幼馴染との夜
時計を見ると、もうすでに9時を回っており、良い子の皆さんは就寝する時間となっていた。
あれから、特に何の会話もハプニングもなく時間が過ぎていき。
今は真彩が作ってくれた夜ご飯を食べ終わった頃である。
それにしても、真彩が作ったカレーめっちゃ美味しかったな。
少し辛味が強かった気もするが。
「お前って料理できたんだな」
「別に、一人暮らしに慣れただけよ」
真彩は洗った皿を拭きながら言う。
本当こいつ、家事スキル高いよなー。部屋も見る限り汚れ一つないし。
これは将来、良いお嫁さんになりそうだな。
「すまんな、何から何までやってもらって」
「ほんと。誰かさんが鍵を家に忘れるとかいう馬鹿なことをしなければこんなことには」
真彩の恨むような視線が俺に向けられる。
怖いよ真彩さん!怖すぎるよ。その視線は人が殺せるよ。
「元はと言えばそれも、朝にどこかの誰かさんが俺を急かしたからでは?」
俺は苦し紛れの抵抗を見せる。
ただ、人を殺せる目を持つ人には、そんなこと通じるわけもなく。
「それも、元はと言えばあんたがグループメッセージを見ずに朝寝坊をしてたからでは?」
「……確かに」
結局は俺が悪いじゃねーか。
「それで、これからどうするの?」
真彩は拭き終わった皿を、食器棚に綺麗に並べながら言う。
「別に、何もしたくない。っていうか正直眠い。雨に打たれたり、ショッピングモールを歩き回ったりで疲れた」
俺はぐてーとしながら言う。
いや、まじで疲れた。プール入った後くらい疲れた。
っていうか、プールって異常なほど疲れるよな。
何なのあれ?まじで、帰りの電車とかプールの後の授業とか100%寝るわ。
この世で一番居なくなって欲しいのは、一時間目の授業にプールをやる教師。
朝一から、眠気マックスにするのまじでやめてほしい。
それでいて、次の授業寝てたら怒られるんだから、理不尽にも程がある。
そんなことを考えていると、真彩も少し疲れた様子で言う。
「それもそうね、なんだが私も一気に疲れが押し寄せてきたわ」
「でも、寝るって俺はどこで寝れば良い?」
「え、私の部屋なんじゃないの?」
「は?良いのか?」
俺は真彩の予想外の発言に、驚いた声で反応する。
「良いも何も、多分私の部屋しか寝れるところないと思うけど」
「リビングは?」
「せっかく綺麗さを維持してるリビングに、押し入れの奥にしまってある布団なんか敷きたくない」
「じゃあ、二階にもう一部屋あったろ?そこは」
「ああ、そっちの部屋は物置と化してるから無理」
「まじ?」
「まじ」
「それってつまり、お前と同じ部屋で寝るってことだよな?」
「うん」
「まじ?」
「まじ」
「…………まじ?」
「もう!何回言わせるの?私の部屋で寝ろって言ってるの!ねえ、聞こえないの?耳ないの?」
真彩と同じ部屋で寝るってどんな拷問だよ!怖すぎて寝れないよ!
いつ刺されるか、わかんないんだよ?怖すぎるよ。
まあただ、こっちは泊めさせてもらってる身だ、言うことは聞くのが礼儀であろう。
それでも、真彩と同じ部屋で寝るって言うのは、聞かなくても礼儀に反したことにはならない気もするが。
そんな勇気が俺にあるわけもなく、真彩に連れてかれるように二階へと上がっていった。
* * * * *
二階に上がって、すぐ目の前にあった部屋に連れられた俺は、久しぶりに入る女子の部屋にドキドキしていた。怖い方の。
真彩の部屋は、俺の部屋と同じくらいの広さで、端っこにシングルベッドが置いてあり、それのすぐ隣に勉強机がある。
それに、天井までの高さがある本棚が置いてあり、そこには漫画と思われる本がズラーっと並べられてある。
よく見ると、殆どが恋愛系の漫画だな。
「お前って、漫画とか読むんだな」
俺は率直に、思ったことを口に出した。
正直。真彩に漫画とかのイメージはなかったな。
「まあね、漫画は好きよ。現実を忘れられるから」
そう言った真彩の声は、後にいくにつれ、どんどんとか弱くなっていき、最後の方は聞こえるか聞こえないかのギリギリの大きさだった。
「ふーん。まあ、その気持ちは分からなくはないが」
そして、俺はふと机のほうに目をやると、そこには真彩が写っている家族写真が立てかけられていて、その隣には真彩の家族とかとは全く関係ないであろう、一人のアイドルの写真が立てかけられている。
金髪ショートに、その純粋そうな見た目。いかにも清楚系アイドルって感じだ。
俺はそれに目を奪われていると、真彩がそれに気づいたらしく、反応する。
「
「いや、全く知らん。誰なんだ?」
「今、中高生に大人気のアイドルよ。私たちと同い年で、めっちゃ可愛いくて、今やテレビで見ない日はないわ」
「はー。それは知らなかった」
「あんたも、もう少しそう言うのに興味を持ちなさいよ。時代に疎すぎでしょ」
「それはごもっともなんだけど。っていうかお前、アイドルが好きって意外だな。なんで好きなんだ?」
「別に、なんかこの子が私に似ている気がしたから」
そう言った、真彩の声はさっきのようにか弱く、とても小さかった。
「そんなことより、早く寝ましょ。ほら、あんたの布団も敷いといてやったわよ」
「え、あ、うん。ありがとう」
「じゃあ、お休みなさい」
そう言った真彩は、ベットに倒れ込むように入り、俺に背を向けるように壁の方を向いて布団をかぶった。
「お休み」
俺もそう言って、真彩が敷いてくれた布団に真彩に背を向け、壁の方を見ながら入り、布団をかぶる。
その布団からは、とてもいい匂いがした。
* * * * * *
布団に入り、部屋の電気を消して30分くらいが経った頃だろうか。
俺は、色々な意味での緊張と寝心地の悪さで寝付けずにいた。
なんか、いつもベットで寝てるから、布団で寝るとなんだが違和感を感じ、本当に寝心地が悪い。まじで、疲れてるから早く寝たいんだけど。
と、そんなことを思っている時だった。
「ねえ、起きてる?」
そう、真彩の声が聞こえる。
その声の聞こえ方的に、背を向けたまま話しかけていることがわかった。
「起きてるよ」
俺は素直に返す。
その視線には壁だけが映る。
「ねえ、私たち幼馴染じゃん」
ほんの少しの沈黙の後、真彩がそう切り出す。
「まあ、そうだな」
「恋愛漫画とかの幼馴染キャラってさあ、ある日幼馴染に対しての恋心に気づくけど、その時にはもうその幼馴染には他に相手がいるってパターンが多いんだよ」
「ふーん。でもそれ、漫画の世界の話だろ?現実では幼馴染との恋愛なんてレアケースだよ」
「うん。そうだね。そうだといいね」
そう、互いに背を向けられながら交わした言葉に、なんの意味があったのか俺はわからない。
こんなに近くにいるのに、俺は真彩のことを何も知らない。
逆もそうだ、真彩も俺のことは何も知らない。
真彩がなんで、学校で偽りの仮面を被って生活しているのかを俺は知らないし、俺がなんで恋愛をしないと言っているのかを真彩は知らない。
互いに、デリケートなところには首を突っ込まないという、暗黙の了解みたいなものがそこにはある。
一緒にいる時間は長いけど、決して互いに目を合わせない。
今この、背を向け合っている状況が、俺と真彩の関係を分かりやすく表しているような気がする。
そうして俺は、夢を見る。
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