第33話 期待の初投稿

 Vステに投稿されたとある動画。

 チャンネル名【(仮)ゲーム】、タイトルは【ギャングorヒーロー激走ピザレース】

 動画を再生すると女医、警察、聖騎士、ネズミ、ヤンキーに扮した五人のプレイヤーが並んでいる。

 ゲーム内のプライベートロビーで撮られた映像には、彼ら以外のプレイヤーは見えない。

 動画が始まってやや間があってから、真ん中のサングラスにジャージを着たヤンキー風の少年が挨拶を始める。


『どうも初めましてU1です。我々VRゲームを始めたばっかりの人間で集まったゲーム実況グループです。何人か経験者はいるんですけど正直へっぽこです。チャンネル名が(仮)ゲームになってるのはまだ決まってなくて、今後良い名前を考えられれば変更します。そんじゃ軽くメンバー紹介を』


 それに続いていろは達が挨拶をしていく。


『ブラックドクターよ』

『ブルーポリスだ』

『ゴールドナイトですわ!』

『ピカ○ュウだチュウ』


 U1はすかさずモコモコネズミの口を塞ぐ。


『おいバカやめろ。人のチャンネルだと思ってフリーダムなことするんじゃねぇ』

『ソーリー。教官グリーンだチュウ』


 全員の名前がテロップで表示され、わかりやすく色分けされる。


『記念すべき第一回目なんですけど、実はもう撮ってあって動画のタイトルにもなってるギャングorヒーローのピザ運びをやってきました。罰ゲームありで勝負してるんでその結果も見て行ってください。それじゃあ動画どうぞ!』


 初投稿にしては慣れた口調のヤンキーの少年が取り仕切ると、編集されたゲーム画面が映し出される。

 内容自体はなんてことはない、人気ゲームのお使いクエストのプレイ動画。

 ただ少し違うのは初心者のくせにお遊び感0で、全員が全力で勝ちに行くスタイル。

 リアルアバターかエディットアバターかは動画内で言及されていないが、アイドルのような容姿をした3人の少女が全力で殴り合いをしている。

 最後のブラックドクターとブルーポリスが、空中戦をしながらビルを駆けあがっていくところは見ごたえがあり、とても初心者とは思えないスキル捌きだった。

 最後のオチも最下位かと思われたゴールドナイトが一位になるという意外性もあり、初心者動画の皮を被った対決企画ものの動画として成立している。

 最下位になったヤンキー風の少年には罰ゲームで【ヤンキーマン】というダサい名前がプレゼントされた。

 締めのエンディングは五人そろってのプチ雑談。


『というわけで俺が負けてしまいU1という名前は封印して、ヤンキーマンというダサい十字架を背負っていくことになりました。この名前は第二回罰ゲーム企画があるまでこのままということで』

『それまでにヤンキーマンが定着してるでチュウ』

『嫌なこと言うな』

『『『…………』』』


 ヤンキーマンとネズミ以外じっと黙ったままのメンバー達。


『君らこのままだとヤンキーとネズミが会話して終わる動画になるがそれでいいのか?』

『『『…………』』』

『はい、この子ら恐い顔した置物みたいになってますけど、皆緊張してるだけなので気にしないでね』

『と、一番怖い顔した男が言うでチュウ』

『これから動画投稿していくのでチャンネル登録よろしく~。あとGOODボタンもね』


 定番の締めの言葉を残し、手を振るモコモコネズミとヤンキーマン。他の少女は最後までピクリとも笑わなかった。



 祐一は投稿した動画を、最後にブラウザ上でチェックして小さく息を吐く。


「まぁまぁなんとか形にはなったんじゃないだろうか」


 チャンネル名も決めずに投稿を始めたのは見切り発車感があるが、それでもこうして皆でスタートを切れたというのは大きな一歩だと思う。

 それに天王寺がやったようにチャンネル名なんて動画内でゲームを交えて皆で考えていけばいい。


 【(仮)ゲーム チャンネル登録者数1】

 この1はU1の個人チャンネルによるものだ。


「この1が明日になったらどれぐらい伸びているか」


 期待に満ちて動画を投稿してもチャンネル登録者数1も伸びないなんてこともザラである。

 しかしながら祐一にはある程度実況者としてのノウハウがある為、この内容ならこれくらいの登録者がつくだろうという予測がつけられる。


「30、40くらいはいくかな」


 というかいってほしい数字である。初投稿はわりかし登録者が伸びやすい。とりあえず新しいのが出たらチャンネル登録しとくか勢が一定数いるからだ。

 逆に初投稿で再生数一桁などを叩きだしてしまうと、以降の動画投稿にも悪影響を及ぼしてしまう。

 しかし今回は前回の個人動画の反省を生かし、別撮りのオープニングを加え、グダらないように祐一が進行を務めた。更に綺麗どころも三人いてプレイ動画もそれなりに見せ場もある為勝算があるのだ。

 しかし可愛い女の子が出て来るだけでチャンネル登録者数爆上げという甘い世界でもないので、辛めに40ぐらいと評した。

 響風にこの話をしたところ「あたしは初日100くらいいってもおかしくないと思うよ」と言っていたので、客観的に見ても面白いことが担保されている。

 二人の予想はある程度差異はあるものの再生数1000~2000、GOOD評価50くらいってところだろうと予想する。


「明日が楽しみだ」


 皆頑張ってようやくVRまで追いついてきたのだ。ほんの少しくらい優しくしてくれてもいいのではないだろうか?

 相変わらずベッドにはコントローラーを握ったまま寝落ちしたレオと響風の姿がある。


「会長おっぱいでけぇ……」


 そんな妄想が捗る寝言をほざく響風と、氷の彫像のように美しい寝顔を見せるレオ。


「ほんとに昔を思い出すよ」


 祐一は人で溢れていた時のセーフハウスを思い出す。


「さて、朝飯の仕込みだけやってから寝るか」


 そう思い台所に入ると、テーブルの上に『兄者、明日はカレーを所望する、響風。私は辛口で、いろは。わたくしもカリーという食べ物に興味がありますわ、アンジェ。激辛で、レオ』チラシの裏に雑に書かれた夕飯のリクエスト。


「へーへーカレーね」


 しかし冷蔵庫を開けると、あまりのすっからかん具合に顔をしかめる。


「あーあー牛乳もねぇし、卵もねぇ、何よりやべぇのがパンもねぇや」


 カレーどころか明日の朝食の食材すらない。

 仕方ない、これは買い出しに出ざるをえない。

 動画編集に時間がかかり、時刻は夜11時過ぎ。コンビニまで往復30分程度。面倒だが、このまま朝を迎えるわけにはいかない。


「授業料貰ってるしな」


 いい加減なことをしていたらブルーローズ家に怒られそうである。

 一家の食を預かる祐一としては夕飯のリクエストが来るというのは案外嬉しいもので、朝食の材料ついでにカレーの材料も買いに行くことを決める。

 鼻歌を歌いながら風呂に入っているアンジェに「ちょっくらコンビニ行ってくるわ。後壁薄いからお前の歌全部聞こえてるぞ」と声をかけてから外へと出ていく。



 コンビニで軽く買い物を済ませると、さっさと家に帰ろうと思う。

 帰り道、祐一はもし動画が鳴かず飛ばずだったらどうしようか? いや、むしろバズった場合どうしようか?

 動画投稿者特有の不安と期待が入り混じった妄想が広がる。

 次の動画何にしようか、罰ゲーム企画はやっぱりやってて面白かったしいろんなVライナーがやる理由がわかる。

 いろは達の持ち味を生かした動画にしてやりたいな。

 自分が初めて動画を投稿したときですらこんなにワクワクしたことはない。意外と誰かと一緒にやっていくというのは性に合っているのかもしれない。

 そんな楽しい妄想。しかし――


「よぉ桧山、久しぶりやのぉ」


 浮かれていた。

 そうだ、自分はこういう人種だった。

 彼の周囲を取り囲むのは木刀やバットを持った少年達。

 以前アンジェに暴行していた魅男子高の連中。

 先頭に立つのはリーダー格の禿頭の少年。


「テメェは……」

「魅男子の権代ごんだいや。お前のせいでめでたく年少入ることになったわ。でもな、その前にお前にお礼だけは返さんとあかん思うてな」

「…………」


 祐一を取り囲むのは15人程の柄の悪い少年。この程度の人数ならば彼の敵ではない。ただ今回は雑魚に紛れて一人、明らかにおかしな雰囲気を纏うものがいる。

 喧嘩屋、暴力団、元プロ格闘家……。そのどれかはわからないが、闘争の道を歩んできた人間特有の冷たい殺気。

 祐一が本気になれば最悪撃退くらいはできる。しかし、手痛いダメージを受けるのは目に見えており、(仮)ゲームチャンネルの輝かしい門出に流血事件なんてものを起こす気にはなれない。


 ――逃げるか


 そう思うと、権代がスマホの画像を見せる。

 そこにはいろは、アンジェ、レオ、響風の四人が映し出されていた。


「逃げたらこいつらを殺す。今一緒に住んでんだろ?」

「…………」

「もう年少入るの確定してんだ。怖いものなんかないぜ?」


 血走った少年の目を見て、祐一は苦虫をかみ潰した表情になる。

 これは退路を断たれて何でもやる人間の顔だ。


 殴り倒すか。

 祐一の握るコンビニのレジ袋がジャリっと音を立てる。

 しかし――

 彼はその場に膝をついた。


「すまんかった」


 ぺこりと頭を下げると、集まった少年たちは呆気にとられる。


「マジかよ、あの砂倉峰の悪魔桧山が土下座してやがる……」

「ククク、ハハハハハハハ! 笑わすんじゃねぇよ、ぶっ殺すぞ!」


 権代は大笑いした後豹変したように怒声を上げ、容赦なく祐一の顔面を蹴りつけた。


 彼はこれ以上恨みを買うことを恐れてしまったのだ。自分一人、最悪響風一人ならば守って見せる自信はある。しかし彼女達全員を同時に守り切ることは不可能だ。

 ここはプライドを捨て、頭を下げてでも矛を下ろしてもらう以外に選択肢がない。

 今の桧山祐一は、拳を振りかざせなくなるほど彼女達のことが大事になっていたのだ。


 その後権代は逆恨みの怒りに身を任せ、自分の拳が血に染まるまで祐一を殴り続けた。

 容赦のない暴力は周囲にベキ、バキ、ゴキと人を殴る嫌な音を響かせる。

 最初の蹴りで祐一の額が切れて顔には血が滴り、視界が赤く染まる。

 完全に無抵抗を貫いた彼は悲鳴の一つも上げずに、ただ肩で息をする権代を見返す。


「ハァハァハァ、相変わらずタフさだけは化け物級だな」

「…………気が済んだか?」

「うるせー! おい、こいつに恨みある奴ら全員集めろ。あと砂倉の生徒会に恨みある奴らも全員だ!」

「いいっすけど、そんな全員で殴ったらコイツ死にません?」

「知るか、こっちは年少行くんだ。テメーには地獄に落ちてもらうからな」

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