第4話

 心臓がバクバクいってる。胸が痛い。

 張り裂けそうだ。


「どうしてそう思ったの?」

「確証がある訳じゃないんだ。昨日、湊先輩の家に忘れ物しちゃって今朝取りに行ったら、とても焦ってた」

「朱里が急に家に来て驚いただけかもよ?」

「そうかもね。でも、見ちゃったんだ。離れてたからハッキリと誰かは分かんなかったけど、湊先輩の家から人が出てくるの」


 朱里は下を向いてた顔を上げ、私と視線を合わせる。

 朱里の目には涙がうかんでいた。掴んでいた私の手を強く握り直していた。


「ごめん。夜更かしの原因って聞いていいかな……?」


 誤魔化そうと思った。

 帰ってすぐ眠っちゃったから夜眠れなかっただけって言えばいい。

 嘘はついてない。


 きっと朱里の気のせいだよ。

 湊先輩も朱里のこと大好きなはずだよって励ませばいい。


 そうすればまた、いつも通りだ。


 朱里に嫌われたくない。


「優奈……? 泣いてるの?」


 朱里に言われて涙が出ているのに気付いた。

 私が泣いてどうする。


 辛いのは友達と、そして彼女に裏切られている朱里だ。

 裏切っている私が泣いていいわけがない。

 袖でゴシゴシと強く目をこすっても涙は止まらない。止まってくれない。


「あれ……? 何でだろ……? ごめん。ちょっと顔洗ってくる」

「優奈!」


 立ち上がろうとしたけど、朱里に強く抱き締められる。


「今の優奈、凄い辛そうだよ。教えてくれないかな……何が優奈をそこまで苦しめてるのか。きっと私に関係あるんでしょ?」

「朱里は何も悪くない。私が悪いんだ」


 誤魔化すのはもう無理だった。




 湊先輩とのことを全て話した。

 時々、つっかえながら。涙声だし聞き取りづらかっただろうけど、朱里は私の背中を撫でながら聞いてくれた。


「裏切ってごめん。許されることだとは思ってない。でも、朱里には幸せになってほしかった」

「許すよ」


 耳を疑った。

 信じられない。


「許すっていうのも、違うか。私のせいで辛い思いさせちゃったんだもんね。こっちこそごめん」

「怒ってないの?」

「怒るとしたら、優奈が自分のことを大事にしていないことかな。私だけじゃなく、もっと自分のことも大事にして。湊先輩とは別れるよ。もう、優奈は苦しまなくていいよ」


 裏切り者に言っているとは思えない優しい言葉。

 嫌われないでよかった。

 そう思ってしまう私が、嫌いだ。


「……ところでさ。優奈は私のことが好きってことでいいんだよね?」


 朱里がちょっと照れた風に言う。

 明言はしていなかったが、確かに好きって言ってるのと変わらなかったと気づく。


「湊先輩と別れたあとになるけど、私と付き合ってくれないかな?」

「裏切り者の私じゃ朱里を幸せにできないよ」

「私は嬉しかったけどな。自分を犠牲にしてまで、私のこと想ってくれたこと」


「じゃあこうしよう。私と付き合うことが優奈への罰だよ」

「付き合うことが罰?」

「そう。罪悪感を抱いてる相手と一緒にいることは辛いよね。別れたい、離れたいって思うかもしれない。でもそんなの許さない。ずっと私のそばにいて。責任持って私のこと幸せにして」


 めちゃくちゃだなって思った。

 朱里もめちゃくちゃだと思っているのか少し笑っている。

 でも、許すとか優しい言葉を言われた時より、気が楽になったような気がする。


「私はもう朱里のことを裏切らない。幸せにする。だから申し訳ないけど、私の償いに付き合ってほしい」

「しょうがないな」


 朱里は笑ってそう言ってくれた。


 裏切った私を、それでも嫌いにならないでくれた。離れないでいてくれた。

 だから私は優奈にずっと償い続けよう。

 朱里を一生幸せにしよう。絶対。



 ----------


 長かった。本当に長かった。ようやくここまでこぎつけた。

 途中何度もやめようと思った。

 私以外と一緒にいる貴女なんて考えたくなかった。

 でもやめないで良かった。

 これで貴女は私から離れられない。


「やっと……やっとだ……。これで貴女は私のものだよ。優奈」

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