姉とギター。
ショッピングモールというのは駅から徒歩5分くらいのところにあり、とても大きく、実際、家からずっとショッピングモールの一部が見えているほど。
故に、その人気は絶大で、このショッピングモールに行くためだけにこの街に来る人も多い。
まあ、そこまで人気なのも頷けるほどの設備がこのショッピングモールには備わっている。
洋服に食品に雑貨や家具家電に楽器。フードコートにゲームセンター、映画館までもがこのショッピングモールにはある。言っちゃえばなんでもある。
他がパッとしないこの街が田舎と呼ばれないのは、このショッピングモールが大きな要因となっているだろう。
そして、今日はゴールデンウィークの初日、人が混んでいるというのは当たり前。
まあ、俺はそんなことを考える暇もなかったのだが……。
* * * * * *
春特有の心地良い風に吹かれながら、ショッピングモールへと着いた俺なんだが、入口の自動ドアが開いた瞬間、あまりの人の多さに驚愕しているところだった。
いや、どうやら驚愕していたのは俺だけらしい。
一ノ瀬は入り口にあった地図を見ており、音山は何やらそわそわしており、どこか緊張が見える。そして、真彩はいつもの外面モードの満面の笑みでみんなの様子を伺っていた。
そういや、こいつ駅に着いてからずっとこの笑顔だったな。
どんだけ抜かりないんだよ!なんかもう、ここまでやると凄く見えるな。
と真彩の抜かりなさに感心している時だった。地図を見ていた一ノ瀬が探していた店が見つかったらしく、あった!という無邪気な声とともに地図を指差して言った。
「よし!ここに行こう!今すぐ行こう!」
「そこ?そこは確か、楽器が売っている場所。ああでも、私と美桜は洋服が見たいんだけど」
うーんと困ったような表情で真彩は言う。それにつられるように音山もどうしよっか?と一言。
「いや、別に一緒に行かなくても良いんじゃない?」
俺は仲裁に入るように、提案をする。
「うーん、それもそうね。じゃあ、終わったら連絡するわね」
「オーケー。じゃあ、また後で」
そう言い、一ノ瀬たちはお互い逆の方向に少し小走りで向かう。
そして、取り残される俺。
あれれ、これやっぱり俺いらないんじゃない?
かと言って、流石に勝手に帰るわけにも行かないので俺は適当にぶらぶらすることにした。
* * * * * *
俺が最初に来たのは本屋だ。
何故だろうか、こういう大型ショッピングモールでぶらぶら歩いているとなんか自然に本屋へと来てしまう。
特に欲しい本があるわけでもないのに、なんか導かれるように足が自然に本屋の方へと向かっていく。
多分なんか、そういう風になるように作られてるんだろうな、すごいよなー。
そんな、本屋の構造に感心しながら俺は本屋の端っこの方にある漫画、ライトノベルコーナーへと向かう。
まあ、別に俺にオタク的趣味はないのだが、他の雑誌や小説などに比べれば漫画のが好きだし、俺はそもそもこの本屋の静かな雰囲気が好きなので別にどこに行こうがあんまり変わりはない。
とまあ、そんなわけで俺は漫画コーナーの前でボケーっと突っ立っていた。
良いなあこの感じ。耳に入ってくるのは穏やかな店内BGMに漫画のアニメ化告知PVの音だけ……
「お、誰かと思ったら天谷っちじゃん」
じゃなかった。俺は誰だ?と声のかけられた後ろを振り返る。
そこにいたのは……
「なんだ、東か」
「なんだとはなんだー。んで天谷っちは何してんの?」
「別に何も。そんなことより、そろそろその天谷っちって呼び方やめてくれる?」
「えー、なんで?良いじゃん天谷っち。なんか可愛いし」
「可愛くはないとおもんだけど……。っていうかなんで制服?」
東は制服を着ていた。その制服姿は、胸元ギリギリまで開けたボタンと恐らく校則ギリギリまで短くしたスカートでどこかギャルっぽい。
見た目は、背も小さく、いつも無気力な表情で笑っていてこいつを見ているとなんだが穏やかな気持ちになってくる感じでギャル感は皆無なんだが。
「いやー、これから塾があるんだよねー」
そう言い、あははと笑う東。
「ふーん。なら本屋なんかにいて良いのか?」
「ふん。まだ時間はあるから大丈夫なのだー」
そう言って、ブイポーズをした右手を前に突き出し、イエーイと一言付け加える。
「ふーん。それで、何しに本屋へ?」
「よくぞ聞いてくれた!今日は私の大好きな少女漫画とBL漫画の発売日なのだ!」
「そっか。じゃあ、俺行くわ」
俺は得意げに握り拳で胸をポンと叩く東を、遠い目で見ながら本屋を後にする。
待ってーと言う東の声が聞こえた気がしたが、多分気のせいだろう。
さて、これからどうしたものかと考えていると、少し遠くに一ノ瀬が見えた。
近づいていくと、一ノ瀬の目の前には楽器を売っている店があり、一ノ瀬は入口の前で何かを眺めている。
もう少し近づくと、一ノ瀬の視線の先には一つのギターがあった。
その見つめる視線は、とても穏やかでまるで捨て猫を見つめる心優しい人のようでとても穏やかな表情をしていた。
そして、一ノ瀬はそのギターの目の前にしゃがみギターをそっと撫でる。
その眼はうっすら光っている。
「ギターが好きなのか?」
俺は一ノ瀬のそばまで近づきそっと声をかける。
一ノ瀬は声をかけられ少し驚いてはいたが、すぐに俺に気づき、一度眼を擦ってから言う。
「ああ、まあ別に私は弾けないんだけどな」
「ん?じゃあ、なんで好きなんだ?」
「私の姉さんが弾いてたんだよ。それがとてもかっこ良かったんだ」
「へー。お姉さんがいるのか」
「ああ、でも二年前に病気で死んじゃったんだけどな」
「え……」
俺はあまりの事実に言葉を失う。
ただ、その時の一ノ瀬の表情には悲しみや寂しさなどは伺えず、とても穏やかで綺麗な笑顔を見せた。
「別に、私はもう大丈夫だからあんま気にすんなよ?」
「そうか、強いんだな一ノ瀬は」
「私が強い?はは、それは初めて言われたな。まあ、こういう見た目に口調だからな、そう思われても仕方ないか」
そういう意味で言ったんじゃないんだけど……。
「お姉さんってどういう人だったんだ?」
「え?姉さん?うーん、まあ一言で言えばすごいかっこいい人だったな。それに私も憧れていっつも後ろをついてまわってたんだ。毎日のように姉さんの格好や口調の真似をして、そうすると段々と姉さんに近づいていってるような気がして、とても楽しかったんだ」
「そっか、なんかイメージできるな」
「それに、歌も凄く上手でな、将来歌手になるって言っていつも、学校終わりに路上でギター弾きながら歌ってたんだぜ?」
「へー。それでお前もギターが好きなんだな」
「ああ。こうやってギターを撫でてるとなんだか姉さんが後ろから抱きしめてくれる感じがして、とても、とても心が安らぐんだ」
そうして、また穏やかに一ノ瀬は笑う。
まるで、私はもう大丈夫だよと天国のお姉さんに語りかけるように。
その笑顔にはさっき見たような死んだような眼は見れず、ちゃんと眼まで笑っていた。
俺は、それを見て少し微笑む。
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