第43話 陰王女

 ゲーム機、フィギュア、配信機材が並ぶ祐一の部屋へと移動すると、中央で正座する水色髪の王女とピンク髪のメイド。

 朝の女児向け変身ヒロインアニメみたいな髪色をした二人の首には、それぞれ『私は無礼を働いた、卑しき王女(メイド)です』と書かれた、木製のプレートがぶら下がっている。

 このシュールなW罪人スタイルがアルテミス式反省の構えらしい。

 セルフィとユーリを取り囲む、祐一、レオ、アンジェ、いろは、響風のセーフハウスメンバー。


「なに兄者。騒がしいと思ってたら面白いことになってるじゃん」

「いきなり剣で斬りかかられることを面白いとは思わんが」

「面白いじゃん。NPC殺せるダークファンタジーゲーみたい」

「突如プレイヤーが斬りかかってくる、NPCの気持ちが少しだけわかったわ」


 和室の襖に立てかけられている白銀の西洋剣。浮きまくりなその剣の名を【デスブリンガー】というらしい。

 ほんとに死にゲーダークファンタジーに出てくる武器みたいな名前しやがって、と思う祐一だった。


「ってかなんでいきなり斬りかかってきたんだ? タオル一丁だったのはアレだけど、さすがに悪人面だけで斬りかかってこんだろ?」

「それは……」

「そうですわ、理由をお話なさい」


 アンジェに促され、セルフィは顔を赤らめながら誤解の経緯を話す。


「アッハッハッハッハッハッハ、兄者が女性を風呂に沈める極悪セクシー男優だと思ったって」


 ゲラ笑いする響風とクツクツと笑ういろは。


「凄い想像の飛躍ね」

「笑ってる場合じゃないだろ委員長。俺がセクシー男優ならお前はセクシー女優だぞ」

「凄い関係ね、面白いと思うわ。どうFC3動画辺りで流してみるとか?」

「なんの動画流す気だ。まぁ事情はわかった。俺もタオル一枚でうろついてて悪かった」

「いえ、屋内の格好なんて自由ですので。本当にこの度は申し訳ありませんでした」


 ペコペコと頭を下げる腰の低い王女。

 それから仕切り直して、お互いの自己紹介を行う。


「えっと、こんなタイミングではありますが自己紹介を。アタシはセルフィ・アルテミス。アルテミス王国の第三王女で、こっちが侍女兼護衛のユーリです」

「…………」


 セルフィはてへへとはにかみ笑いを見せるが、それに対してユーリは視点が定まらない感じでぼーっとしている。


「大丈夫かこのメイド? ピクリとも動かんが」

「多分ショック受けてるだけだと思うので。そのうち再起動すると思います」

「ならいいが」

「ほんとすみません。初対面が殺し合いになりまして……」

「確かに面食らったが、王女が来るって話は聞いてたんだよな」

「ウチに来るとは聞いてなかったけどね! ごめんね家汚くて」

「汚してる張本人が言うんじゃねぇ」


 祐一は響風の頭をげんこつで挟み、グリグリと締め上げる。


「いひゃいいひゃい」

「ご兄妹、仲がよろしいんですね」

「まーねー」

「しかし俺はプリンセスって言うから、てっきりちびっこいアンジェみたいなのが来ると思ってた」

「あたしも、もっと常識ないやべぇ奴だと思ってた」


 響風と祐一の頭に、生意気で高飛車なプリンセスの想像が浮かんでいたが、実際は腰が低くはにかみ笑いが可愛い北欧系美少女だった。


「わたくしに似ていたらやばくはないと思いますが?」

「自覚ないやつが一番やべぇんだよ」

「こいつは末妹ということもあって、アルテミス家の中では一番気が小さい。空気読みの機能がしっかり働く」

「常識人か、貴重枠で助かるな」


 祐一の言葉に小首を傾げる、アンジェ、いろは、響風の色物枠。


「俺は桧山祐一。こいつらの……なんて言えば良いんだろうな。ゲーム教師兼保護者みたいなもんだ」

「兄者は兄者だよ。皆の兄者」

「そうね兄君」

「そうですわ、お兄様」

「だそうだ、お兄ちゃん」


 最後にクククと笑うレオ。

 こんな立場弱い兄がいてたまるかと思う祐一だった。


「は、はぁ? 姉上に義兄上が……」


 祐一は今までの経緯をかいつまんで話し、ここで共同生活をしながらゲームの実況動画を撮っていることを話す。


「なるほど、姉上がメールでおっしゃられていた同棲相手という奴ですね」

「「「あ゛?」」」


 セルフィが完全に理解したとポンと手を打つと、周囲の空気が凍る。


「あれ? 姉上彼氏ができて、一緒に暮らしていると……聞いていましたが。特に彼が作るカレーが美味しいと……」


 セルフィの顔が「やっべ地雷踏んだ?」と言わんばかりに狼狽える。

 助けを求めるようにアンジェの顔を見やると、彼女は汗だくだった。


「へー、副会長彼氏と同棲ね……。桧山君のこと周囲になんて言ってるのか、私初めて知ったわ」

「兄者いつの間に同棲してたんだ」

「まぁ俺も初耳だけどな」

「あ゛ーあ゛ーあーあーあーあーあーあー!! セルフィ、その話はまた後でしましょうね!」

「お前の人に見栄を張る癖は一生なおらんな」


 呆れる姉のレオ。



 それから王女は罪人プレートを外すと、雑談モードへと入る。


「驚きました、いろはさんも含めて全員でゲームの勉強をしながら実況配信ですか」

「まぁそういうことだ。決してやらしい配信をしているわけではない」

「そうそうセーフハウスチャンネルで検索してね」

「昔有名な漫画家が集まって、下積みをしたという話を聞きましたが、それと似ていますね」

「あぁトキワ荘な。マンガ界のレジェンドたちが同じ寮でマンガ描いてたっていう」

「王女詳しいね」

「日本のマンガ好きなんで。そのエピソードに似てるなって思いまして」

「そんな凄いもんじゃないけどな」

「てっきりアタシは姉上達が兄上を取り合って、にらみ合いの末兄上の家まで押しかけたのかと思いましたよ」


 にこやかに笑う王女だったが、女性陣全員がそっぽを向いた。

 その空気を敏感に察し『あ、あれ? アタシまたなんか言っちゃいました?』と目を見開き震えるセルフィ。

 それと同時にいろはが、にこやかな笑顔と共に彼女の肩を叩く。


「あまり色恋に鋭い子は嫌われるわよ」

「はい、すみませんすみません!」


 ひたすら平謝りするセルフィ。

 それを疑問符を浮かべながら眺める祐一朴念仁

 女性陣全員が、この王女無意識のうちに地雷踏み抜く天然マインスイーパーだと警戒する。



「さて、それじゃあこれからどうする? ブルーローズ家に帰るか?」

「そうだな、歓待の準備もしてあるし移動をするか……って、こいつはいつまで固まってるんだ?」


 レオが顔をしかめながらユーリを突くが、完全に無反応だ。

 土下座した後、魂が抜けたように静かになってしまっている。


「兄者もしかしてメイドさん殴ったの? 最低じゃない?」

「結論ありきで話すのはやめろ。ちゃんと寸止めした」

「兄者だから寸止めしても圧縮空気で二重の極みしたとかあるからな」

「二重の極みなんかチンピラ以外に使ったことねーわ」

「使えるのね……」


 戦慄するいろは。


「ユーリ、ユーリ、起きて」


 ユーリはセルフィの呼びかけに反応すると、パチリと目を開いた。

 その時丁度目の前にいた祐一と視線が合う。


「おぉ大丈夫か?」


 彼女の目には祐一の背景に、美しいバラが咲き誇っていた。

 それは偉大なる主人の誕生。


「イエス・マイロード……」


 そう恍惚とした表情でつぶやくユーリ。


「ユ、ユーリ?」

「失礼いたしました姫様。皆様」

「だ、大丈夫そうか?」

「ご心配いただきありがとうございます。マイロード」

「兄者マイロードって何?」

「オーバーロードみたいなもんだろ。多分すごく強ぇ奴ってことだよ」

「なるほど兄者天才」


 完全にバカの会話だった。


「ユーリほんとに大丈夫? 頭打ったとかない?」

「ご安心を姫様。礼儀のなっていない自分をマイロードが躾けてくださっただけですので」

「躾けって……何?」


 目を見開き、若干引くセルフィ。


「無作法なメイドに対する折檻です」

「いや、そういう意味じゃなくて」


 ユーリは後ろ手に何かを取り出すと、それを祐一に手渡した。

 革のしっとりとしたなめらかさのあるそれは、乗馬に使われる本格的な鞭だった。

 ユーリは立ち上がると、そのまま襖に手をつきお尻を突き出した。


「マイロード、無礼なメイドに躾けを……」

「ユーリ正気になって! あなたおかしいのよ!?」

「プリキュ○メイドが一気にエロゲ落ちした。やはり淫乱ピンク」

「業が深いわね桧山君」

「俺悪くねぇよ」

「どうする脳検査MRIを受けるか?」


 わりかし酷いことを言うレオだった。

 それから何かに目覚めてしまったメイドを簀巻きにして転がすと、何事もなかったかのように話を続ける。


「ではセルフィ家に戻りましょうか」

「は、はい、姉上」


 レオは簀巻きにされて猿ぐつわを噛まされたユーリを肩に担ぐと、外に出ようとする。

 その時祐一の部屋を物珍しそうに見ていたセルフィが、ビクンと肩を震わせる。


「行くぞ?」

「すみません。すぐ行きます……」

「…………セルフィ、今日はここでも良いか?」

「えっ? は、はい、アタシは全然どこでも構いませんが……。なんなら外でもいけます」

「会長、うちには姫様のもてなしなんかできんぞ」

「うるさい、ちょっと来い」


 レオは祐一を部屋の外に呼び出すと、話が聞かれないように一階へと降りる。


「どうしたんだよ、いきなり?」

「…………あの子には上に兄姉がいるんだがな。王位継承権で揉めて、かなり仲が悪い」

「そうなのか」

「特に兄の【グランツ】からは、自分か姉の【ユーフェミア】どちらの派閥につくのかと迫られたり、姉の差し金として敵を見る目で見られている。勿論セルフィは王位継承に興味はないし、兄姉には仲良くしてもらいたいというのが本音で、どちらにも肩入れできない状況になっている」

「……そりゃ可哀想だな。肉親から目の敵にされるって」

「本当なら一番上のグランツが王位を継承するのだが、現アルテミス女王は彼の資質にかなり懐疑的で、ユーフェミアを王にする可能性が高いと言われている。それがグランツを疑心暗鬼にさせている原因だろう」

「どっちにしろセルフィには関係ねぇんだろ? 何自分の妹に噛み付いてんだよ、バカじゃねぇのかその兄貴」


 祐一がそう切り捨てると、レオは柔らかい笑みを浮かべた。


「そうだな……私もそう思う。彼女は兄姉の板挟みもあり、かなり遠慮がちな性格になっている。その為自身の交友関係もうまくいっていない。具体的には友達が作れず、通っている学園では一人浮いている」

「それってつまり、ぼっちって奴では?」

「その……目撃談だが、壁に向かって友達がいる風に話していることがあったとか……」

「エア友達とか陰キャじゃん!」


 あまりにも悲しすぎる王女エピソード。


「それに自分のオーラを消すのが得意でな……。実際私もアルテミスのパーティーに出席して、あいつを見つけられないことがあった。2時間探し回って、実は隣にいた時は本気で驚いた」

「王女ステルス性能高すぎでは?」

「セルフィがアンジェになついているのは、アンジェのある種の脳天気さに安心しているからだろう」

「なんも考えなくていいってことだろうな」


 何かあっても翌日には忘れるのがアンジェのいいところである。


「あの子は楽しい空間というのに強い憧れがある。ブルーローズ家に連れて帰っても、私とアンジェだけではなかなかその空気を作るのは難しい。少しの間だけで良い、あの子を見てやってはくれないか?」


 そう言って頭を下げると、肩に担いでいたユーリがボタッと床に落ちた。


「マイロード、自分からもお願いいたします。姫様はゲーム好きですので、ゲーム教師をされているマイロードであれば姫様も喜ばれると思います」

「……まぁ、しゃーねーな。エア友達とか可哀想すぎるからな……」

「すまんな。助かる」

「しかし会長、あんたも姉ちゃんやってんな」

「黙れ」


 氷のように冷たいと言われがちなレオだが、やはり彼女は身内には優しい。

 その微量の甘さが彼女の魅力かもしれない。

 レオはふんと後ろ手に髪を弾く。


「マイロードが兄、レオ様が姉……人はそれを尊いと言うのではないでしょうか?」

「黙ってろバカメイド」


 レオがユーリを踏みつけると「あぁ♡」と歓喜の悲鳴を上げる。

 ダメだコイツ手遅れだと思う祐一だった。

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