第42話 土下座

 6月某日。アンジェとゲームの訓練を行い、ようやくプリンセス来日の日がやって来た。

 桧山家前にて、高貴な雰囲気を纏う少女とメイドが肩を並べて立つ――


「ここが……姉上の住まう場所ですか……」

「はい。ブルーローズ家より、今回のステイ先にこの住所へ向かうようにと指示されました」


 整った顔立ちに新雪のような白い肌。ぱっつんの前髪に、腰まで届く長い後ろ髪。

 髪色は煌めくスカイブルー。細身の体を白のドレスに包んだ少女。

 彼女こそがアンジェの言っていた、とある国の第三王女、セルフィ・アルテミスその人である。


 その脇に控えるのが侍女兼護衛のユーリ・マリアベル。

 薄いピンクの髪をボブカットにしたメイド。

 レースのカチューシャにガーター付きのストッキング。一部には邪道という噂のあるミニスカのエプロンドレス。

 慎ましいセルフィとは対象的な丸く大きな胸部は、北半球が露出しており男性ならば誰もが目のやり場に困るだろう。

 そんなドスケベメイド衣装とは対象的に、少女自身は瞳を閉じ粛々とした雰囲気がある。


「あ、姉上たち少し見ぬうちに没落したのかしら……」

「そのようなことは聞いておりませんが」


 セルフィが不安になるのも当然で、いつもブルーローズ家の豪邸をステイ先に指定されていたというのに今回はこのような一般住宅。

 何かあったのか? と考えるのが普通だ。


「じ、実は知らず知らずのうちに、我々アルテミスが金銭的負担をかけていたということは?」

「ご安心を、そのようなことはありません」

「で、では実は姉上たちに大きな借金があったとか?」

「”姫様”そのようなことはありません」

「あっ、ユーリさん。外で姫は……」

「申し訳ございません。わたくしとしたことが”お嬢様”」


 メイドの少女は言い直すと頭を下げる。すると彼女の腰に下げた西洋剣がカチャリと金属音を立てた。

 特別要人警護のライセンスを持つユーリには、護身具の使用許可が下りているため剣は本物だ。


「いえ、いいんです。毎度無理言ってすみません」

「しかし……おかしいですね。普通であれば誰か出迎えていただけるはずなのですが……」


 いくらお忍びとはいえ、ブルーローズ家がロイヤルVIPのプリンセスを出迎えるのは当然で、いつもならばメイドや執事がいるはずなのだ。

 ユーリは周辺を見回すが、ごく普通の住宅以外見えるものはなく、該当の家から誰かが出てくる様子もない。


「しょうがありません。中へと入らせていただきましょう」

「だ、大丈夫? いきなり入って、知らない人の家だったら通報だよ?」

「アンジェ様とレオ様に連絡をとってもお出になりませんので。……失礼します」


 ユーリがガチャリとドアを開くと、タオルを腰に巻いた裸の男と玄関先で遭遇する。

 体から湯気を上げるその男の人相は悪く、明らかに堅気の人間ではない。

 ユーリはバタンとドアをしめるとセルフィに振り返る。


「危険です……お嬢様」

「言われなくてもわかる! ユ、ユーリ、あれはもしかしてジャパンマフィアという奴じゃないの?」

「お嬢様、それを言うなら893です。恐らくですが違うでしょう、明らかに年齢が若かったですから」

「若い893もいるんじゃないの?」

「それは否定できませんが……」


 二人は恐る恐るもう一度扉を開く。すると今度は――


「桧山君、イルカの浮き輪どこ行ったか知らない?」

「昨日響風が使ってた気がする」


 今度はタオルを体に巻いた裸(に見える)少女いろはの姿があった。

 二人はまたバタンと扉を閉じる。


「ユ、ユーリ! あれは893の女という奴じゃないの!?」

「わかりません。しかし昇り龍や桜吹雪のような入れ墨の類は見られませんでしたので」

「それは時代劇だけじゃないの!? やっぱりここ893の家だって!」

「そんなはずは……」


 二人が玄関先で話し合っていると、先程の少女の大きな声が響き渡る。


「桧山君、今日撮影何時からやるの!?」

「8時からだから体作っとけよ。今日は企画モノで多分徹夜だぞ!」


 その声を聞いてユーリとセルフィは目を見開き、顔を見合わせる。


「撮影」

「裸の男女」

「徹夜」

「企画モノ」

「体作る……」


 それらのワードから連想されるもの。

 ユーリは顔を赤らめるとゴホンと咳払いする。


「お嬢様、もしかしたらここは大人用ビデオの撮影現場かもしれません」

「大人用?」


 無垢なセルフィは小鳥のように首を傾げるので、ユーリは小声で説明する。


「大人用ビデオとは□□□を☓☓☓して男性が○○○を■■■。更に☓☓☓を◇◇◇に……」

「!」


 セルフィはカッと顔を赤らめ、あまりな過激な内容に涙すら浮かべる。


「破廉恥ぃ!!」


 完全に語彙力を失ってしまう王女。


「道理で周囲に人の気配がしないと思いました」

「さ、先程の女性は出演者?」

「可能性は高いです。ここがもしその撮影場所だとしたらブルーローズ様は……」


 二人にピンク色の想像が浮かぶ。


「あわあわ……お母様に言って姉上を救済してもらわないと! 特殊部隊、特殊部隊の派遣を要請するわ!」


 皆殺しよ! と、震える手でスマホを取り出すセルフィ。


「お待ち下さいお嬢様。まだ誤解という可能性もあります。家主に直接話を聞きましょう」

「あ、危ないって! やめよユーリ、相手は893よ! ユーリの指がなくなっちゃう!」


 既にセルフィとユーリの中で、祐一は893認定されていた。

 ユーリは扉を開くと、そこには再びタオル一枚でウロつく目付きの悪い少年の姿があった。


「あぁ、早く服着よう。風邪引く――」


 丁度目と目が合うユーリと祐一。ボーイミーツメイド。

 その後ろでおどおどしているセルフィ。&プリンセス。


「なんだお前達、インターホンも鳴らさずに」


 祐一が近づくと、その瞬間ユーリは剣を抜いて構える。


「それ以上あるじに近づかないで下さい! 寄らば斬ります!」

「寄らば斬るって、ここ俺の家なんだが……」

「どうしたの桧山君?」


 騒がしい様子を察して、水着姿のいろはが玄関にやって来る。


「あぁ出演者の女の人!」

「ぐっ、やはり破廉恥なことをしているようですね……」

「破廉恥って、あぁ俺は風呂上がりだからこの格好だが、委員長はプールで遊んで――」

「風呂に沈める!?」

「ユーリ風呂に沈めるってどういうことなの!?」

「風呂でいやらしいことをするということです!」

「破廉恥ぃ!!」


 ワードだけが繋がり合い、王女とメイドの頭の中でいかがわしい妄想が暴走していく。


「いや、なんか勘違いしてるようだが――」

「寄るな破廉恥男! 我々も風呂に沈めるつもりでしょう!」


 ユーリが勢いよく剣を振るうと、剣圧で祐一のタオルがスカートめくりのようにペラリめくれる。テレビ番組なら『ワ~オ♡』とギャグ的SEが鳴るシーン。

 しかし一瞬露わになる祐一の誇らしい祐一を見て、二人は絶句する。


「…………」(←泡吹いて倒れているセルフィ)

「くっ……あっ……貴様ぁぁぁぁ! 姫様になんてものを見せてくれるのです!」


 動揺で姫と呼んでしまうユーリ。

 彼女は剣を握り締め、祐一に斬りかかる。

 消えたと錯覚するようなスピードで踏み込まれ、剣の切っ先が彼の首筋を切り裂こうとした。だが、ユーリは動物的本能で飛び退った。

 斬ろうとした瞬間視界が歪むような、得も言われぬ威圧感を感じとったのだ。


「あなたは何者です!?」

「何者って」

「このプレッシャー、レオ様以来の強力さ。まともな人間が纏うものではありません!」

「お前それ生徒会長もまともじゃないって言ってるんだが」


 ユーリの持つ剣の切っ先はカタカタと震えており、明らかに祐一の圧に正気を保てなくなっていた。


「お゛え゛っ」


 威圧感に耐えきれず、思わずえずくユーリ。


「ユ、ユーリ大丈夫!?」

「姫様お逃げ下さい。この男は危険です!」

「確かに女性を風呂に沈めようとする男は危険だと思うけど」

「そうではありません。恐らくこの男……人を殺しています」

「殺してねぇよ」

「嘘です! その殺気、私がイタリアンマフィアと戦った時にボスのカルツォーネが纏っていたものと同じ。人を人とも思わぬ鬼畜外道の殺気です!」

「酷い言われようだな。とにかく誤解だ。多分お前ら会長の客だろ? 中入って待ってろよ」

「ぐっ……」


 武人だからこそわかる祐一の圧に、ユーリの脚は震える。

 これまでセルフィの護衛として様々な悪漢を倒してきた彼女だが、明らかにこの男は別格。

 人食いライオンが人間の言葉で喋り、中で待ってろと言われて誰が従うのか?

 彼女は震える手で、もう一度剣を握り締める。


「はぁっ!」


 ユーリは恐怖で硬くなる脚を自身の咆哮でなんとか奮い立たせると、腰を低くして構える。


「私は姫様を守る騎士メイドです!」


 セルフィを守るためであれば命を捨てる覚悟はある。

 ユーリは狭い玄関で力強く踏み込み、剣を振りかざす。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!! アルテミス流奥義シュツルム・ウント・ドランク!!」

「なんだその中二病の技は……」


 祐一はこの女なんなん? と言いたげな困った表情を浮かべつつ、刃物を振り回すからには相手をせざるを得ず。

 仕方無しに剣が振られる直前に迎撃の拳を振るう。

 拳は剣より速く、しかし肉体には届かせない。

 いわゆる寸止めというやつだ。顔面にビタ止めされた拳圧はユーリの後ろに衝撃波を放ち、巻き起こされた風で後ろにいたセルフィはM字開脚で転倒する。


「キャッ!」


 セルフィが悲鳴を上げるが、ユーリには後ろで倒れる主に気を回す余裕すらなかった。

 彼女には拳が飛んでくるのが見えなかった。ただその直前ダンプカーに轢かれるような錯覚に襲われた。

 死の塊が拳となり視界を塞ぐ。いつでもお前を殺せる、そんな圧倒的な力量差。

 彼女は剣を落とし、その場にへたり込んだ。


「…………」


 そのあまりの恐怖に腰が抜け、両目からは涙がこぼれ落ちた。

 あぁ、ダメだ。生物的にこの男に勝てない。いくら修練を積もうと、人間は悪魔には勝てないと悟った。

 少女の心を折ったとも知らず、祐一は寸止めした拳を戻すと酷いタイミングで玄関からレオとアンジェがやって来る。


「祐一さん、ここにセルフィが来ていません? ステイ先の住所を間違ってここにしてしまったようで……」


 アンジェはタオル腰巻きの祐一の前で、完全にへたりこんでしまっているユーリと、涙目になってあわあわ言っているセルフィを見て顔をしかめる。


「もう何かあった後ですわね……」


 それからレオたちによって誤解が解かれると、祐一の目の前で土下座するメイド。


「数々のご無礼……大変……申し訳ございません」

「お前らは土下座がお家芸なのか」


 祐一はブルーローズ姉妹を見やる。

 このユーリメイドからは、どことなくアンジェポンコツと同じ匂いがする。




――――――――――

更新遅くて申し訳ないです。


【ヤンキー実況】【お姉様は小鳥に夢中】両作ともカクヨムコンの中間選考通りました。

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