中二病は大変
さて、どうしたものか。
俺は、誰もいない屋上で一人、落とし物の生徒手帳を持ち考える。
職員室に届けるか?いや、今から追いかけても普通に追いつくと思うし、届けた方がいいか。
職員室に届けても、確実にあの人のもとに届くとは限らないし。
よし、そうと決まれば急がねば、まだそう遠くには行ってないだろう。
俺は屋上の少し錆びたドアを開け、走り出す。
生徒も教師もいない、静かな廊下を走ったところで誰も文句は言わないだろう。
まあ、職員室にいる教師たちに見つかれば、怒られるだろうけど。
そんなことを気にしている暇はない、俺は急いで靴箱へと向かう。
ただ、その道中にも、靴箱にも香月沙也はいなかった。
おいおい、どこ行ったんだ?まじであの手のタイプの人は行動が読めないからな。
「お、天谷っち。また会ったねー」
走った疲れと、見つからなかった絶望感に膝に手をついてうなだれていると、後ろから声をかけられる。
俺は、膝から手を離して後ろを振り返る。
するとそこには、制服を着た東梓が立っていた。
「お、おう、東か。誰かと思った」
まあ、天谷っちとか変な呼び方するのは。こいつしかいないわけだけど。
正直そこまで頭が回らなかった。
「っていうかどしたん天谷っち。なんか疲れてるけど」
「いや、ちょっと人探しをしててね」
「へー、天谷っちが。そんで探してる人は誰なん?」
「えっと、香月沙也って人、知ってる?」
「あー、さっちゃんならさっき、校門から外に出てたのを見たよー」
「校門?もう、そこまで行ってるのか。右か左どっちに曲がったかは分かるか?」
「え、確か右だったと思うけど」
「そうか、ありがとう。じゃあ」
そう言って俺は靴に履き替え、もう一度走り出す。
「おお!なんだか分からないけど、ファイトー、天谷っちー!」
その、東の声援は風に流され、俺の耳まで届く。
* * * * * *
その公園は、学校の校門を右に曲がり、5分ほど走った所にある。
その公園は、特にこれといった特徴もなく、ありふれた、誰もが一度は遊んだことのあるようなとても小さな公園。
遊具はブランコにすべり台。そして、ジャングルジムの計三つしかない。
そして、その公園にたどり着いた俺は、ようやく探していた人物を見つける。
その少女は、公園の隅っこで恐らく野良であろう猫の頭を優しく撫でていた。
俺は、さっき見たときとはまるで違う、とても優しい表情をしていた香月沙也に俺はつい、見入ってしまう。
「にゃーん。可愛いにゃー。お散歩かにゃー?」
ゆっくりと香月に近づくにつれ、まるで猫に話しかけてるような、そんな可愛らしい声が聞こえてくる。
やばい。なんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
「誰だ!」
香月は近づいてくる俺に気づいたのか、急に後ろを振り向きそう叫ぶ。
その声にびっくりしたのか、猫は走って逃げて行く。
その体勢は、右手で顔を隠し、左手は自分を抱きしめるかのように反対側の腰を掴んでおり、きっちりと戦闘体勢?に入っていた。
「って、貴様はさっきの村人F……。僕になんのようだ」
なんか変な覚え方されてるじゃん。村人Fって!なんだよそれ。
別に俺、思考停止しながら決められたセリフを言い続けるような奴じゃないんだけど。
「いや、この生徒手帳。お前のだろ?」
俺はそう言って、拾った生徒手帳を差し出す。
「き、貴様、それをどこで拾った!」
「え、屋上でお前が落としていったんだけど」
「なっ……なんて失態を晒してしまったんだ。真紅の女王と呼ばれているこの僕が!!!!!」
呼ばれてるのか……。
がっくりとうなだれる香月に俺は生徒手帳を差し出す。
すると、少し涙目になっている顔をこちらに向けて、ありがとうと小さく言い生徒手帳を受け取る。
そして、少しの静寂の時間があったあと、香月は目を擦りながらゆっくりと立ち上がる。
そんな香月を見ていた俺は、さっき見た光景について一つ質問をする。
「猫が好きなのか?」
「猫?フッ。あんなにゃーとしか言えない下等生物なんざ、僕の眼中になどない」
そう言い、ドヤ顔を片手で隠す。
「いやでも、さっき猫の頭撫でてたし、なんか話しかけてたし……」
「き、貴様……。み、見ていたのか?」
そう言った香月には、さっきまでのドヤ顔は見れず、何かに動揺するようにガクガク体を震わせている。
「い、いいか!誰にも言うんじゃないぞ!もし言ってみろ。僕の封印されし魔術である、カオスディストーションが黙っていないからな!」
そう言い、走って去って行く香月を俺は、ただただ眺めていた。
その時の香月の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
まあ、この事は約束通り、誰にも言わないでおこう。
そもそも、誰かに言おうなんて思ってなかったけれど。
まっ、カオスディストーションとやらは喰らいたくないからな。
「そんじゃあ、俺も帰るか」
誰もいない公園で、そう呟く。
その時、空に見えた夕焼けはとても綺麗だった。
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