第31話 ピザレース 前編
◇
「そう言えば響風にゃんは来てないん?」
「あれ? あいつも来るって言ってたけど、随分遅いな」
そう言うと祐一の足元にデフォルメされた可愛らしいネズミが歩いてくる。
白黒の饅頭みたいに丸々としたネズミは、二足歩行で立ち上がると全員に手を振る。
「待たせたな」
「やーん、なんですのこの可愛いイキモノ!」
アンジェがすかさず飛びつくと、頬を摺り寄せる。
「ぐぉ潰れる」
「アンジェ、その饅頭響風だ」
「えっ?」
アンジェの手の中で白目を剥いている
「酷い目にあった」
「お前もキャラ作り直したのか?」
「おう、サブキャラだけど。皆のチャンネルに顔出す時は、この
「こんな可愛いキャラにもなれたのですね!」
「最初のキャラメイクで、自分はそもそも人間じゃなかった……とかサイコなこと言えば動物にもなれる」
「ぶっ飛んだ空想が具現化するのはゲームの良いところだな」
「響風にゃんおひさしブルドッグ~」
「ドッグドッグ」
響風と天王寺が手を振り合う。
二人は別ゲーでもよく遊んでいる為、女子ゲーマー同士仲が良い。
「相変わらずユイにゃんにべったりやね」
「兄者はあたしがいないとすぐ警察に連れていかれるからな」
「ほう、こんな感じか?」
やたらスカート丈の短いセクシーな警察の格好をしたレオが、わざと祐一の肩を組む。
するとデブネズミの響風はモコモコの腹の中から、おもむろに小さな剣を取り出すと、回転しながら飛びかかる。
「あっぶねぇ!」
躊躇なく祐一を殺しに来た響風はヒラリと地面に着地する。
「失礼、スキル
「そんなスキルないだろうが! 後その雑なキャラ付けやめろ」
「チュウ?」
「チュウじゃねぇよチュウじゃ。気をつけろ、
「ネズミが最強って恐ろしい
それから響風は祐一の肩の上に乗っかると、そこを定位置と決めた。
全員が合流したところで、話をゲームへと戻す。
「そんじゃユイにゃんたち初潜りなんだ」
「おう、練習と動画撮影を兼ねて」
「ほな丁度ええわ、こいつの面倒も見てくれや。コイツほんま下手くそすぎて、見てるとマジでイラついてくるんや」
「は? テメーが教えんの下手なだけやろ。
毎度一言ったら100言い返すのが天王寺である。狂犬チワワというのも案外頷けるあだ名だ。
「まぁまぁこっちはガチ初心者だから」
「でもユイにゃんがゲームの先生してるんやったら、皆結構上手くなってるんちゃうの?」
それに対して祐一は含みのある笑みを浮かべる。
「ん? もしかして委員長ちゃんとかめっちゃうまいん?」
「いや、踊りたくなるくらい下手だ」
「嘘やん、この子ら皆悪の女幹部みたいな雰囲気してるのに?」
「貫禄はあるんだけどな、ほんとに技術がない……」
「なんか……苦労しとんな。お前のそんな顔初めて見るわ」
ジャージ姿のチンピラの背中からは哀愁が漂っていた。
「ウチもほぼ初心者やし、それじゃあ皆で初心者クエストやる? ウチらもやらなあかんクエいっぱい残ってんねん」
「そうだな、そうしよう」
「具体的にこのゲームって何をすればいいのかしら?」
「最初は雑用だな」
「雑用?」
「このゲーム金が全てで、レベル上げるのも装備を強化するのも全部金がいるんだけど、レベルが低いうちは低級の任務しか受けられない」
「そのへんはドラゴンハンターと同じね」
「そう。キノコ拾いとか、雑魚モンスター狩って来いとかやらされただろ? それと似たようなことをやる」
「ユイにゃんパーティー組んでるんやろ? ウチらもそっち入れてくれん?」
「わかった」
天王寺と今宮、響風をパーティーに追加すると、祐一はメニュー画面を開き初心者クエストの受注を行う。
「ピザでいいか」
「OK~」
「ピザってなんですの?」
「そのまんまピザの宅配をやる」
「ヒーローなのにか?」
マジで? とレオは眉を寄せる。
「一応ランクがあって今一番格下のEランクヒーローなんだが、格下は雑用とかを繰り返してランクを上げないと良い任務が出てこない」
「下積み期間というやつですわね」
全員が一旦ゲームロビーのジャスティスTVを出て、高層ビルの並ぶ街中へと入る。
祐一がクエスト開始をメニューから選択すると、不意に全員の手にピザケースが現れた。
暖かくてチーズの匂いが香る、本物のような納品アイテムだ。
「これを指定地点まで運ぶ簡単な
「ユイにゃんせっかくやし一番遅い子に罰ゲームつけん?」
「面白いけど何にするんだ?」
「ユイにゃんこの面子でVステで動画出してくんやんな?」
「そうだが」
「活動名決めたん?」
「いや、まだだが」
「じゃあ勝った人は負けた人の活動名決めるとかどう?」
「面白いな。それでどうだ?」
「活動名って祐一さんのU1みたいな名前ですよね?」
「そっ、動画出す上で必要な偽名。まぁ別に本名でもいいんだが、個人情報がうんたらかんたらの時代だし偽名の方がいいだろう」
「なるほど」
「兄者が最下位ならチンピラヤンキーマンで決まりだな」
「見たまんますぎるだろ」
全員が大丈夫と了承するので、罰ゲームは1位が最下位のメンバーの名前を決めることに決定する。
「ワイはレベル高いから見とくぞ」
「あぁそれなら丁度いい、動画撮りたいから適当にカメラボール置いてきてくんねぇ?」
祐一は動画撮影用のゲーム内カメラの設置を今宮に頼む。
「おぉ任せとけ。ばっちりパンチラ映るローアングル視点に設置しといたるわ」
「VステBANになるからやめろ」
「冗談や」
「響風、お前は追跡カメラな」
「えぇ、あたし走る気満々だったのに」
「お前が入ったら一位になるに決まってるだろうが」
「ブー」
ぶー垂れる響風を肩の上から下ろす。
「目的地はビジネス街にあるビルの最上階だ。場所はマップから確認できるから、迷ったらマップを開くんだぞ」
「「はーい」」
「なんか普通のコントローラーを使って操作するんじゃなくて、自分がゲームのキャラクターになってゲームをするって不思議な感じね」
「ウーバー○ーツみたいだろ?」
「そこは普通にピザ会社でよくない?」
「いや、素人に配達させるところが」
「確かにね」
クスリと笑ういろは。
「あの、これの速い遅いってどう決まるんですか? リアルな脚の速さだとお姉様が一番ですが」
「リアルの速さは関係なくて、ステータスの敏捷って項目が適用される。ただ皆レベル1だからほとんど足の差はないと思うぞ」
「でしたら勝負は先に出たもの勝ちということになるのでは?」
「うーん、一応皆スキルが使えるんだが、まぁ最初はマップに慣れる意味でも普通に走ったらいいんじゃないか?」
「わかりましたわ」
全員が肩の力を抜いてリラックスする。
「そんじゃいっくよー5、4、3」
天王寺がカウントしていくと、かけっこ的な緊張感がある。だが皆、頭には最下位にならなければそれでいいや的な緩い考えがあった。しかし――
「罰ゲームやけど、ユイにゃん以外が一位になったらユイにゃんを一日自由にできる権を進呈。ウチが一位になったらダーリンは次の休みに大阪帰ってくること」
突如カウントをやめて、賞品を追加する天王寺。
そして物のように売られる祐一と今宮。
「は!? ふざけんなよ、お前大阪まで往復いくらかかる思てんねん!?」
「あんたには聞いてへん。いいよねユイにゃん?」
「まぁ別に構わんがそれ賞品として成立してるのか?」
「あたしはやる気になるぞ」
「お前はいつも俺を自由にしてるだろうが」
「フフッそうね、賞品が桧山君じゃね」
「まぁまぁ面白いお遊びとしてそれもありですわ」
「いささか魅力に欠けるがな」
全員がクスクスと追加の賞品に笑みをこぼす。
「そんじゃ仕切り直して、3、2、1スタート!!」
その瞬間凄まじいスタートダッシュを切るいろは、アンジェ、レオ。
「えっ?」
先ほどまでのお遊びと言っていたのは何だったのか。
マラソンで一緒にゴールしようなと言っていた友人が、唐突に本気だしで全力で走り始めた時の驚きと似ている。
しかもどうせあのポンコツ共、道に迷ったり逆走したりするのは当たり前だろうと思っていたのに、VRになった途端覚醒したのか祐一ですら追いつけるか怪しい速度で走っている。
「えっ……めっちゃ本気やん……」
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