第32話 ピザレース 後編
擬音をつけるならドキュンという音で駆けて行った三人。それに遅れて走り出す天王寺。
「ユイにゃんの嘘つき、皆初心者や言うたや~ん」
「そのはずだったんだがな……まさかあいつら、このVRで才能が開花したとでも言うのか?」
「まぁVRは操作が普通のゲームと全く違って、自分を動かすわけやからな。どっちか言うと疲れへんスポーツみたいなもんや」
祐一と今宮は覚醒を予測するが、実際は違い、駆け抜ける三人の頭の中には下心しかなかった。
「お姉様、そんな短いスカートで走るなんてはしたないですわ!」
「インナー丸出しのお前に言われたくない」
どっちもどっちである。レオの警官衣装は星型のエンブレムが入ったポリスハットにヘソの見える丈の短いジャケット、それに合わせたウルトラミニのスカート。歩いているだけで見えそうなセクシーな格好なのだが、なぜだが不思議な力で見えない。
対するアンジェは上半身は重装甲の騎士鎧なのだが、下半身はノーガードなのかレオタード型のボディースーツが露出している。
普通のプレイヤーならば怯んでしまう格好なのだが、スタイルが良くゲーム知識に疎い二人は、こういうデザインがVRゲームでは普通なのだろうと勘違いしていた。
熾烈なピザレースはレオ、アンジェの順でそれに続いていろはが後を追う。
いろはは立体マップを開いて目的地を確認すると、この先大きな交差点がある以外直線がほとんどで巻き返しのポイントが見つからない。
というかレオが速過ぎである、同速とは思えない程の加速力、足の長さがスピードに加算されてるんじゃないだろうなと疑ってしまうほどだ。
「くっ、体力切れがないなら先行されたら取り返せない。いや、体力切れがあったら置いて行かれるのは私か……」
悔し気に歯噛みするいろは。
まさかゲーム内では見ることはないだろうと思っていた、氷の女帝の力を見せつけられている。
「会長、一位とるのに本気になりすぎでは!? あなた確か60%の力しか出さないって聞いてますよ!」
「フッ、私は別に勝ちにこだわっているわけではないが、罰ゲームを受けたくないのでな。100%でいかせてもらう」
罰ゲーム回避(?)のために、今まで封印されていた100%の力を解放するクイーン。
「会長普通そういうリミッター解除はもっとカッコイイ場面で使うべきなのでは?」
「お姉様、めちゃくちゃ勝ちを意識してるじゃないですか!」
「黙れ」
レオは二人を一蹴すると、ピザケースを片手に交差点へと出る。
目の前をビュンビュンと走っていく近未来的なデザインの車。横断歩道の信号は全く青になる気配がない。
交差点に一番乗りしたレオは足止めを食らい舌打ちする。
「ちぃ、これでは追いつかれる」
「お姉様、お待ちになって!」
後ろからガッシャガッシャと鎧の金属音を響かせてアンジェが走ってくる。
「仕方あるまい。仮想世界だからこそできることをさせてもらう」
レオは己の脚に力を込めると、行き交う車の天井に飛び乗り、その上をピョンピョンと飛び移っていく。
「くっ、さすがお姉様。伊達にバレエコンクールで賞をとっているだけはありますわ!」
あっという間に交差点を渡り終えたレオは先へと走って行った。
アンジェも同じく交差点を渡ろうとするが、交通量が多くて阻まれてしまう。
「あ~ん、全然青になりませんわ!」
アンジェが地団駄を踏んでいると、その脇をバニーガールの少女が駆け抜ける。白衣を羽織ったバニーガールはなんとジャンプ一回で交差点を飛び越えてしまったのだ。
その人間離れした跳躍力に呆気にとられてしまったが、それがいろはだと気づき更に驚く。
「なんですのそのジャンプ力は!? いろはさんチートですわチートぉぉ!」
インターネットで聞きかじったゲーム用語を連呼するアンジェ。
「違うわ。私のスキル【ビーストシリンダーTypeラビット】を使ってるだけ」
ビーストシリンダーは一定時間動物の力が付与される特殊
「卑怯者ですわ! そんな破廉恥な格好をして!」
「知らないわよ! スキルを使ったら勝手にこの格好になったんだから!」
恥ずかし気に声を荒げるいろは。本当ならこんな恥ずかしい格好をするくらいなら能力を解除したいが、一位の賞品がかかっている為、背に腹は代えられぬという奴である。
「わたくしもスキルを使えれば。でもどうやって使えば――」
スキルの使用方法がわからず、アンジェは透過ウインドウに映るステータス画面をデタラメに押す。しかしスキルは発動しない。
「確か何か空を飛べるスキルがあると書いてあった気がしますのに……あーもう! 空が飛びたいですわ!」
彼女がそう叫ぶと、アンジェの背に天使のような白い翼が伸びる。
「これは……」
◇
「ククク、楽勝だな。後はこのビルを登るだけ」
1位で目的地の高層ビルに到着したレオ。200メートルを超えるビルは全面ガラス張りで、太陽の光を反射して眩しい。
これ全てがデジタルグラフィックスによる造り物だというのだから驚き以外に出る言葉はない。
「エレベーターに乗ってしまえば私の勝ちは決まったような――」
「甘いですよ会長」
いろはの声が響いて振り返る。そこにはバニー衣装を着たいろはが、ビルの壁を蹴りながら最上階へと向かって飛び上がる、非現実的な光景が映っていた。
「なっ!?」
まるで重力が反転した
「このレース、どうやらスキルをうまく使った方が
いろははぴょんぴょんとビルの壁をジャンプで飛び上がっていく。
「ちぃ! 八神! バニーガールが好きな女だな!」
レオはホルスターから拳銃を引き抜くと、スキルフリーズバレットを使用する。
連続で響いた六発の銃声。しかし弾丸は一発も壁を駆け上がるいろはに命中することはなかった。
「会長惨めですね、そんな位置から撃ったって当たるわけ……なっ!?」
いろはは己の目を疑う。レオの放ったフリーズバレットが氷の足場を作り、その上をジャンプで駆け上がって来るのだ。
「なんて無茶苦茶な。でもそれじゃ追いつけませんよ!」
このままならば身体能力を強化しているいろはの方が有利。だが彼女が壁を蹴ろうとした瞬間、足がツルンと滑る。何事かと思うと、丁度足をついた場所がフリーズバレットによって凍らされていたのだ。
「甘いな八神」
「くっ!」
足を滑らせたいろはは態勢を崩すが、なんとか姿勢を制御して堪える。だがこの硬直は致命的だ。
「アイスチェーン!!」
予想通り真下につけたレオが氷の鎖を放つと、いろはの脚に絡みつく。
「上まで連れて行ってもらうぞ!」
「くっ! こんなことまでして勝ちにこだわっているんですか会長! そんなに桧山君を一日好きにしたいんですか!?」
「お前だから言おう。正直あのヤンキーを一日
「くっ、そんなリアル女王様プレイを企てているなんて」
「お前も私と同じだろ!」
「違います! 私は会長や副会長の魔の手から守るために1位を――」
「私は同居生活中、お前が桧山の使ったカップに口をつけているのを知っている!」
「この女、殺すしかない!」
氷結の弾丸とメスが飛び交う激しい空中戦を行いながら、いろはとレオは目的地の最上階まで飛び上がる。
「そこか!」
レオは警棒で窓ガラスを割ると、勢いよく中へと転がり込む。
「「ピザ!!」」
二人がダイナミック入室してピザを差し出すと、既にそこには天使の羽をはためかせた少女がいた。
「オホホホ遅かったですわね、お姉様もいろはさんも。このアンジェが1位を頂きましたわ!」
「う、嘘でしょ。あの副会長が……」
「私が言うのもなんだがポンコツのお前がか?」
「ええ、この翼で華麗に空を舞ってここまでやって来たのです!」
どや顔でいうアンジェ。そこに遅れてきた祐一や天王寺達が到着する。
「いや、華麗っていうか、まぁ華麗に墜落してたな」
祐一はアンジェがスキルを発動させ、空高く飛び上がったはいいが、そのまま姿勢制御ができず墜落していくのを見ていた。その落ちた先と言うのが偶然にも目的地だったのだ。
「おめでとうアンジェ」
「わ、わたくしが1位でよろしいのですか!?」
「ああ、まぁ別に順位が関係あるクエストじゃないんだけどな」
「やりましたわ! VRゲーム楽しいーー!!」
その様子を見てギリッと歯噛みするいろはとレオ。
「でも委員長たちも凄かった。まさか初めてでスキルをあんなに使いこなすとは思ってなかった。ビルの下から見てたけど普通あんなことできないぞ」
「今までのゲームの蓄積のおかげよ」
「一位をとれないのでは意味がない」
「ストイックだな」
勝ちにこだわっていたレオは腕組みして顔を逸らす。
祐一は委員長たちそんなに勝負にこだわってたんだな、ゲームで熱中してくれるなんて嬉しいと全く的外れなことを考える。
「それで、そのわたくし賞品には微塵も興味はないのですが、戻り次第実行していただけると?」
「ああ、いいぞ。一日付き合ってやる。なんか今宮と天王寺の妨害にあって、俺最下位だったし」
アンジェはイエスっと小さくガッツポーズを見せる。
するといろはが――
「3回……3回勝負にしない?」
と子供じみたことを言ってきた。
「そうだな……初めてで勝手がよくわからなかったし、アンジェの能力はあまりにも今回のクエストに有利すぎるしな」
「だ、ダメに決まってますわ! 勝負は一回きりですわ!」
「別にノーカンにしろって言ってるわけじゃないの、3回とも罰ゲームありでやりましょうって言ってるの。どうかしら?」
「そ、それなら」
勘の良い祐一は気づく。あれ? 俺これ三回ともドベにされんじゃね? と。
結果2戦目はレオが、3戦目はいろはが、その後なぜか泣きの4戦目が開催され天王寺が1位になった。
当然のように祐一は全てのレースドベで、今宮は週末帰阪が決まった。
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