村人F
俺は一ノ瀬に連れられ服屋がある二階へとやってきた。
だが、ここで俺はある異変に気づく。
二階には人が全然いなかった。
まあそれは、一階で見たあの通勤ラッシュ時の都会の駅ほどいた人を見た後なので、全然といっても、それなりに人はいるのだが。
それでも、明らかに数が減っている。
さっきまで広げられなかった手も、今ならトリプルアクセルをしても誰にも当たらないほど。
なんで、一階と二階でこんなに人の数が違う?いや、二階だけを見ても普通に人多いなとは思うけど、それにしても一階と二階の人数が違いすぎる。
俺は、そんな疑問に駆られながら、ようやく服屋の前に到着する。
その入り口には、大きくアルファベット三文字でWNFと書いてある。
一体なんの略なんだ。
「私はここでちょっくら服を見るけど、天谷はどうする?」
一ノ瀬は振り返り、俺に聞いてくる。
「可能なら、外で待っておきたい」
俺は、人混みに酔ったか、ぐったりとしながら言う。
やばい、なんか止まってから急に疲れが押し寄せてきた。
「ってかお前、顔色悪いな。大丈夫か?」
「いや、少し人混みに酔っただけだから、少し休めば大丈夫と思う」
「そうか。じゃあ、私は服を見てくるから少し休んでろ」
そう言って一ノ瀬は、入り口に向かい、こちらを振り返らずに手を振る。
ヤダ、一ノ瀬さんイケメン!と言いたくなるほど、その姿はカッコ良かった。
* * * * * *
下の階がなにやら盛り上がっているなか、俺はWNFの真前にあった椅子に腰掛けていた。
一ノ瀬が行ってから5分くらいが経ち、俺もようやく酔いが覚めてきて体調が万全になってきた。
俺はボーッと椅子に座り、通り過ぎて行く人を眺めている。
「また会ったな。村人F」
俺は隣から話しかけられる。
見るとそこには、全身真っ黒のパーカーに身を包み腕に包帯を巻いている香月がなにも持たずに手ぶらで立っていた。パーカーには、所々ドクロマークが描かれている。
「薬草なら道具屋に売ってるよ」
俺は、とてつもないほどの棒読みでそう返す。
「は?なにを言っている。治癒魔法を持っているこの僕には薬草など要らぬ」
「薬草なら道具屋に売ってるよ」
俺は、また棒読みでそう返す。
「だから薬草は要らぬと言っているだろう。言葉が通じないのか?」
香月はそう言って、顔をグッと俺の目の前にまで近づけ、俺の目をじっと見つめる。
俺はそれに動じず、真顔のまま、さっきまでと同じように棒読みで言う。
「薬草なら道具屋に売ってるよ」
「貴様はNPCか!RPGの村人か!本当に村人Fになってしまったのか!おい、戻ってこい!戻ってこいよ!村人F!」
そう言って香月は、グワングワンと俺の胸ぐら掴んで体を揺らす。
「ちょ、やめろ。戻ったから!戻ってきたから!」
酔いが覚めてすぐなのに、そんな頭ゆらされたらまた酔ってしまうだろ。
ってか周りの人の目が痛い……。
「おお!戻ってきたか村人F!本当に村人になってしまったかと思ったぞ」
そう、ほっと息をつき香月は言う。
いや、そんな心配されるほど俺らって仲良かったっけ?
しかも、俺はこいつが猫に話しかけていたと言う、いわゆる弱み見たいなのを持っているわけだから、こいつ的には関わらない方がいいと思うんだけど。
本当、香月沙也という人はよく分からん。
「村人になってしまうかもって……俺は村人だよ、永遠の村人Fさ」
それを聞いた香月はひとつ、フッと笑い、顔を片手で隠す。
「まあいいさ、貴様がそう言い続ける限り、そういう事にしといてやろう」
そう言って、またフッと笑う。
「なんか、意味深な言い方だな……。俺は自分が村人Fだよって言い続けるよ」
「いいさ、貴様が自分が勇者であると自覚する時が来るまで、僕はいつまでも待っている」
絶対来ないよ。自分が勇者だと自覚するときとか永遠にないよ。
某ドラゴンでクエストなゲームをプレイしてる時でさえ自分が勇者だとは思わない。
「そもそも、なんで俺が勇者だと思うんだ」
それを聞いた香月は、また一つフッと笑う。
ただ、その笑みはさっきまでとは違う、優しい笑みだった。
「いや、それはまだ言わない。ただ、僕の
そう言った香月は、決まったと言わんばかりにポーズを決めており、周りの目が少し痛い。
「そ、そうか。じゃあ、教えてくれるときは言ってくれ」
「いいだろう。じゃあ、僕は行く。また会おう、自称村人F」
そう言って香月は去っていく。
テレレテッテッテーン。
村人Fはレベルが上がった。
村人Fは自称村人Fに進化した。
……進化してんのかこれ。
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