第3話 謎多き探偵の事務所


 事務所まで案内された2人はゆっくりと部屋に入る。所々経年劣化による汚れや痛みのある壁や天井が目につくが、それ以外は小綺麗にしてあり清潔感のある事務所であった。

 

 響は部屋の外観を、彩音は置いてある骨とう品や装飾をしばらく見ていた。質素なものではあるが、通信機器や本、捜査資料などは綺麗に整頓されていた。


 全体的に部屋の外観は古いものの、言いようによっては味のある雰囲気を醸し出していた。


 しかし彼らはなぜ、このような古いビルに事務所を作っているのか、響と彩音は同じ疑問を抱いていた。あの戦いを見て、とても人とは思えない程の力を持ち、只者ではない2人があまり広くないこの一室を借りているのか、どうしてもそれが頭から離れなかった。


「ここが、私の事務所だ。古い建物で少々あれだが、個人的にはこれはこれでね。駆け出しの頃を思い出すよ」


「お前らと同じように化け物に襲われていた爺さんを助けたら、ビルのメンテ手伝う代わりにこの一室をくれたのさ」


「そ、そうなんですか」


「あまり物は置いてないのですね、もしかして」


「ここに少し前に来たばかりでね」


「やはりね。……え、あの。もしかしてだけど、やはり2人とも別の世界から、来た存在、なのですか?」


 彩音はハーネイトの言葉に目を丸くし、一歩下がる。怖がらせたなとハーネイトは思い謝罪してから、ここに来た経緯を軽く説明をした。何でも最近ここに来たらしく、その時にある人を助け、その縁でこの部屋を貸してもらっているという。


 先にそう言った上で、自分たちは別世界から来た存在であることを明かし再び驚かせるも、彼らは自分たちにとって命の恩人であり、悪意をもってこの世界に来たわけではないことは分かっており、むしろ事件を解決するために奔走している存在であることは分かったので、急に体の力が抜けてしまったのであった。


 伯爵は2人に近くにあるソファーに座るよう促し、指示に従い座る響と彩音はもう一度部屋全体を見回すと、見たこともない言語で書かれた背表紙の本を見つけ、改めてとんでもない何かに巻き込まれたのだなと再度実感する。


 2人の戦闘の光景を脳内で思い出すたび、あれは夢などではなく、確かにあった出来事なのだなと思っていたのであった。


「ふう、正直緊張してて、な。2人が只者ではないのはあれを見て分かっていた。だが、いい人たちなんだな」


「そうね。それとここ、雰囲気はとても探偵事務所らしいわね響」


「確かに。だがそれにしては……武器まで置いているのが気になるな」


「できるだけ探偵事務所っぽくしてみたのだが、一応何でも屋にかなり近い探偵ってことでね。人探しから怪物の討伐まで、仕事があれば何でも引き受けるのが私だ」


「そういう感じなのですねハーネイトさん。あの、それで……その魂食獣ってのはどれだけいるのですか?」


 響は、自身らがかつて住んでいた小さな村を襲った悪夢について、その正体を探ろうとしていた。あれを容易く倒せる者ならば、正体ぐらい知っているはずだ、そう思いハーネイトに詰め寄るように質問する。

 

 それに対しハーネイトは、最近この街に来たばかりで調査中だと言いつつ奇妙な事件がこの春花で起きていることを話す。それを聞いた響と彩音は、彼にある事件の話をしようと決めたのであった。


「被害が広がっている、のか。あの悪夢が、くそっ! 」


「なんてこと、なの」


「君たちは、以前に見たことがあるのだな、似たようなものを」


「ああ。あれは、白い狼だった。しかし、半透明で実体がなかった」


 2人はそれぞれ、前に住んでいた村で起きた集団衰弱死事件について詳細に説明を行った。


 今からおよそ8年前、日本のとある山中にある田舎町、矢田神村において高齢者や若者を中心に、突然意識を失い、そのまま約1月後に死に至るという恐ろしい事件が発生した。


 被害者は300人近く住んでいた住民のうち、その3分の1に当たる98名が昏睡(こんすい)し意識不明になり、その全員が例外なく死亡した。 

 

 それは一時期日本中で騒ぎになったものの、時間の経過とともに忘れられていた。場所が山中であることと、それ以外の地域では当時何もなかったためである。


 実際はそうではなかったのだが、それを知る存在はほとんどなく国は、その矢田神村を廃村とし、立ち入り禁止にした後、残りの住民を疎開(そかい)させたのであった。


 その際にある条件と引き換えに補償などは十分に与えられたものの、2度と住民は故郷に戻ることができなくなったのであった。


「それは……辛かったな。そしてお前らは怪しい存在を目撃したというわけだな」


「そこまで被害が甚大な案件は、少なくとも自分たちの世界ではなかった。別の存在が猛威を振るっていたがな」


「そのような存在がこんなところまでいるなんて……、またあのようなことが」


 故郷で起きた事件が再び、しかも別の土地で起ころうとしていたことに恐怖を感じていた響と彩音。それを見た伯爵がすぐにコーヒーを入れてきて2人に手渡した。


「これを飲みな。ああ、これは近くの店で買ったやつだから安心しな」


「あ、ありがとうございます。美味しいですね、よく淹れているのですか?」


「そうだね、実はあまり苦いものは好きではないのだが、たまに飲みたくなるのだ」


 2人の様子に時折違和感を覚えながらも、コーヒーを2人は飲んでいた。質が良いのだろうか、周囲に香ばしく、鼻をくすぐる香りが立ち込める。2人は飲みやすく、しかも上質のものを揃えていると判断してからじっくり味わっていた。


「それとケガの方はすでに治しておいた。だが、霊的な存在に傷をつけられた人の中には、ある能力が開花すると昔から言われている」


「あの局面、下手すりゃ食われていただろうな。しかし運よくここにいる」


「その能力とは、どういう物なのですか。ハーネイトさん」


「それは、あの獣や、それより恐ろしい存在すら倒しうる能力者。霊量士、クォルタードという力だ」


 霊量士クォルタードという初めて聞いたその言葉に、響も彩音も首をかしげる。それからハーネイトが傷を治したと言って、自分たちがけがを負ったところを見ると確かに何もなかったかのようにきれいになっていた。


霊量士クォルタード、って一体何だよ」


「それを教えるには、まずある物質について話をせねばならない。君たちを襲った、魂食獣を初めとした者らの肉体を構成しているのは、高濃度な霊量子クォルツだ。しかも元素化していない代物でね」


 そうして、ハーネイトは霊量子クォルツというあらゆる物質のもととなる万能物質について説明を始めた。


 元素を構築する原子や陽電子よりも小さく、最小の単位の物質。それを感じ取り緻密(ちみつ)に操ることができる能力者を「霊量士(クォルタード)」と呼び、同じくそれでできている存在にも、それ以外の存在にも干渉し、有効打を加えられる力を持つという。


 これは、霊量子同士がぶつかった際の相互干渉作用と呼ぶものに起因する。能力者は、手にした武器にも霊量子の力を付与し対霊特攻攻撃を可能にする。非常に数が少ないため、素質のある者をハーネイトたちは探しているという。


「自分たちの体も、周りにあるものも、すべてそれからできているのかよ」


「それを、ハーネイトさんも伯爵さんも操れるわけですか?」


「その通りだ。極めれば攻撃を無効化することも、あらゆる物質を生み出すこともできる」


「俺はさらに特殊なんだが、説明がややこしいから今は言わねえ」

 

 話を一通り聞いた2人は全く知らなかったことについて驚きつつ、その話の内容に興味を持った。


「それで、その力を極めれば、本当にあれに勝てるのか?」


「……今のところは、努力次第としか言えない。だが、実体化しようと、霊体化しようと、並の兵器では傷1つつかない連中だ。それに傷を入れるには、同じ力をもって対抗するしかない。簡単に言えば、対幽霊用の装備で戦わないと一方的にやられると言えばいいかな」


「とはいってもだ、その力を手にするということは、もう後戻りできねえわけだ」


「下手に広まって悪用されては困るのでね。それと戦う定めを背負う以上、ケガや、運が悪ければ死ぬかもしれない。2人に覚悟がないなら、この場で記憶を消す魔法をかけよう。中途半端に知ると、早死にするのだからね、あ、その前に1つ質問していい?」


「何でしょうか?」


「2人とも、夜空に浮かぶ紅き流星みたいの、見える?」


 ハーネイトの唐突な質問に響と彩音は驚くが、その質問内容に思わず絶句する。そういうことは、この2人もあの流星が見える。そうではないかと思った彩音が先に返答する。


「はい!その流星を見ることができます。しかも数年前から目撃報告があちこちで……」


「見えない人は見えないし、写真にも星が映らないから説明しようにもできなくて」


 2人はそれから、ハーネイトに対し紅き流星に関する情報を口早に話し、それを彼がメモに取り確認する。


「それはそうだろうね。しかし、まだ仮説だがそれが見える人は、先ほどのような光る亀裂の近くに行ってはならないかもね」


「そうなのですかハーネイトさん?」


「まだ仮説だ。しかし、あの星が見える=先ほどいた空間を認識し侵入できると言う方程式は、のちに確実な答えになるだろうと私は見ているが」


 ハーネイト曰く、紅き流星と先ほど見た光る亀裂、異界空間とは関係があっていいと言う。どれかが見えるなら、他のもじきに見えるようになるといいつつ、そういう人たちが霊量士になる資格を得ると話す。


「そうなると、悪いけど君たちは霊量士になるしかないなこれ。でないと、早晩命を落とす。しかしなれれば、どんな脅威にも一方的に勝てる可能性が高い。のだが……恐ろしい敵ばかりと、刃を交える可能性も高いぞ」


 やや脅しをかけるように二人にそう言うハーネイト。実際この能力者は数が非常に少なく、実質的にハーネイトの率いる仲間しか、その力を所持するものが存在しない現状である。


 また、その力はあらゆる可能性を秘めていること。そしてそのような事態や能力が広まり、歪曲した形で広がることによる混乱を防ぎたかったのであった。


「……俺、その霊量士になってやる。親父の仇を取りてえんだ。正体が分かったんだ、ここで引き下がるなんてできない。あの紅き流星が見えるってのも、何かの縁かもしれないし。お願いしますハーネイトさん!」


「私もよ!故郷をめちゃくちゃにした連中が今もこうしてのさばっているなんて、許せない。友達も、家族もあれのせいで……。だから、私。このチャンスを逃したくないの、お願い、ハーネイトさん。戦う方法を教えて欲しいの!」


 響も彩音も、思い出しつつ悔しい表情で歯を食いしばりながら、ハーネイトの言った霊量士になりたいと意思を明確に表した。


 これ以上事件の被害者を増やしたくない。何よりも、故郷の村で起きた事件の本当の真実に迫りたいという思いと、あの空間や紅き流星の秘密を知りたいという好奇心、それが彼らを突き動かした。


「長く、辛い戦いになるぞ」


「……それでも、そういう奴がいるって分かった以上、黙って見ていられないわ!」


「彩音も俺も、事件の真相が知りたいんだ。なぜあのような悲しい事件が起きたのかを」


「……霊量子を操る修行も生半可なものではないし、君たちにはまだ無限の未来がある。それを振り切ってまで、仇を取りたいか?世界を救いたいのか?」


さらに脅す意味合いを含めた言葉を2人に投げかけるも、それでも一度心の中に芽生えた思いはやすやすと消えはしない。


 彼等の目と表情、声。それらからハーネイトは、幸か不幸か2人を巻き込んでしまったことから、彼らの先生として面倒を見る責任があると思い、少しため息をついた後、2人の頭を優しく撫でた。


「村を壊した犯人と、貴方の言っていた世界を繋げようとしている奴は、きっと関係があると思うんだ。5年前の事件だって、何か関係があるかもしれない。紅き流星だって、その前後から見えてた感じがするしな」


「そうよ。私、決めたもの。どんなに危険な目に遭っても、それでも私は。私はみんなを守りたい。誰も、あんな目に遭ってほしくないの」


「そうか。しかし悩むところもあるだろう。いきなりこんなことになって頭の整理もつかないだろうし、少し考える時間が必要だろう。覚悟を決めたら、またここに来なさいな。待っているよ」

 

 今答えを出しても後悔するかもしれない。彼らは頭に血が上っているようだと分析したハーネイトは、ひとまず頭を冷やして、その上で捜査に協力したいかどうか、能力を得て世界を乱す敵を倒す存在になりたいか聞くことにすると2人に諭して、家に帰るように促した。


 また、5年前の事件とは何か、それが凄く心に引っかかっていた彼はそれに関する調査もすべきではないかと考えていたのだが、他にやるべきことが立て込んでいたためそちらを先に優先すべきだと判断していた。


「今日はもう遅い。疲れただろう、一旦家に帰るとよい。明日と言わず、気になればいつでも訪れるといいぜ。ただし、今日起きたことは口外すんなよ、お前ら」


「わかりました。ではまた明日、来ます」


「ああ。伯爵、彼らの護衛に」


 そうして、響たちはハーネイトの事務所を後にし、彼らの住んでいる家まで伯爵がついてくることになった。中央街を抜け、マンションが連なり立つ市街地へ足を運ぶ彼らは、その間話をしていた。


「本当は、協力者を募るためにいろいろやりたいんだがな、相棒というか大将が慎重でな。俺はもっとうまくやりてえ」


「そう、なのか。苦労している、のかヴァルドラウン伯爵は」


「伯爵でいいって」


 伯爵は、ハーネイトの方針を理解しつつも、もっと他の人を頼ればいいのにと感じていた。そうすればより活動もしやすいだろうし、異世界にいる仲間も呼んできてより事態への対処がしやすいと考えていたのであった。


 ハーネイトの仲間の中には、先述した戦う力を指導及び開花させる人や、50㎞先まで必中させる狙撃手、一人で日本全国の1年間総電気使用量を余裕で賄える異星人、魔法を扱う魔女の姉妹。更には彼が雇っている、恐ろしい一騎当億クラスの戦闘能力を持つ5人の使用人も存在する。そいつらを呼べば、より世界を守れる。そう彼は考えていた。


「伯爵さんは、ハーネイトさんとどういう関係なのですか?」


「……殺し合いもしたことのある、相棒でありライバルだ」


「こ、殺し合い? 」


 その言葉に2人は目を合わせて驚く。あれだけ仲がよさそうに見えるのに、何があったのか詮索してみたくなった2人だが、伯爵は話したがらなそうな表情を見せる。


「あまり気にするな。最初の出会いがまずかっただけでな。俺は相棒が追っている敵と勘違いして襲って来たんだ」


「そう、なんですね」


「ああ、あ、そういやこれを渡すのを忘れていた」


そうして伯爵は、2人にある打刀を授けた。白く、飾り気のない鞘と柄だが、よく見れば見たこともない文字が刻まれており、それに興味を惹かれる二人であった。


「これは一体……?」


「霊量士になるための試験に使うアイテムだ。一見只の刀だがハーネイトの言った霊量子を操れるようになると光剣がその刀身を纏うように展開される。それができれば、最低限の戦いはできる。ああ、その武器は普通の人には見えないから安心しな」


 伯爵が2人に渡したその刀は、通称「霊媒刀れいばいとう」と言う。それは霊を招くための媒体となる清らかな刀であり、霊量士になる人が初めて運用するには負担がかなり少ない武器である。


「それと、霊量士の多くは自身の愛用している道具が武器になる現象を引き起こす。何か扱い慣れているものがあるならば、それに霊量子を流し込むといい」


「教えてくれて、どうもです」


 伯爵はさらに、愛用している道具が霊量子の影響で変化する現象「霊量武器」についても簡潔に説明したのであった。


 本当はまだ教えてはいけない情報であったが、少しでもハーネイトがここになじめるようにと伯爵は、彼らに友達になってほしいと内心そう思いそうしたのであった。


「そうやって、2人ともあの霊の獣と戦っているんだな」


「まあな。……しかし、本当に戦うつもりかい?」


「……ああ。少しでも、倒せる奴がいねえと、俺の故郷みたいになっちまう。そんなのはもう嫌だ。親父もそれで死んだ。もう、後悔もしたくねえし、奪われるなんて嫌なんだ」


「そう、か。2人とも因縁があるんやな。俺もさ、大切なものすべて一度奪われたことあるからよ」


 そうして伯爵は、昔自身に降りかかった不幸話と、相棒であるハーネイトの出会いまでについて淡々と語り、2人に先ほど教えたことに関して言葉をかける伯爵であった。それと、ハーネイトもまた大事な人をある事件で失い復讐者になっていることも簡潔に話す。


「……まあ、いろいろ教えてしまった手前、そこんところは責任もって指導するから安心しな。相棒も、ああ言ったが内心嬉しいんだぜ。しかし心配だから、普段言わないことを言ったのだろうな。気を悪くしたなら済まねえな」


「それは、問題ないです。ハーネイトさんも、俺たちのことを気遣って言ってくれたのは分かる。優しい、人なんだな」


「ああ。誰よりも優しくて、誰かのために行動することを最も良しとする清廉で誠実な男だ。結構後ろ向きなところとか、謙虚すぎる一面はあるが……できれば仲良くしてやってくれな?」


「はい、伯爵さん」


 伯爵が話すハーネイトの人となりを知り、どこかミステリアスで、そっけなさと落ち着いた雰囲気が同居していそうな彼の意外な一面を聞いた響も彩音は、彼がもっとどういう人か知りたくなったのであった。


「そろそろか。明日は休み、だよな?」


「はい。特にそこまで予定は」


「いつでも、足を運びな。悩んだ時も、何か話さずにいられない時も、何かあった時も、いつでもな」


「ありがとうございます。では、また明日もよろしくお願いいたします」


 そうして、響と彩音は伯爵と別れ、それぞれの家に帰っていったのであった。大きな期待とかすかな不安が入り乱れる心をぎゅっと抱いて抑え、明日また彼らの下に来ようと2人はそう考えていた。


 その一方で伯爵は、この世界に既にある存在が来襲し活動していることを匂いで知っていた。異界化現象とそのある存在が集まる組織の関係性について調査を別に行っている彼は、少しづつであるが証拠を積み重ねていた。


 だが追っている存在が、5年前にこの地球各地で起きた、大災害の元凶であることまではまだこの当時は詳しく分かっていなかったのであった。

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