屋上で出会ったのは

 真彩の家に泊まってから1日が経ち、なんとか自分の家に帰れた俺は、何も考えずにベッドに横たわっていた。

 久しぶりのマイベッド。たった1日。たった1日こいつと寝なかっただけで、この感触や寝心地の良さが、とても懐かしく感じる。

 もう本当、将来はベッドと結婚したい!と気持ち悪いことを思っている時だった。

「翔ー。電話来てんよー」

 下の階から、姉貴の声が聞こえる。

 電話?しかも家の方に?

 誰からだ?と、全く予想の付かない電話相手に頭を悩ませながら階段降りていく。

 そして、姉貴から電話を受け取り、もしもしと出る。

「おお天谷!元気にしてたか?」

 そう、暑苦しい大人の女性の声がする。


「中原先生。一体何のようですか?」

 俺は声から相手が先生だと察し、答える。


「おお、天谷。お前、この前提出期限だったアンケート出してないよな?」


「アンケート?ああ、あれですか。すっかり忘れてました」


「だよな。すまんが今から持ってきてくれないか?」


「今からですか?まあ、良いですけど」


「そうか!すまんな。じゃあ、職員室にいるから持ってきてくれ」


「分かりました」

 そう言い、俺は電話を切る。

 まじか………。いや、提出物を出してなかった俺が悪かったとは言え、今から学校に行かなくちゃいけないのか。

 めんどくさいけど、今日出すって言っちゃったからには行くしかない。

 俺は、小さい鞄にクリアファイルに挟んだアンケートを持ち、学校へと向かう。


* * * * * *


 特に、何事もなく学校へと辿り着いた俺が向かったのは職員室だ。

 正面玄関を抜け、靴から上履きに履き替えたら、右と左に分かれている廊下を右に行く。

 そして、更に真っ直ぐ向かったところにある突き当たりの階段を登らずに右に曲がると職員室がある。

 俺は、コンコンと二回ほどノックをして、職員室のドアをガラガラと開ける。

「失礼します。中原先生はいらっしゃいますか?」

 俺は中に入らずドアの前に立ち、先生を呼ぶ。

 だって、そういうルールなんだもん。しょうがないじゃん。

 勝手に職員室の中に入ったら怒られてしまう。

「おお、天谷来たか!こっちだ、入ってきて良いぞ」

 中原先生のその言葉を聞き、もう一度失礼しますと言って、俺は職員室の中へと入る。

 職員室の中にいた先生は、数人ほどしかおらず。パソコンのタイピング音やコーヒーをすする音がはっきりと聞こえるほどに、静かだった。

 俺は、あんまり入ったことのない職員室にキョロキョロしながら、中原先生のところへ向かう。

 中原先生がいたのは2列ずつ4個に並べられた長い机の窓側の一番後ろのところだった。

「はい、アンケートです」

 そう言い、俺は先生にアンケートを差し出す。

 正直、なんのアンケートだったか全く覚えてないけど、多分大丈夫だろう。

「よし、オッケーだ。帰って良いぞ」

 笑顔でそう言う中原先生。

 いや、予想はついてたけど、なんかこうあっさり帰って良いってなると、なんだか思うところがあるな。

「それじゃあ、帰ります」

 まあ、帰れと言われた以上、長居する意味もないだろうと、俺は職員室を後にする。

 ただ、俺の足は靴箱ではなく、階段へと向かって行く。


* * * * * *


 俺は階段を上り、屋上へと向かった。

 別に、なんか屋上に用事があったわけじゃない。

 単に、なんかせっかく学校へ来たのに、こんな一瞬で帰るわけには行かないと言う、謎の意地が俺の足を屋上へと運んだ。

 この学校の屋上には、特にこれといった何かがあるわげじゃない。

 休憩するためのベンチがあったり、なんか花畑があったりするわけじゃない。

 そこにあるのは、灰色のコンクリートの床と落下防止の金網のみ。

 まあ、至って普通の屋上と言えるだろう。

 俺は屋上の扉を開ける。

 錆びているのか、ギーーという少し不快な音が耳に響く。

 ただ、そんな不快さも吹き飛ぶくらいに、屋上に吹く風は心地が良かった。

 まるで、どこかの山の頂上にでも立っているかのような、ヤッホーと叫びたくなるような空間に俺は立っていた。


「誰だ。貴様」

 心地よい風とともに、誰かから話しかけられる。

 乱暴な言葉遣いではあるが、その声は確実に女の人のものだった。

 俺は、声が聞こえた右の方を向くと、そこには一人の少女が立っていた。

 夏物の制服のワイシャツに下は黒い短パンを履いており、顔を片手で覆い隠し、指と指の間から見えた目が確実に俺の方に向いている。

 そして、その両手には怪我をしているのか包帯がされているが、包帯がされてあるのは掌までで指はしっかりと見えている。


「俺は、天谷翔。二年生」

 誰だと言われたので、一応名乗っておいた。

 けど、なんだかこの人とは関わらない方がいいって俺の本能が言ってる。


「ま、まさか……。お前は勇者なのか?」

 なんか驚いてるんだけど、勇者ってなに?俺はどう反応すれば良いの?え、もしかしてお前は選ばれし勇者だ!的な展開? と、ドラゴンでクエストな展開を想像していると、その少女は一歩一歩こちらの方へ近づいてくる。

 そして、目の前に立ち、俺の目をじっと見つめる。

 その距離は、息がかかってしまうほどに近く、少し動揺してしまう。


「や、やはり!お前が僕の探してた勇者だ!」

 その少女は、目をキラキラに輝かせて俺を見ながら言う。


「ちょ、ちょっと待て。なんだ勇者って、俺は勇者なんかじゃない」

 俺は勇者なんかじゃないって、なんだかかっこ悪い台詞だな。


「フッ。とぼけても無駄だ。真の勇者が誰かを見極める、僕の右目。神眼ゴッドアイがそう言ってるんだからな」

 おい何なんだそれは、俺一般人ですけど?神眼さん大丈夫?


「だ、だから、俺は勇者なんかじゃないから。一般人、一般人。村人Fくらいのポジションだから」

 俺は、浅い知識でそれっぽいことを言う。


「え、本当に勇者じゃないの?」

 少女は急に素に戻ったかのように言う。


「そうだ。俺は勇者じゃない」


「なーんだ。せっかく同志に出会えたと思ったのに」


「因みに、その同志というやらはなんなの?」


「僕と一緒に魔王を倒しに行ってくれる人さ」

 後ろを向き、半身をこちらに向けながら言う。

 その顔には、確かな自信と確信が見て取れる。


「そ、そうか。頑張れよ。応援してる」


「フッ。じゃあ、またどこかで会おう。村人Fくん」

 そう言って、少女は屋上から出て行った。

 すると、さっきまで少女がいた所に何か落ちている。

「生徒手帳じゃないか」

 さっきの少女のものと見られる生徒手帳がそこには落ちていた。

 俺はそれを拾う。

 その際、表面に書いてある名前が見える。

 香月沙也かつき さや。それがさっきの少女の名前らしい。

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