用している道具である競技用のバトンを机に用意し、先に刀の方から手にして、精神を集中させる。


「見た目はそれなりな重さのはずなのに、まるで風を掴んでいるかのように軽い」


 どう見ても軽く数キロはありそうなはずなのに、手にした素朴な刀は異常なまでに軽く、しかし確かに、物質として存在していた。それを不思議に思いつつも響は、その刀をしっかり手で握った。


「これに意識を集中させるのか」


 響は目を閉じ、伯爵にアドバイスをもらったとおり、体と道具を一体化するイメージで自身の気を流し通してみた。


「はあ、はあ。何だか、ぼんやりと刀身から青白い、淡い光が見えてきた。これが、霊量子なのか?」


 響はその打刀をよく観察しながら、表面に流れるエネルギーの流れを理解したのであった。この力が、あの時襲ってきた悪霊のような存在に対抗できる力なのだなと感じ、しばらくその感覚を体に覚えさせるように刀を握っていたのであった。


 その頃彩音も、自宅に戻り食事と風呂を済ませた後、伯爵から渡された打刀を手にし、意識を集中させた。すると刀身に光が宿り、それが表面を清流のように流れているのを目で感じ取った。


「私に、こんな力が眠っていたなんて。しかし、誰にでもこの力ってあるのかしら。明日2人に聞いてみましょう。……別の世界から来たなんて、まるで夢を見ているみたいね。でも、あの力は確かに現実のもの。少し怖いけど、2人から戦い方をしっかり学ぶわ」


 今見ているその力が、あれを倒しうる力。あの大人2人が使っていた力なのかと思い感動しつつ、今度は愛用の競技用薙刀を手に取ると、それにもわずかに霊量子の流れを感じた。それを理解し、極めればどうなるのか、彩音はワクワクしていたのであった。まさか命の恩人が、別の世界から来たなんてまだ受け入れがたいけれど、彼女は恐怖より好奇心の方が勝っている状態であった。


「ハーネイトさん……か。妖艶というか、大人の色気というか。女の人にも見える男性って感じで、どこか興味を惹かれるわ」


 また彩音は、ハーネイトたちについて非常に興味を持っていた。特にハーネイトの独特な雰囲気に心を奪われていた。だがしかし、あの力をこちら側に振るわれていたらと思うと、ぞっとする彼女であった。明らかにあの獣を圧倒する力、そんな力を自分も早く欲しいと思いながら、机に向かうとノートを開きペンを手に取り、学校の課題を済ませてからパジャマに着替えると友人とスマートフォンでしばらくやり取りをしていた。

 

 ともかく霊量子とは何か、漠然と体で覚えた2人は明日に備えそれぞれベッドで就寝したのであった。



「よう、戻ってきたぜ」


「お疲れさま。ちゃんと送ってきた?」


「おうよ」


 伯爵は事務所に戻ると、小さいソファーにどんと腰かけて、両腕を大きく伸ばしくつろいでいた。先に別のソファーで寝転がっていたハーネイトはすぐに起き上がり、机に置いてある資料を読みながら伯爵の話を聞いていた。


「あいつら、もう覚悟決めてやがる。相棒も、そろそろ決心しろよな。正直もっといい部屋で過ごしたいしなあ。地球を訪れてまだそんなに日にちは経ってねえけどよ」


「あ、ああ。それでもこの地球が今かなり危ないのは分かる。しかしな、まだ若い彼らを正直巻き込みたくないのだ」


「そりゃわかるけどよぉ、霊量子を操れる存在ってまず超レアだってのは分かるだろ?ましてやここはコズミズド界、霊量子の存在を知る者など皆無だ。素質があるなら人間以外の手も借りたいくらいだ」


 ハーネイトは内心、共に戦ってくれる仲間がいればいるほど楽ではあるとは考えていた。しかしそれらに抗う力が、歳の若い人ほど目覚めやすいということに彼は複雑な心境であった。

 

 将来の希望に溢れる若者を戦いに駆り出すなど、彼らが本来手に入れられるはずの希望も、未来も潰してしまうのではないかと彼は考えていた。しかしいつ、自身らだけでは対応しきれない案件が来た際にそれでよいのかとも考えていた。


 まだこの地球に来てから日が浅い。それでも、昔手に入れたこの地球の資料と今の状態を照合させても色々おかしい。ましてやあの匂いがプンプンする。不快な血の匂いが遠くから滓かに鼻をつついて騒めかせる。それがハーネイトも伯爵も嫌いであった。


「だがよ、幾ら多くの人が気づかないとはいえ、本来なら各自で自身の住む世界ぐらい守って欲しいわな」


「それは同感だ。しかし戦う術も知らずにそう任せておいては、後々こちら側にも悪影響が及ぶかもしれない、そう考えると、やはり交流を深めるしかないか。あれを相手にするなら、今の地球の人たちでは対抗することは決して敵わないだろう」


「血による終焉をもたらす者・ブラッディフィエンダー、ねえ」


 それについて伯爵が自身の経験談からそう話し、それに同感したハーネイト。けれども、自身らが立ち向かい倒さなければならない敵は、地球はおろか、彼らの故郷の現代兵器ですら有効打にならないものばかりであり、少しでも保険をかけておきたいと伯爵にそういう彼は、椅子の背もたれに背中を預けたのち、ところどころ茶色く変色した天井を見ながらどうするべきかを考えていたのであった。


 彼らが追うその血徒 (ブラディエイター)は、別名「血による終焉をもたらす者 (ブラッディフィエンダー)」とも呼ばれ、多くの命を奪い、支配してきた集団である。それを倒すには、霊量子を操り我がものとすることができる能力者の攻撃以外に方法はない。人員も組織規模も不明、分かっていることは2つだけであり、この先刃を交えることは必然な相手である。


「異界化現象と血徒の活動、か。とにかく、そろそろ考えた方がいいぜ。幾つか日本国内、そして後々にはそれ以外の国でも拠点を作る必要が出てくるな相棒」


「だな、ああ。女神、代行か。……やるしかない。ソラの代わりに、私たちで世界を見守りバランスを保つって約束だからな」

 

 それからしばらく2人は話し合いながら、事務所の中にあるソファーで眠りに入ったのであった。

 


 そんな中、彼らが亀裂を脱出したころに時間が戻る。その当時、実は遠くのビルから1人の少女が事務所に向かう響たちの姿を目でしっかりと捉えていたのであった。


「あれも、街を襲っている幽霊?だとしたら。しかしあの少年少女は私の通う高校の同じ学生……しかも、顔を知っている。問題はあの男2人、明らかに人離れした気を感じるわ」


 気配を極力消しつつ夜道をかける4人の姿を確実に瞳に捕らえていたその女は、手にしていた美しい玉虫色の扇子を広げて仰ぎながら、颯爽(さっそう)と北風が吹き荒れるビルの屋上から降りて行ったのであった。


「お父様に知らせなければならないわ。彼らがこちらの益になるというのならば嬉しいのだけど」


 彼女はそう思いながら、自宅である屋敷まで人気の目立たない道を走り敷地内に入り、屋敷の中に急いで入るな否や父を呼び、事の経緯について話をしたのであった。


「そうか亜里沙、分かった。ある友人が行方不明になった息子を探すため凄腕の探偵とやらに声をかけたという話を聞いたが、特徴などから恐らくその2人だろう」


「どうしますかお父様?」


「一応監視しておいてくれ。もし彼らが事件を解決できたならば、こちらから接触する価値はある」


 亜里沙と呼ぶ少女は、父の話を聞き承諾すると自室に戻り、今起きている怪事件について集めた情報を整理していたのであった。



 その一方で異界亀裂内では、仮面をつけた貴族らしい、薄い桃色のスカートやブラウスを身に着けた恰好をした仮面の騎士らしい姿をした1人の少女が、蝙蝠(こうもり)のような使い魔を経由して、先ほど起きていたハーネイトたちと自身たちが追っている存在が利用する魂食獣の戦闘をしばらく見ていたのであった。


「これは……あれは何者?だけど、あれほどの獣を一瞬で……。自分たちと同じような力を使っているのが気になるわね。あれを倒すのに使えるかしら……?」


 あれは一体何者なのだ。仮面の女性騎士は歯を食いしばった後、ため息をついていた。それから手にした直剣を鞘に納めると、その場を立ち去ったのであった。彼女ははぐれた仲間たちを急いで探さないといけない、そう思いながら異界空間内を駆け回っていたのであった。

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