第45話 ファンタジー違い

 ――スチームパンクのゲーム世界へと入ったセルフィ達、王女一行。

 彼女らの前に現れたのは、タンクトップに迷彩ズボン、蒸気機関銃を手にした祐一だった。

 ダダンダンダダンとサイボーグ映画のBGMでも聞こえてきそうなほど、強キャラ感を出した強面の少年。

 本来なら目を合わせるのも憚られる人物だが、ゾンビが闊歩するこの世界ではこれほど頼りになる人物もいないだろう。

 セルフィは心の底から彼に会えて安堵していた。


「た、助かりました」

「ここは王女様とメイド、あとアンジェだけか」

「は、はい。あのご質問があるのですが、ここは……」

「【スチームサバイバー】っていう、魔法と蒸気科学が融合した世界観のゲームだ。ファンタジーもんだな」

「ファン……タジー? すみません、アタシの想像だと青空キラキラ~、魔法ピカピカ~、妖精や村人から勇者様頑張って魔王を倒して~って言われるのがファンタジーなんですけど……」

「まぁちょっと天気は常に悪いんだが、ちゃんと魔法はあるぞ。銃の方が100倍強いが」

「ですよね。回復魔法全然効果なかったですから!」

「魔法はな……詠唱時間中、足止めなきゃいけないんだ。大量のゾンビが出てくる中で動けないってのはほんとに致命的で、弱いと言わざるを得ない」

「全然ダメじゃないですか!」

「でも村人じゃないけど、NPCもちゃんといるぞ」


 祐一が指差したNPCは、ゾンビに喰われ下半身がなくなった戦車長だった。


「コロシテ……コロシテ……」

「アタシの想像してる村人じゃない! この人もうちょっとでゾンビになっちゃうじゃないですか!」

「そうだな、這いずりゾンビって奴だな」


 祐一は腰のガンベルトから拳銃を引き抜くと、パンと軽い銃声を立ててNPCを葬る。 

 ピチャッと血しぶきが舞い、セルフィは再び失神しかける。


「姫様!」

「ちょ、ちょっと目眩が……」


 祐一はセルフィに自動小銃アサルトライフルを手渡す。


「これは……」

「蒸気ライフルだ」

「いや、これ紛争モノの映画でよく出てくる……」

「AKアサルトライフルでございますね。別名カラシニコ――」

「蒸気ライフルだ。実在の物と似ているかもしれんが別物だ。よく見ろ、マガジンが蒸気タンクになってるだろ?」

「いや、でもそこ以外完全にAK」

「蒸気ライフルだよ」


 祐一はニコニコ顔でこの話は終わりだよ。例えこれから実在の銃と似たようなものがでてきても、それは全て別物だと言う。


「この世で最も怖いものは、幽霊やゾンビじゃなくて著作権だからな」

「ちょ、著作権……」

「わかったら、それで身を守るんだぞ」

「あの、アタシ一応格好の通りシスタープレイをしようと思っていたのですが。誰かを助ける職業だと……」

「死が何よりの救済だ、迷わず眉間に鉛玉をぶちこめ」

「やっぱりアタシの知ってるファンタジーじゃない!」


「これダークファンタジーの方や!」と叫ぶセルフィ。


「姫様、とりあえずやってみましょう」

「うぅ……アタシホラー苦手なんだけどなぁ。あの、これどうやったらゲームクリアなんですか?」

「街の中心部にゾンビやモンスターを召喚している異界門ゲートってのがあって、その異界門をプラスチック爆弾で吹っ飛ばすとクリアだ」

「えらく現実的なものでふっとばしますね……。異界門なんか放っておいて、今すぐこの街から逃げ出したいんですけど」


 肩を落とすセルフィにアンジェは微笑みかける。


「フフフ、門を壊したらでられますわ」

「正直姉上、なにわろてんねんって感じなんですが……」

「一応響風や委員長も来てるはずなんだが、初期位置が違うみたいだな」


 祐一が中空を撫でるとホロウインドウが開き、街の全体MAPを表示させる。

 自分たちの現在地を確認すると、円形の街の東端にブルーの味方マーカーが3つ、北端に2つ映っている。


「あいつら北側にPOP出現したか。俺ちょっと見てくるわ」

「えっ?」

「アンジェ、ユーリ、王女様を守ってやるんだぞ」

「わたくしを誰だと思っていらっしゃるのかしら。当然ですわ」

「イエスマイロード。姫様は、この命にかえてもお守りします」

「じゃ、ちょっと行ってくるわ」


 そう言って蒸気トレーラーに乗り込もうとする祐一を見て、セルフィは慌てて追いすがった。


「待って待って! 行かないで! 多分このメンバーだと10分も経たずに壊滅します!」

「セルフィ、あまりわたくしをみくびらないでほしいですわ」

「姫様、このユーリを信じて下さい」

「クソザコは黙ってて!!」


 マジギレするセルフィ。

 アンジェとユーリはお互い顔を見合わせる。


(可哀想、この子専属メイドなのにクソザコと思われているのね……)

(姫様、アンジェ様がクソザコなのはわかっていますが、そこまではっきり言わなくとも……)


 両者ともに自分のこととは認めていなかった。

 

「アタシたちだけで進めるって絶対ムリです! 桧山さんがいてくれないと……」

「ん~そうか……。バランス的に響風チームに回ったほうがいいかと思ったんだが」

「響風さんも初心者なんですか?」

「いや、あいつは俺より強い」

「じゃあここにいましょうよ! アタシもユーリも初心者ですし!」

「むぅ、そうか……それもそうだな」


 アンジェに活躍させてやりたい気持ちがあった祐一だったが、トレーラーから降りてセルフィたちと行動を共にすることにした。


「車は使わないんですか?」

「でかいけど二人しか乗れないからな。道中乗用車でもあれば拾おう」


 祐一がついてきてくれることになり、ホッと胸をなでおろす。

 するとまた30体近いゾンビの群れがPOPし、彼女たちに襲いかかった。


「キャアア桧山さん、また来たんですけど!?」

「奴らに噛まれてHPが0になると、ゾンビになるから気をつけろ」

「嫌すぎるんですけど!」

「焦らず銃を構えろ、相手は鈍い。基本的に走れば追いつかれることはない。注意するのは、不意に後ろに回り込んでくるやつくらいだ」


 祐一は振り返ると、セルフィに噛みつこうとしていたゾンビの頭を撃ち抜く。


「不意打ちしてくる奴には特徴があって、わかりにくいかもしれんが、赤系の服を着てるゾンビは思考AIが賢くて噛みつきの速度も早い」

「全部ボロボロの服でよくわかりますね」

「赤を優先的に狙うんだ。他は後回しでいい」


 祐一は蒸気軽機関銃で近づく敵を一掃していく。


「やってみろ」

「は、はい」


 セルフィはアサルトライフルの安全装置を外し、トリガーを引く。

 眩いマズルフラッシュと銃声が響き、発射の反動で銃身が跳ねる。

 弾丸は自分が狙った場所には飛ばず、建物の壁に弾痕を作っただけだった。


「慌てるな。リコイルで上にずれるから、頭を狙うなら首くらいを狙え」

「は、はい。あ、赤服、あいつから……」


 アドバイス通りに撃つと、赤服のゾンビが次々と倒れていく。


「あっ、なんか楽しい」

「うまくヘッドショットできると爽快感があるだろ」

「は、はい」


 セルフィは物覚えがよく、次々にゾンビをヘッドショットしていく。


「まぁまぁわたくしほどではありませんが、なかなかやりますわね」

「アンジェ、お前も姫様にコツとか教えてやれよ」

「ではわたくしが教授致しますわ。セルフィ戦いというのは、こうガーっとやって、ズバーっとやってグサーっと行くのです。するとゾンビは皆ぐえーっとなりますから」


 セルフィはなぜアンジェがゲーム下手なのかを理解した。

 だが、姉を立てるのが妹分の努め、どのようなポンコツな解説でもおだてるのが彼女の役目である。


「さ、さすが姉上。タメになります!」

「そうでしょう、このようにズバババンと槍を――」


 アンジェが手にした円錐型の突撃槍を振り回していると、何かにブスリと突き刺さる。


「あら?」


 振り返ると、そこにいたのは300キロをゆうに超えるであろう、巨漢ゾンビだった。

 ぶ厚い腹の脂肪に深々と槍が突き刺さっており、アンジェは苦笑いを浮かべる。


「あなた、少し痩せた方がよろしくてよ」

「あ゛~……」


 痛みを感じぬ巨漢ゾンビは、アンジェに抱きついて頬ずりしてくる。


「ぐええええええええ! 離してええええええええ!!」

「あ、姉上、美人がそんな面白い悲鳴を上げてはいけません!!」


 セルフィは素早くライフルを構え、巨漢ゾンビの頭に弾丸を連射する。

 頭を蜂の巣にされたゾンビは、アンジェを抱いたまま後ろへと倒れた。


「大丈夫ですか姉上!」


 返り血を浴びたアンジェは、すくっと立ち上がる。


「…………こ、このように敵に襲われても冷静でいなさいと言いたかったわけですわ」

「ぐえーって叫んでた気が……」

「気のせいですわ。そんな淑女らしからぬ悲鳴、わたくしが上げるはずがありません」

「で、ですよね。冷静沈着な姉上ですもんね」

「当たり前ですわ」


 高笑いを響かせるアンジェと、引きつり笑いのセルフィ。

 例え目の前で酷い失態をさらされても、見て見ぬ振りができる優しい妹分であった

 そんな彼女の頭をポンと撫でる祐一。


「うまかったな王女様。多分無意識でやったと思うけど、今アンジェの頭に【HELP】アイコンが出てたんだよ」

「HELPアイコン?」

「ゾンビに抱きつかれたりして、身動きが取れなくなってしまった状態で表示されるアイコンだ。ユーリ、お前あのゾンビの群れに突っ込んでみろ」

「マイロードの命令とあれば、行きます!」


 ユーリはシュタタタと地を駆け、ゾンビ数体の首を粒子ブレードで切り裂くが、あっという間に地面に組み伏せられてしまった。


「あぁマイロード、申し訳有りません捕まってしまいましたぁ! 卑しきメイドにお慈悲を、お慈悲ぉぉん♡」

「ユーリがどんどんバカになっていく……」


 お慈悲ぉぉん♡ じゃねぇよと思うセルフィ。

 相変わらずのクソザコっぷりである。

 しかしチュートリアルには丁度良く、ユーリの頭にはHELPアイコンが表示される。


「あれな。あのアイコンが出て4秒以内に助けないと、ダメージを受ける」

「なるほど」


 二人がじっと組み伏せられたユーリを見ていると、彼女の首筋にゾンビが噛み付く。


「マイロード! 姫様! そろそろ助けていただけると助かるのですが!」

「ねぇユーリ、ゾンビに噛まれるってどんな感じなの?」

「痛みはほぼありませんが、不快感が凄いです! 首筋に湿った雑巾を押し付けられている感じです」

「あぁ、それやだな」

「まぁこんな感じで放置していると、仲間のHPがどんどん減っていくから早く助けましょうってアイコンだ。基本的には誰かが助けないと身動きがとれん」


 祐一はユーリに組み付くゾンビを一掃する。


「マ、マイロードわたしで実験されるなんて酷い方です。ですが、それはこのユーリを信頼してのこと……」


 ゾンビの餌にされかかったというのに何故か好感度が上がるユーリ。

 祐一は、少し頭のネジが外れた女性に好かれやすかった。


「さっきのはうまく助けられたってことだ」


 ワシャワシャとセルフィの髪を撫でる祐一。

 しかし俯いたままピクリとも動かない彼女を見て、慌てて手を離す。


「すまん、響風や委員長と同じノリでやってしまった。失礼だったな」

「いえ、そういうわけでは……昔の兄上を思い出しまして」


 彼女の言葉にユーリ、アンジェ、祐一は顔を見合わせる。

 セルフィは現在、肉親の兄から酷く毛嫌いされており、その溝は既に埋まることがないくらいに開いてしまっていた。

 だからこうして、年の近い男性に優しくしてもらうということがなかったのだった。

 ゲームアバター越しとはいえ、自分よりも大きな手で頭を撫でられるのはとても心地よく、何よりも年相応に家族に甘えたい欲求を刺激される。

 だからこそ彼女は――


「はは、大丈夫ですよ。一応これでも余はアルテミス王国の第三王女なので」


 乾いた笑い、張り付いた愛想笑いの仮面を被り、優しい手から逃れる。

 誰もが100%強がりだとわかっていたとしても、強くあろうとするセルフィを止めることが出来ない。

 誰よりも人に気を使いながら生きてきたというのに、肉親から恨まれてしまった少女。

 彼女の心は、今鉄のように硬い殻の中に閉じこもっていた。

 決して本心を見せぬように――


 だが、数多の問題児たちを抱えてきた”兄者”に、その程度の強がりは通じない。


「そうか、じゃあ遠慮なく……」


 祐一はセルフィの髪を掴むと、ぐちゃぐちゃにかき混ぜた。


「んぎゃあああああ! 大丈夫ってそういう意味じゃなくてですね!」


 やめろと言ってもやめない、やめるなと言ってもやめない、兄特有のウザ絡みである。

 祐一が手を離すと、乱れた電子の髪はすぐに元通りへと戻る。


「も、もうやめてくださいよ!」


 男性に髪をいじられる行為に照れて、セルフィは前へと走る。


「ちょっと待て!」

「えっ?」


 祐一が慌てて止めるが間に合わない。

 突如建物の脇から飛び出してきた、女性型ゾンビが彼女の手を掴んだ。


「!」


 悲鳴すら出なかった。

 ゾンビの服の色は赤。AIが賢く、噛みつきが早いタイプ。

 右の眼球が溶け落ちた電子の死肉は、よだれを垂らしながら彼女の腕に歯を立てる。

 しかし兄の反応はそれより早かった。

 セルフィが組み付かれた瞬間、銃では間に合わぬと悟り、祐一はゾンビの顔面に拳を叩き込んだのだ。

 頭蓋を砕くストレートパンチを浴び、ゾンビは中空を錐揉しながら舞うと、顔面からグシャリと地面に落ちた。


「あぁびっくりしたぁ……。いきなり出てくるもんだから、つい手が出ちまったよ」

「…………」

「危ないから、俺の後ろついてこいよ」

「…………」


 コクリと小さく頷くセルフィ。

 彼女は片手にアサルトライフル、片手に祐一のタンクトップをちょんと握る。

 彼の背中で俯いた、気弱な第三王女の頬は朱に染まっていた。


「あに……うえ」


 小さく呟いた声は誰にも届かない。


 ユーリとアンジェは思った。あれ? わたくしのときと反応違うくない? と。

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