家族。その1
香月が去ってから、10分くらい時間が経ち、より一層下の階がうるさくなってきた。
このガヤガヤしてる空間、ほんと嫌いなんだけど。
そんなことを感じていると、目の前の入り口から、一ノ瀬が出てくる。
その手には、恐らく買った服が入ってるであろう袋を一つ右手に持っている。
「すまん、待たせた」
そう言い、空いてる左手を胸の前に持ってきて、ごめんと伝える。
「いや、そこまで待ってないよ」
実際、香月と少し話したおかげで結構時間を潰せたので、あんまり待ったという感覚はない。
「そうか。お、体調も良くなってきたみたいだな」
「まあ、お陰様で」
「じゃあ、次行くか」
そう言って、一ノ瀬はポケットに入れていた地図を取り出し、広げる。
「ち、ちなみに、次はどこへ?」
人が少ないところ、人が少ないところ、人が少ないところ。
俺は、心中でそう唱える。さて、その願いは届くのか否か。
「よし、とりあえず下に降りる」
「……下?」
下?あの、人がゴミのようだって言いたくなるほど、うじゃうじゃ人がいるあの、下に行くっていうのか?ははは、終わった。
「よし、そうと決まればさっさと下に降りるぞ」
そう言って、一ノ瀬は俺の手首をガッと掴み、歩き出す。
さっきよりも力強く掴まれた手に、俺は少し驚きながら連れて行かれる。
もう、どうでもいいや。そう思った昼下がり。
* * * * * *
小走りをしながら見たスマホには、14時30分と表示されている。
私、一ノ瀬静音は天谷を連れて星空モールの一階へとやってきた。
やっぱり、二階と一階では人数の差が段違いで、歩くたびに誰かと肩がぶつかってしまう。ほんと、一瞬でも目を離したら逸れてしまいそう。
ただまあ、今は私が天谷の手首を掴んでるし、離れる心配はないだろう。
私たちは一旦休憩を取るために、従業員出入口がある、少し道から外れた僅かな場所で足を止める。
「なあ、この二階と一階との人数の差はなんだ」
はー、はー、と息を荒くしながら天谷が私に聞いてくる。
その息からは、疲れが見えるし、よく見ると顔色も悪い。
やっぱり、天谷は人混みが苦手なのか?
なら、少し悪いことをしてしまったな。
「ん?知らなかったのか?今日はなんかアイドルのイベントがあるらしい」
「ア、アイドル?」
「そう、今大人気のアイドルで名前は……し、しめ……すまんが名前は忘れた」
「もしかして、〆野美沙希か?」
天谷は何かを思い出したように言う。
「ああ、確かそんな名前だ」
前に、真彩にこのアイドルいいよって紹介された人も同じ名前だったな。
「それで、これからどこに行くんだ」
天谷は私に聞いてくる。
呼吸を整えたのか、荒かった息遣いは元に戻っており、顔色も良くなっている。
私は、それを確認すると、もう一度地図を広げ、行くべき場所を確認する。
「こっち」
そう言って、私はまた天谷の手首を掴み、歩き出す。
その時掴んだ手首は、とても冷たかった。
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