第46話 ジェラシー王女
「バウバウバウバウ!!」
「犬ーー!!」
タタタタとレンガ床を踏み鳴らして急接近してきたのは、骨と内臓が見えたグロテクスクなゾンビ犬だった。
腹から血を滴らせた死肉の犬は、軽快な走りでセルフィの喉笛に食らいつく。
「はは、噛まれてるな」
「なにわろてんねん! 早く助けてくださいよ!」
セルフィは首から血しぶきエフェクトを撒き散らし、ゾンビ犬をぶら下げたままプンスカと怒る。
しかしながら指差して笑う祐一は助けてくれる様子がない。
彼女はゾンビ犬を振りほどくと、その口に手榴弾を咥えさせた。
犬はクーンクーンと鳴き声を上げると、数秒後にボンっと破裂した。
「王女様やることえぐいな」
「桧山さんが助けてくれないからじゃないですか! アタシ家でポメラニアンとシーズーの2匹飼ってるんですよ! キナコとモチ(犬の名前)が爆弾咥えて、破裂するところが頭に浮かびましたよ!」
「そりゃ動物愛護団体に怒られるな。だけど言っただろ、犬は足が速いって」
祐一たち4人は街の外周ブロック第1セクターを抜け、第2セクターへと入っていた。
レンガ造りの街並みのいたるところにパイプが張り巡らされ、時折ブシューっと蒸気が吹き出す。
電子で造られたスチームパンクの世界を徘徊するのは、ただのゾンビだけでなく、ゾンビ犬、ゾンビラットが追加されていた。
「マイロード最初のエリアを抜けて、少し敵が強くなったように感じます」
「そうだな。チュートリアルステージは抜けたってことだ。ゲームの基本操作に慣れたら次は応用編で、素早い敵が出てくるのは定石ってところだろう」
「あの、桧山さんゾンビはヘッドショットすれば良いってわかったんですけど、ゾンビ犬やゾンビラットはどうやって対処すればいいんですか? 早すぎて頭を狙えないです……」
「対処方法は大きく分けて2つ。一つは近距離高火力武器ショットガン、もしくは手榴弾を使う。ユーリの粒子ブレードも有効だ。もう一つは近接武器によるカウンターだ」
「カウンター?」
祐一はアーミーナイフを取り出すと、徘徊するゾンビ犬にゆっくり近づく。
ゾンビ犬は音で反応するのか、ピクリと頭を上げ、警戒範囲に入ったプレイヤーめがけて走り出す。
死肉の犬は、セルフィの時と同様喉笛めがけて跳躍すると、牙だらけの口を開く。
「一点集中!」
噛みつかれる一瞬をとらえ、祐一は口の中にナイフを突き入れる。
ナイフが口腔内を貫通し、後頭部から刃が飛び出すとゾンビ犬は動かなくなった。
「敵が攻撃してくる瞬間に合わせて近接武器を振ると、こんな感じでカウンターが成立する。リスクは有るが無傷で敵を倒せるから強力だぞ」
「あの……ドヤってるとこ申し訳ないんですが、HP減ってますけど」
祐一のカウンター攻撃はギリギリで間に合っておらず、彼の頭上に表示されたHPは減少していた。
「あれ? 犬死んでるからカウンター発動したと思ったんだけどな……」
「それってただ単純に犬の口にナイフ突き刺して殺しただけでは?」
「そうかな?……そうかも」
相変わらずのパワー系。
カウンターでもなんでもなかった。
「まぁカウンター狙うのは結構難しいから、ショットガンをお勧めしたい。けど、ショットガンが落ちてないな」
「ショットガンって敵からドロップするんですか?」
「そう、他にはさっき手榴弾が手に入った時みたいに、補給ボックスの中にレアで入ってるんだが……」
「レアドロって奴ですね」
「王女様、レアドロって意味わかるのか?」
「い、いつか誰かとオンラインゲームしても困らないようにゲーム用語は覚えました」
勉強してきましたと、はにかむセルフィ。
「なんか陰キャが頑張って、陽キャの言葉覚えようとしてるみたいだな」
「陰……キャ……だと」
王女の精神に会心の一撃。
目を見開いたままフラッと倒れかけるセルフィ。王女を殺すのに刃物は必要なかった。
「他に知ってる用語とかあるのか?」
「はい、あと芋スナとネカマ、誤爆はわかります」
「えらく局所的な知識だな……」
ちなみに芋スナは、FPSで芋虫のように伏せたまま全く動かないプレイヤーのこと。
ネカマはオンラインゲーム内で女性アバターを使い、あたかも自分が女性であると思わせるプレイをすること。
誤爆はチャット欄にて間違えて違うプレイヤーに話しかけてしまうこと。例として「こいつおもんな」などの悪口を本人に誤爆して、人間関係が悪くなるのはネトゲの風物詩である。
「今はチャットとか使わないから誤爆とかほとんどないけどな。たまにメールとかはするけど」
「そうですよね。VRだと直接話したほうが早いですし」
そんな古のネトゲの話をしていると、マンホールから犬サイズに肥大化したゾンビラットが湧き出てくるのが見えた。
真っ赤な目をした巨大腐乱ラットの数は30,いや40を超えるだろう。
ゾンビ犬以上の機動力を持つ奴らに囲まれるのは脅威だ。
「おぉ、またわんさか出てきたな。というわけで近接組頑張ってくれ」
「おまかせ下さいマイロード」
ユーリは黄色い粒子の光を見せる蒸気ブレードを振りかざすと、腕に仕込まれたワイヤーアンカーを発射する。
アンカーは頭上の鉄パイプに突き刺さると、ユーリはワイヤーを巻き上げ宙を舞う。
「ソードスピナー!」
ユーリは軽い身のこなしでゾンビラットの群れの中心に飛び降りると、その勢いを利用して体をコマのように回転させる。
抜群の切れ味を誇る光の刃が、飛びかかってくる敵を次々に輪切りにしていく。
「す、すごいじゃんユーリ! めちゃくちゃカッコイイ!」
「アサシンのオタ芸強いからな」
「オタ芸?」
「元から踊っているように戦うスタイルが、ユーリの職業【アサシン】なんだが、蒸気ブレードがサイリウムに見えてな」
「あぁ……なんか一気にそれにしか見えなくなった」
ゾンビに囲まれながら粒子ブレードを振り回すユーリだったが、剣の軌道が確かにキレのあるヲタ芸に見える。
「せめてライトセイヴァーって言ってほしかったです」
「すまん。最初に言い出したのは響風だからあいつに文句言ってくれ」
そんなことを言われてるとは露知らず、ユーリは自分を中心にしてミキサーのごとくゾンビラットを屠っていく。
祐一とセルフィがライフル掃射で援護すると、ゾンビたちの群れをあっという間に駆逐することが出来た。
「ちなみにさっきのユーリのワイヤーアクションからの回転斬りは【
「なるほど。桧山さんの職業ってなんですか?」
「俺は【ソルジャー】で、体力が高く、
セルフィは先刻、祐一に救助されたことを思い出し、ほんのり顔を赤らめる。
そういえばさっきのお礼言ってないなと頭に浮かぶが、お礼を言おうとすると、なぜか言葉にならず口がパクパクと開くだけだ。
「どうした王女様?」
「…………その……さっきは……」
「さっき?」
「さっきは……」
セルフィはやはり言葉が出てこず、悲しげな、もどかしげな表情を浮かべる。
するとそこにラットを倒したユーリが、祐一に飛びつく。
「マイロード、このユーリ見事に敵を倒して参りました」
「おぉ、よくやった」
祐一がくしゃくしゃとユーリの頭を撫でると、彼女は心地よさげに目を細める。
「ありがたき幸せ」
「……………(モヤッ)」
そんな二人の間に、セルフィは割って入った。
「おっ? どうした?」
「いえ、その……なんでもないです」
「姫様、わたしの褒められタイムを邪魔しないでください」
拗ねるユーリ。それを見てアンジェは微笑む。
「この子妬いてますわ」
「違います姉上。あまりにもユーリがふにゃふにゃとだらしなかっただけです。先に進みましょう。この世界を救済しなくては」
顔を赤くしたセルフィはズンズンと前へと進んでいくのだった。
空気を読むことに定評のある彼女が、自分自身なぜ割って入ったのかわかっていない。
いつもなら侍従のユーリが褒められると嬉しい気持ちになるはずなのに、今はなぜか羨ましい気持ちが強くなりすぎている。
「違う……」
これは違う。友達と友達が仲良くなって、ちょっと疎外感を感じただけだから。
決してそういうのではない。
だって王女ですよ?
あの人顔893ですよ?
謎の言い訳を重ねていると、路地裏からいきなりゾンビ犬が飛びかかる。
「あにうえのばかぁ!」
噛みつかれる瞬間ゾンビ犬の頭を十字架の杖で叩き潰す。見事な近接カウンターを決めるセルフィーだった。
桧山祐一
ID:U1
職業:ソルジャー
防具:傭兵のタンクトップ、迷彩ズボン
メイン武器:蒸気機関銃
サブ武器:アーミーナイフ、ハンドガン
特殊スキル:剛腕
セルフィ
ID:3rdOUJYO
職業:神官
防具:シスターのローブ
メイン武器:蒸気アサルトライフル
サブ武器:十字架の杖、手榴弾
特殊スキル:ヒール
アンジェ
ID:anje
職業:騎士
防具:プレートメイル
メイン武器:アイアンランス
サブ武器:アイアンシールド
特殊スキル:シールドランパート
ユーリ
ID:maid
職業:暗殺者
防具:暗殺者のレオタード
メイン武器:蒸気粒子ブレード
サブ武器:蒸気粒子ブレード
特殊スキル:ワイヤーアクション
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