I live the future

 夢を見た。

 例えばそれは、ヒーローになって世界を救ってみたりとか、好きな人が自分の彼女になったとか、そんな夢物語のような夢じゃない。

 ただ、その夢は俺の記憶に鮮明に残っている。これからずっと、永遠にこの夢を忘れることはないだろう。

 何故か俺はそう思った。


* * * * * *


 俺は辺り一面が真っ白の空間に、一人で立っていた。

 左を見ても右を見ても後ろを見ても、もちろん前を見ても全てが真っ白の空間。

 まるで、何かの箱に閉じ込められたような場所に、俺は一人立っていた。


「よう!元気にやってるか?」

 直後だった。後ろの方からそう、男らしい女の人の声が聞こえる。

 俺はとっさに後ろを振り返ると、そこには誰かがいた。

 それが誰かはわからない。本当にわからなかった。

 顔も、表情も、服装も、体型も、何もかも分からない。

 ただ、そこに誰かがいるということだけは何故だか分かる。


「久しぶり!相変わらず死んだような眼をしてるなー」

 そう、誰かは言う。

 まるで、昔からの知り合いのように、馴れ馴れしく。

「誰なんだ、お前は」

 俺は、少しの動揺を隠しきれず、その誰かも分からない誰かにそう聞く。

 すると、その誰かからさっきまでの活力が消える。

 まるで、何かに絶望したように、その誰かは俯く。


「……そっか……そうだよな……。私がそうしたんだ。覚えてるわけないよな……」

 その、誰かも分からない誰かは、さっきの男らしい声とは裏腹に今度はか弱く、誰が聞いても女の子だと分かるような声で言う。

 その声には、不思議と聞き覚えがあった。


「何を言ってるんだ。お前は誰なんだ」

 俺はさらに動揺が増して、少し震えた声で言う。

 何故だろうか。この声を聞いていると、なんだが胸がとてもそわそわする。

 何か、大事なことを忘れているような気がして。

 ただ、どうしても思い出せない。

 すると、さっきまで目の前にいた、その誰かが急に俺の真後ろに来る。

 いつ動いたとかは、全くわからなかったが、ただ、感覚的に後ろに来ていることがわかった。

 そして、その誰かは俺を優しく包み込むように後ろからそっと抱きしめる。


「大丈夫。大丈夫だから。お前はお前らしく生きろ。私のことは思い出さなくていいから。だから、強く、強く生きろ」

 その声は、耳元で優しく囁かれる。

 ただ、その声は少し泣いているような気がした。

 俺は、そっと後ろを振り返ると、さっきまで真後ろにいたその誰かは、俺から少し距離を取り、立っている。

 その姿には、笑顔を感じた。別に、笑顔が見えたわけじゃない、ただ、俺は感じた。

 彼女は笑っていた。

 俺は、その誰かをただ、何も言えずに見ていると、あることに気づく。

 その誰かは、段々と足の方から消え始めていた。

 まるで、世界から消え去っていくように、だんだんとその体の一部が空白に埋め尽くされていく。

 俺はそれを、止めなきゃ行けない気がした。

 その、誰か分からない誰かを消してはいけない。そんな気がした。

 それでも、俺には何もできない。

 ただ、いなくなっていく彼女に俺は何もできなかった。

 あの時と同じように。


 段々とその姿が見えなくなっていき、もう後ほんの数秒で全て消えていってしまう時、その誰かは俺にこう言った。

「じゃあな翔!I live the future!」

 そう言って、彼女は消えていく。その涙を必死に堪えながら見せた笑顔と共に。

 I live the future。私は未来を生きる。

 その言葉を残して消えていった。

 俺は気がつくと、目から涙が溢れ出ていた。


 そして、俺は眼を覚ます。

 見渡すと、そこは確かに真彩の部屋であり、何の異常もない。

 腕を伸ばし、あくびをしながら俺は、さっき見た夢を思い出す。

 あの、誰かは誰だったのだろう。

 顔も、名前も、服装も、体型も、分からないあの誰か。

 ただ、全く知らない人とも思えない誰か。

 絶対に忘れてはいけない誰か。

 ただ、いくら思い出そうとしても、俺はその誰かを思い出せなかった。

 


 

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