第41話 アンジェクエストⅡ
祐一はエアメールを持って、徹夜ギャルゲ態勢に入っているレオ達の元へと戻る。
「おい、会長宛かアンジェ宛か知らんがセルフィって子から手紙が届いてるぞ」
「まぁ彼女からですの?」
アンジェは手紙を受け取ると、急いで中を確認する。
「セルフィって誰なんだ?」
「わたくしの妹のような子ですわ。欧州の片田舎にある小国の第三王女でして」
「「王女!?」」
祐一といろはの声がハモる。
「ええ、アルテミスという国で、とてものどかでよいところですわ」
「すげぇ知り合いだな……。それでなんて書いてあるんだ?」
「えっと……あら、お姉様、彼女近々こちらに来るそうですわ」
「また来るのかあいつは。なら一度戻らなくてはならんな」
「日本観光か?」
祐一が聞くと、アンジェは一瞬言葉をつまらせる。
「まぁ……そのようなものですわ」
「そうなのか。でも王女が来るって大騒ぎになるんじゃないのか? テレビとかマスコミとか。アルテミス王国王女来日! とか」
「セルフィは大体お忍びできますので。それに本当に小さな国ですので、多分SPがいても一人か二人くらいでしょう。もしかしたら侍従しかつけてないかもしれませんわ」
「王女のわりに自由なんだな」
「第三王女だからな。王位継承権もないから本人は気楽と言っている」
「権力争いから外れた気楽な三女ってところか。王女って言われも全然ピンとこんな」
祐一の頭の中にはスーパースペースブラザーの桃姫しか浮かばなかった。
「美人なのか?」
「ええ彼女、わたくしに似て本当に可愛らしい子ですのよ」
「よく自分に似て可愛いとか言えるわね……」
呆れるいろは。祐一の頭には「ホーッホッホッホお姉様、王女のわたくしがやって参りましたわ!」と高飛車に叫ぶプチアンジェを想像する。
「まぁアンジェに似てるんじゃ多分残念な奴なんだろうな……」
◇
それから数日後――
季節は6月に入り、雨季に突入。この時期、洗濯物は乾かずたまる一方。
地下にプール作るくらいなら乾燥機の一つでも買えと言いたくなる。
しかし今日は珍しく晴れ渡った空で、この貴重な太陽を主婦としては見逃すことができない。
「このチャンス生かさないわけにはいかねぇな……」
祐一は通学前の時間を利用して、急ぎ洗濯物を干していく。
悪人面の少年が、カラフルな女性用下着を洗濯ハンガーに吊るしていく様は犯罪的である。
しかし桧山宅四方の住人はすでに引っ越しており、彼を白い目で見るご近所さんはいない。
「兄者ー、そろそろ時間だぞー」
「おう、今行く」
彼は洗濯物のシワを伸ばし、洋服の形を整えると悪魔じみた笑みを浮かべる。
「ククク、帰ったらアイロンがけだな。その歪んだ襟をきっちり伸ばして落とし前をつけさせてやる。楽しみに待っていろ」
少しよれたブラウスに向かってほくそ笑む祐一。この男顔に似合わず家事は得意であり、趣味でもあったりする。
「兄者遅い」
「悪い。ってお前リボン曲がってる」
「うー」
玄関で祐一は響風の制服のリボンを直す。その光景は兄と妹というよりオカンと娘。
響風が先に外に出ると、次はいろはの服装を正す。
彼女の服装は公園の件の後、過激なギャルスタイルになっていたがスカート丈が短くなった意外は、祐一の朝の手直しによっておとなしくなっていた。
いろはの開かれたブラウスのボタンをとめ、首に巻かれたリボンをキュッと締め直す。
「乱すのは構わんが通学時ぐらいちゃんとしろ」
「よく女の子の胸元のボタンしめられるわね」
「俺はお前らのことは響風同様、手のかかる妹としか思っていない」
「この家に入ると誰でもあなたの家族にされるのね」
呆れた素振りを見せるいろはだが、その実こうして手を焼いてもらうのは愛に飢えていた彼女にとってはたまらなく嬉しい行為だった。
「行っていいぞ」
祐一の服装チェックを終えていろはも外へと出る。
アンジェとレオに関しては特に問題もなく、セーフハウスメンバーは揃って通学するのだった。
この5人が同時に通学するようになってから、祐一はヤンキーたちから朝の挨拶を受けなくなっていた。
そのかわり別の噂が立っていた……。
「砂倉峰の悪魔桧山、とうとう生徒会長の軍門に降ったらしいぜ。今は生徒会長の用心棒らしい」
「えっ? 俺は桧山が
「どちらにしてもただもんじゃねぇな」
周囲のヤンキーは恐ろしさに戦いていた。
「兄者はDV犯」
「嘘だろ、毎朝セクハラ被害を受けてるのに」
「服着て寝ないセイトカイチョーが悪い」
「お前もいい加減、朝私の裸を見て悲鳴を上げるのはやめろ」
「俺が悪いみたいに言うのはやめろ。起こしに行ったら全裸の女が寝てるんだぞ、悲鳴くらい上げるわ」
「女四人住まわせて、裸ぐらいでガタガタ言うな」
「そうだぞ兄者。貴重なCGイベントだ」
「うるせーよゲーム脳。ってか寝起き悪いくせに徹夜でゲームするのやめろ」
「あれだけ課金してフラれたままで終われるか」
そりゃ確かにと頷く祐一。恐らくレオをフれる人間なんぞ、ゲームキャラをおいて人類には存在しないだろう。
最近わかったことだがレオは冷たい表情に反して中身は熱くなりやすく、特に対戦ゲームなどで負かされると絶対負けたまま終わりにしない性格だった。
「兄者今晩何?」
「何にすっかな」
「はい、わたくしカレーを所望いたしますわ」
アンジェはつい先日食べたカレーが相当お気に召したらしく、フォアグラだのキャビアだの高級食材を食べ尽くしたお嬢様の舌は、祐一の作るカレーやハンバーグが好物となっていた。
「アンジェってば完全にカレーにハマったよね。まぁ兄者のカレーは美味い間違いない」
「ええ、あのねっちょりとした芳醇な肉脂の味わい、舌を槍で突き刺されるようなスパイシーさ、スプーンを口に運ぶたびに後頭部をバットでガツンと叩かれたような味わいに、わたくしもう虜になりましたわ」
「これだけ美味しくなさそうな食レポする人初めて見たわ……」
「こいつは感性が死んでるからな」
呆れるいろはと姉のレオ。
「まぁイエローはカレー好きって相場が決まってるしね」
そんな話をしていると、レオがスマホで何かを確認していた。
「どうかしたか?」
「王女が来る日程が決まった。来週末、私とアンジェはセルフィの滞在期間中家に帰る」
「あぁ、この前言ってたやつだな」
「王女と知り合いってやばいよね。ウチに呼んで兄者カレーご馳走したら?」
「王女の口にあうわけないだろうが」
「そんなことはない。セルフィは前回日本に来た時、たこ焼きというものにいたく感動していたからな」
「大阪にでも行ったのか?」
「ああ、もう既に日本の名所はあらかた回っているな」
「もしかしたらあたしより日本詳しいかも」
引きこもりでめったに外に出ない響風が言う。
「じゃあとりあえず会長とアンジェがいない間は、俺と委員長で動画撮っとくわ」
「王女によろしくしといてね」
「お任せください。わたくしのロイヤルなおもてなしで最高のひとときを提供いたしますわ」
いつもどおり高笑いを響かせるアンジェ。
◇
その数日後――桧山宅にて
祐一の前に土下座したアンジェの姿があった。
正座してぺったり頭を床につけた見事な土下座っぷりに、若干引く。
「なんでこいつ土下座してんだ?」
王女が来る三日前、準備がいると言って一旦桧山宅を離れていたアンジェが夕飯時に帰ってくるなり、いきなり玄関で土下座しだしたのだ。
「…………さい」
「えっ?」
「わたくしにゲームを教えて下さい」
何を今更という言葉に意味をはかりかねていると、遅れてレオが桧山宅へとやって来た。
「すまんな。このバカ、王女がゲームをやると聞いて、自分はプロ並みに上手いと見栄をはったのだ」
「お前……なんでそんな秒でバレることを……」
ロイヤルなおもてなしとは一体なんだったのか。
「その……勢いで……」
「お前……そういうとこやぞ」
アンジェは持ち前のプライドの高さから虚勢や知ったかをする癖がある。それらは持ち前の人間スペックでどうにか誤魔化してきているが、たまにどうしようもないもので見栄をはって自爆することがある。
それが今回のような件である。
「別にゲームくらい下手でもいいじゃねぇか」
「そんなことおっしゃらずに! 王女はわたくしのことを本当に慕っているので、素晴らしい姉の像を崩したくないのです!」
「ほんとかよ」
このポンコツを素晴らしい姉と慕うのはどう考えても無理な祐一は、懐疑的な視線を向ける。
「いや、それは本当だ。王女はアンジェのことを姉のように慕っている。というか正体を知らない」
「あの……自分で言うのもなんですが、うまいこと隠してきたので」
「まぁ……でも遠い田舎の王女様だろ? アニマルの森とか、ポカポンとか浦太郎電鉄みたいなパーティゲームでもやればいいんじゃないのか?」
「それが王女が好きなのはドラゴンファンタジーや、テイルオブヴィーナス、フレイムエンブレムなどでして……」
「ゴリゴリのファンタジーRPGだな……」
「ですので、王女たっての希望でVRのファンタジーがしたいと」
助けてヤンキーモンと泣きつかれ、祐一は仕方ないと嘆息する。
「じゃあとりあえず……ファンタジーやるか」
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