第44話 話が違う!

 セルフィ達を桧山宅で引き取ることが決定すると、レオは歓待準備のキャンセルと警護をこっちに回すと言ってスマホ片手に家を出ていった。

 祐一はこの話をどうやって他のメンバーにするかと思っていると、階段の上で響風といろはが待っていた。


「お前ら……」

「姫様って大変なんだね。あたしもっと美味しいもの食べたり、わがまま言うだけだと思ってた」

「彼女の腰の低さや無理に笑うところは、兄に気を使ううちに形成されてしまったパーソナリティってとこでしょうね」

「うむ、あの子おっきい音とか、隣の人が立つとビクッとするんだ。あたしわかるぞ、あれ結構日常的に酷いことされたり言われたりしてる」


 昔養父に虐待を受けていたからこそわかる、響風の体験談。

 二人は話は聞かせてもらったと笑みを作る。


「ならここにいるときくらいは楽しくさせてやればいいな」

「別に王女だからって気負う必要ないのよ」

「そうそう、いつもどおりで行けばいいんだよ。確か王女ってファンタジーもののゲームが好きなんでしょ?」

「桧山君、副会長と特訓をしてたみたいだけど、成果はあったのかしら」

「…………」


 いろは達は祐一の苦い顔を見て、これはダメそうだと顔をしかめる。


「アンジェはマジで脳筋だからな……」

「でも王女様の中で、アンジェはゲーム上手いってことになってるんだよね?」

「らしいが」

「じゃあそれをうまくサポートしながら、ゲームをしましょう」



 方針が決まった祐一達はセルフィの元へと戻り、ゲームの話題を切り出す。


「なぁ王女様、ゲームをするってアンジェから聞いたんだが」

「え、えぇ、やりますが」

「なら俺達とやらないか?」

「兄者はゲームうまいぞー先生だからな」

「ハードル上げすんのやめろ」


 セルフィは嬉しそうにニコッと笑みを浮かべる。


「あっ、はいアタシは全然大丈夫です。下手なのでご迷惑かけるかと思いますが」

「そのへんはわたくしがサポートしますので、あなたは気にしなくてもよろしいですわ」


 そう言って高笑いするアンジェ。正直祐一から見ると、王女よりよっぽどアンジェのほうが心配だった。


「VRゲーの経験は?」

「あります」

「なら話は早い」


 祐一は王女とユーリにVRヘッドセットを手渡す。


「君がファンタジー好きって聞いてたから、そのゲームを用意してある」

「ほんとですか? 実はかなり楽しみにしてたんですよ」

「良かったですね、姫様」

「レジェンド・オブ・リングとかハリー&ポッターとか大好きなんですよ。アニメだとアラジンとか、アリーと雪の女王とか好きなんです」

「それは丁度いい。ぜひ楽しんで欲しい」


 王女はVRヘッドセットを被ると、期待に胸を高鳴らせながら電源を入れる。



 セルフィは、電脳世界へ入るとキャラクターメイクを行う。

 キャラメイク自体は、性別、身長の変更、カトゥーンアバターと呼ばれる自分の顔をアニメ調にしたアバターを使用するかなど設定的なものが多い。

 どうせ王女とバレないので、設定はカトゥーンアバターにして職業ジョブ欄へと進む。


「多分姉上が騎士をやられると思うから、アタシは回復役の僧侶にしようかな……。武器は十字架の杖で。……よしできた」


 修道服に十字架の杖、シスター風のキャラアバターが作成完了。満足してゲームをスタートさせるとセルフィの視界が晴れゆく。


 さぁ、青空の見える世界でドラゴン倒すぞ~と意気込む彼女だったが……。



 ログインした仮想世界に青空は全く見えず、曇天の空と白い煙が広がる――

 彼女の目に映るのは中世ヨーロッパ風の町並みだが、そこかしこで歯車が回り、時折ブシューっと蒸気が吹き出す。全体的に街がごちゃごちゃとしており雰囲気はとても暗い。

 そんな街並みを舞う、ドラゴンと悪魔ガーゴイル


『ドラゴンだ! 集中砲火を浴びせろ! ありったけを食らわせてやれ!!』

『ロケットランチャー全弾ぶち込めぇ!!』

『対象飛翔! 撃ち落とせぇぇぇ!!』

『ブレスだ、身を隠せ! 死ぬぞ!』

『第三小隊通信途絶!』

『畜生が! 化け物どもめ!』


 殺伐とした空気に聞こえてくるNPCの怒声と、激しい銃撃音、目がチカチカする発砲閃光マズルフラッシュ

 凄まじい機動力の飛竜ドラゴンが、武装した飛行船に火球を放つと、飛行船は爆発炎上しながら墜落していく。

 直後飛行船を落としたドラゴンに向けて、ロケットランチャーの砲弾が4発連続して発射される。

 ロケット弾はドラゴンの翼に命中すると爆発、ドラゴンは爆炎に呑まれながら消え落ちていく。


「えぇっ……」


 いきなり人類VSモンスターの妖怪大戦争真っ只中に放り出された彼女は、うめき声を上げるしかなかった。

 修道女スタイルのセルフィの隣を、雄々しく突き進む蒸気戦車。

 蒸気SL機関車の先頭部に砲塔を無理やりつけたような戦車は、煙突からもくもくと白い煙を上げながら、猛スピードで突撃していく。


『ゾンビの軍団だ! 恐れず進め! 戦車前進パンツァー・フォー!!』


 いきなりPOP出現したゾンビの群れに、戦車は突っ込んでいく。

 だが、大量のゾンビを踏み潰しすぎて車体が横転。ゾンビが中の操縦者を引きずり出し、生きたまま喰らう。


『た、助けてくれぇ!!』


 セルフィは慌ててNPCに駆け寄ると、何か出来ないかと杖を振ってみる。

 するとキラキラとした緑のエフェクトが発生し、回復魔法が発動する。だが回復など全く無意味で、NPCはあっという間にゾンビの餌になってしまった。


『ギャア゛ア゛ア゛…………パ、パンツァーフォ………すす……め……』


 戦車長は血しぶきを撒き散らしながら息絶えた。


「…………うーわ。グッロ……」


 ゲームでも率直な感想が漏れる。

 これ明らかR指定ある奴では? と思っていると、ゾンビたちが立ち上がりセルフィの元へとゆったりとした動作で迫ってくる。


「これアタシの想像してたファンタジーじゃないんですけどぉ!!」


 魂の叫び。

 もっとキラキラした世界で、仲間と一緒にドラゴン倒したり、魔王に苦しめられてる村人を救ったりするはずなのに、なんでいきなり人が食い殺されるグロから始まるのか。


「お゛お゛お゛」


 そんな文句を言ってる暇もなく、ゾンビは不快な呻きをあげながら彼女に迫る。

 何か聖職者なんだから、ゾンビを倒せる方法はないのかとメニュー画面を開いて魔法を探す。するとセイクリッドシャインというアンデッド属に大ダメージを与える魔法が使えることがわかった。


「えっと、セイクリッドシャイン!」


 セルフィが魔法を唱え杖を振ると、光の柱が地面から伸び、その上にいたゾンビ一匹がぐにゃあと腰から砕け落ちた。


「やった! きいてる!」

「「「「「お゛お゛お゛」」」」」←50体くらいのゾンビの群れ。

「一匹倒したくらいじゃ焼け石に水なんですけど!! 誰か助けて!!」


 するとそこに、突如現れたピンク髪の少女が、手にした二本の剣でゾンビを切り裂いていく。

 近未来的なレオタード型のボディースーツに身を包んだのは、彼女の従者ユーリだった。


「姫様、お下がり下さい!」

「ユーリ! あなたのその剣何!? めちゃくちゃ光っててカッコイイんだけど!」

「蒸気粒子ビームソードです」

「粒子ソード!? あたし十字架の杖なのにあなた粒子ソードなの!?」


 この世界の科学設定はどうなってるの!? と叫ぶセルフィ。


「このゲーム、どうやら魔法のある世界で、蒸気科学もある程度発展したファンタジーとスチームパンクが融合した世界観のようです。そのおかげで近代武器に近いものもあるようです」

「めっちゃ飲み込みいいじゃん!? ユーリ既プレイじゃないよね!?」

「街にゾンビが溢れているのは邪教徒が作り出した異界門のせいで、魔界の生物が流れてきてしまったようです」

「ユーリめっちゃ説明してくれるじゃん! ってかその辺はファンタジーなんだね! あたしてっきりやばい会社がやばいウイルス漏洩させちゃった系だと思ってた!」

「危ない姫様! はぁっ!!」


 ユーリは次々にゾンビを切り裂いていくが、数に押され無理やり引き倒されてしまう。


「や、やめなさい! この身はマイロードに捧げると決めたモノ! 貴様らのような下賤な者に……あぁぁぁぁぁ!」

「超ヤラレ役じゃん! しかもどさくさに紛れて凄いこと言うねユーリ!」


 全く頼りにならない従者に必死に回復を送り続けるセルフィ。


「だ、誰か助けて! もうMPが!」


 ゲーム開始直後なので当然大したMPもなく、あっという間に枯れてしまうセルフィ。

 このままでは従者ユーリがゾンビに酷いことをされるのを見ていなくてはならないという、半ば罰ゲームじみた展開が待っている。


 誰か誰か、この地獄を救ってくれる人はいないの!


 そう思うと今度は高笑いが響き渡った。


「ホーーッホッホッホッホッホッホ! セルフィわたくしが来たからにはもう安心ですわ!」

「この声は!?」


 セルフィは助けが来たのに、なぜだか全然安心できない声に振り返る。

 するとそこには金ピカの騎士甲冑に身を包んだ、アンジェの姿があった。

 右手には突撃槍、左手には盾と、やっとファンタジーらしい格好をした人が出てきてくれたのだ。


「姉上!」

「セルフィ!」

「姉上なんでロケットランチャー持ってないんですか!?」


 セルフィは既にこの世界では、ロケラン標準装備くらいじゃないとあっけなくやられると気づいていた。


「安心しなさいセルフィ、そんなものなくてもわたくしの聖なる槍【ミストルテイン】で刺し貫いてあげますわ!」

「えっ、姉上ゲーム始めたところなのに、そんな凄い槍を使えるんですか!?」

「わたくしが今名付けただけですわ!」


 アンジェは手にしたミストルテイン(自称)を構え、イノシシのごとく突っ込んで行く。

 だがゾンビ数匹を突撃でなぎ倒したものの、ユーリと全く同じ展開で体を掴まれ、あっという間にひどい目に合わされるくっ殺騎士と化したアンジェ。


「くっ、離しなさい!」

「あ、ダメだ。一瞬でユーリの二の舞に。姉上クソ雑魚すぎる……」


 もう終わりだと諦めると、そこにパァァァンと大型トレーラーのクラクションが鳴り響く。

 古めかしいレトロな丸目ヘッドライトをしたトレーラーは、一切減速なしでゾンビの群れを跳ね飛ばすと、Uターンして急制動する。

 運転席の窓が開くと、無骨なロケットランチャーの砲身が飛び出した。


「ファイア」


 弾頭が燃焼ガスを吹き出しながら飛ぶと、轢かれても蠢いていたゾンビに命中。四肢がバラバラになりながら吹っ飛んでいった。

 セルフィの顔にピチャピチャと血しぶきのエフェクトがかかり、軽く失神しそうになる。

 バタンと運転席が開くと、鍛えられた筋肉に映える黒のタンクトップ、迷彩柄のズボン、蒸気を吐き出す軽機関銃を握ったソルジャー風の少年が降りてきた。


「あ、あれは……」


 祐一は未だしぶとく動くゾンビに向かって蒸気機関銃を掃射し、動くものすべてをミンチにしていく。そして仕上げとばかりに手榴弾を放り投げた。

 ズドンと爆発音が鳴り、不快なうめき声が完全に消えると彼はセルフィたちに振り返った。


「…………大丈夫か?」


 爆炎を背景に歩いてくるヤンキーは、あまりにも頼もしすぎた。


「うわぁ……現実世界では絶対ありえないけど、世界が崩壊したらこの人と結婚しよう……」


 セルフィは多分この人ゾンビとかに噛まれても、なぜかゾンビ化しないタイプの人だと悟る。


「さすが我がマイロード、お見事です。まぁわたしが捕まったように見えたかもしれませんが、あれは敵を油断させるためですので勘違いなさいませんように」

「まぁまぁ、わたくし一人でもなんとかなりましたが、ここは祐一さんに花を持たせましょう」

「く、クソザココンビが、助かった瞬間にイキりはじめた……」


 いろんな意味で戦慄するセルフィだった。

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