第30話 天王寺ゆか

「桧山君、今のはなんだったの?」

「ナンパだよナンパ。ネット用語では直結厨とも呼ばれている害悪プレイヤーだ」

「なぜ奴らは私たちの事を女だとわかったのだ? 確かこのゲーム顔も性別も入れ替えられるだろう?」

「そうね、確か現実世界と同じ容姿のキャラクターを【リアルアバター】、ゲーム側が用意したキャラクターを使用するのが【エディットアバター】だったかしら?」

「わかってない。とりあえず声かけてなびいてきたら一緒にゲームして、仲良くなったらラインなりなんなり連絡手段を交換してオフで会う」

「なるほど」

「じゃあさっきのナンパは、女性の方がエディットアバターで実際の顔が好みとかけ離れていたらどうするんですの?」

「その場合はそのまま連絡とらんくなるだけやで。ってか多分ゲームしてる最中に言葉巧みにリアルアバターにかえてくれとか頼んで、顔確認してきよるんちゃうか?」


 今宮が補足をいれると、いろはたちは「随分手間のかかるナンパね」ともっともなことを言う。


「まぁ昔は街中とかで行われていた行為が、今は電脳世界で行われるようになったってことだな」

「時代を感じるわね」

「そういやヘイジ、天王寺は?」

「あー、なんかアイテム買ってから行くから待っとれって言われたけど無視して来たったわ」


 今宮がそう言うと、彼の後頭部に華麗な飛び蹴りが命中する。


「いっだぁ!? なにするんじゃワレ!!」


 今宮が振り返ると、そこにはミニ浴衣を着た小柄な少女がガルルルルと怒りを露わにしていた。


「なんで先行くねん。ダーリンのアホ、ボケ、死ね!」

「お前がトロくさいからやろうがドアホが!」

「お互い言い過ぎでは?」


 祐一が顔をしかめていると、ミニ浴衣の少女はカランカランと下駄の音を鳴らして祐一たちの前にやって来る。

 頭に犬ミミを生やしたショートボブの少女。手には肉球グローブ、臀部から茶色の尻尾が覗く、犬夜叉という萌え系妖怪キャラで、天王寺ゆかのアバターである。


「あーユイにゃんやーん♪」

「知り合い?」


 いろはの警戒レベルが上がる。


「今宮の彼女の天王寺だ。あの二人許嫁関係で遠距離恋愛中だから、ゲーム内で会ってるらしい」

「あら、そうなの?」


 いろはの警戒レベルが下がる。


「ごめんねユイにゃん。旦那がグズで。そっちで迷惑かけてない?」

「大丈夫だ問題ない」

「それならいいんだけどぉ」

「ぶりっこすんなやきっしょいね」

「あ゛ぁ? ぶっ殺されてぇのか?」

「すみません、なんでもありません」


 祐一は今宮が裏で、天王寺の事を狂犬チワワと呼んでいることを知っている。


「あいかわらずだな」

「ってかユイにゃん初心者エリアでどしたん? キャラも作り直しして動画でも撮ってるん?」

「いや、これから撮る予定なんだが」


 祐一はなんと説明していいか困る。


「えっと先に紹介しとく、ウチの生徒会のメンバーだ」


 祐一が紹介すると、三人は軽く会釈を行う。


「砂倉峰生徒会長のレオ・ブルーローズだ」

「副会長のアンジェ・ブルーローズですわ」

「会計の八神いろはよ」


「や~ん偉い人らや~ん。ウチも自己紹介しとかんと。ウチが今宮の嫁の天王寺ゆかです」

「誰が嫁じゃ。親同士が決めただけやろが――オゴッ……」


 天王寺は三人にぺこりと頭を下げると同時に、毒を吐いた今宮にエルボーを入れる。

 この二人痛みのないツッコミは魂が入らないという芸人のような理由で、ゲーム内での痛覚抑制機能ペインアブゾーバーを切っている。その為限度はあるものの殴られると普通に痛みを感じるのである。

 えぐり込むエルボーを入れた天王寺は「む?」と呻ると、いろは達の顔を間近で観察する。


「ど、どうかしたのかしら?」

「……これ、もしかしてリアルアバター?」

「そ、そうだけど?」

「嘘やん……」


 天王寺はいろは、アンジェ、レオの三人を見てわななく。


「えっ、ユイにゃんもしかしてここにいる全員リアルアバター?」

「そうだ」

「は? マジは?(威圧)」

「何でキレてんだよ」

「自分がちんちくりんのへちゃむくれやから、リアル美人見るとキレるん――やぁん!」


 天王寺は今宮の足を踏み抜いた後、三人の胸を見て、自分の胸を触る。


「えっ、ちょっと待って、もしかして体もいじってなくてコレ? 脚なっが、乳でっか……」

「体っていじれるんですの?」

「身長高くしたいとか、スタイルを良くしたいとか、逆にデブにしたいとかもできる」

「へー、凄いのね」

「ちょっと待って、何その余裕。ウチ体めっちゃいじってんのに」

「こいつめっちゃ乳盛っとるからな。盛っとるのに負けててほんまウケる――」


 天王寺の鋭いエルボーで床に沈む今宮。


「ダーリン、まさかとは思うけど浮気してへんやろな」

「アホか、こいつら全員生徒会やぞ。俺らヤンキーの敵じゃ。なぁユイチって言いたいところなんやけど、なんでこいつらにゲーム教えてんねや?」

「いや、それがまぁいろいろあってだな……」


 祐一は今宮と天王寺に事のあらましを伝える。


「はぁ寺岡がゲーム実況禁止にするから、仕事にすれば文句言えんくなると……。そんで生徒会の連中にゲーム教えて仕事にしたと。まぁ今やVライナーも職業やもんな」

「なんかその辺はよーわからんけど、ゲーム一回もやったことないのにレトロゲーから訓練してVRまでやってくるって凄いと思うわ」

「委員長、なんでユイチなんかに頼んだんや? さすがにゲーム教えてくれる友達くらいおるやろ?」

「あら、私性格悪いから意外とぼっちなのよ?」

「嘘つけや。学年次席だか三席だか知らんけど、頭ええ男が昼休みしょっちゅうお前んとこハエみたに飛んでるやろうが」

「あれは別に友達じゃないわよ」

「ヒドっ、女の怖いとこ出たで」

「まぁ委員長や会長たち、皆顔も成績もいいしな」


 祐一がその話に反応すると、いろははこれ以上余計なこと言うんじゃねぇと今宮を睨む。

 その様子を観察していた天王寺。

 彼女は「はは~ん完全に理解したわ」と腕組みしながら頷く。彼女がこのポーズをとるときは大体何も理解していないときである。

 が、今回は珍しく人物相関図を正しく理解していた。

 つまり


      響風ちゃん

        ↓↑

委員長ちゃん→ユイにゃん←会長ちゃん

        ↑

      副会長ちゃん


「ユイにゃんってば罪な男やな~。いきなり三股? 響風にゃん入れたら四股? やばない?」

「何の話をしている」


 恋バナ大好きな天王寺はフフフと含みのある笑みをこぼす。


「いやいや、ユイにゃん多分無理やと思うけどちゃんとゴムつけるんやで」

「そういう関係になるのは間違いなくお前たちの方が早いと思うけどな」

「ユイにゃんたら、そんなウチと旦那はまだそこまでは早いわ」

「当たり前やろうが、既成事実なんか作ったらワイ一生コイツの奴隷やん――」


 本日三度目のエルボーで今宮が沈む。

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