第34話 ヒーロー


 深夜1時――


 桧山家では神妙な顔をしたいろは達が話し合いをしていた。


「それで、桧山君が出て行ったのは23時頃ってことね?」

「えぇ、コンビニに行ってくると」

「むむむ、兄者がライン返さない」


 少し出てくると言って外に出た後、2時間近く祐一が帰ってこない。

 寝ていたところを起こされた響風は、ラインで再三メッセージを送り続けるが既読すらつかず。


「桧山君、夜中出かけることってあるの?」

「兄者夜中外に出るとすぐ職質されるから、出てもすぐ帰って来る。つか外出たらモンポケGOやってるからラインは絶対返って来る」


 レオは小さく息を吐くと、おもむろにスマホで通話を始める。


「私だ。桧山祐一のスマホの位置を調べろ。…………――23時43分にロスト……場所は? 砂倉峰柊ノ森48-3○」

「駅の近くのコンビニらへんだ」

「何かに巻き込まれたみたいね」

「あたし行ってくるぞ」

「待って、祐一さんが喧嘩に巻き込まれて身動き取れなくなっているとしたら」

「兄者は最強だから負けん」

「その祐一さんが帰ってこれなくなってるんです。こちらもそれなりの準備をしませんと」

「副会長の言うとおりね。護身具を用意するわ」

「わたくしも家宝の聖剣デュランダルを用意しますわ!」

「「デュ、デュランダル?」」



「ミサイルキックドーン!」


 羽交い絞めにされた祐一の腹にドロップキックを入れる少年。

 彼を取り囲む人間は50人近くに増えていた。


「センパイ俺もなんか桧山に恨みがあったような気がするんで一発いってもいいですか?」

「いっとけいっとけ」

「ワンツーワンツー!」


 耳にピアスをジャラつかせた少年が、素早く祐一の顔面にジャブを入れる。


「お前それ一発じゃねぇじゃん」


 ギャハハハと下卑た笑い声が響く。

 ヤンキーによるヤンキーの集団リンチ。喧嘩をしたことがある人間ならば、いつ立場が入れ替わってもおかしくないヤンキーの日常。

 ただ今回血祭に上げられるのは、砂倉峰最強の桧山祐一ということもあって野次馬も多い。


 あるものはカツアゲしていたところを祐一に止められて逆恨みし、あるものは自分より強いというだけで憎しみを抱き、またあるものは面識すらなく、ただ人を殴れるらしいとだけ聞いてやってきた本物の野次馬バカ

 散々暴行を受けた男は、血反吐を吐きながらも定位置につくと頭を下げ続ける。


「おら桧山、もっと深く頭下げねぇと誠意が伝わんねぇぞ!」


 権代が祐一の頭を強く踏みつける。

 その下から蚊の鳴くような声で――


「……周りに手ぇ出すのだけは勘弁してください」


 と


「いつも通り大暴れしてもいいんだぞ桧山? その代わりお前の女友達全員顔面グチャグチャに刻むけどな」

「ほんと……スンマセン。……勘弁して下さい」


 祐一の謝罪に周囲の少年達が大きく湧く。


「あーあー俺桧山パイセンの武勇伝聞いて結構ファンだったのになぁ。これじゃ悪魔の桧山の名が泣くっすよ?」


 そう言って柄の悪い少年の一人が、コンビニから調達してきたゴミ箱を掲げる。

 そして盛大に祐一の頭にゴミを振りかけた。


「アハハハハ、これじゃあゴミ山センパイじゃないっすか!」

「…………これで気が済んだか?」

「済んだか? じゃねぇだろ誰に口きいてんだゴミ山!」


 躊躇なく顔面が蹴り上げられ、祐一の体はそのまま後ろに倒れ込む。


「大体砂倉峰の生徒会も気に入らねぇんだよ。女王様気取りのバカ女。風紀委員だかなんだかしんねーがキャンキャン喚くバカ。クスリ広めようとしたらヘタレたバカ。バカばっかりじゃねぇか。こんなもん恨むなっつー方が無理だろ?」

「……………」

「そうだゴミ山、女売れよ。そうしたら許してやってもいいぞ」

「……あ?」

「しばらく年少入れられて禁欲生活を余儀なくされるんだ。誰のせいだ誰の?」

「…………」

「答えろゴミ山」

「…………オレっす」

「そうだろ? ならお前の女を捧げる義務があるだろ。この一番きつそうな女がいいな。年少入る前にフランスだかイギリスだか知らんが外国の女を抱くのも悪くない」

「…………」

「なんだその反抗的な目は? ゴミ食いたりねぇのかゴミ山?」


 祐一はもう一度膝をつくと深く頭を下げた。


「すまん……身内には手を出さんでくれ」

「しつけーんだよ! さっきからおんなじことばっかり言いやがって! テメーは壊れた玩具か!」


 権代は何度も祐一の頭を踏みつけ続ける。


「とりあえずヤり損ねたこの金髪は確定で、姉の方も一緒にグチャグチャにしてやる。というかもう全員まとめてだな。この怒りはやっぱお前の身内とやらにとってもらわねぇとな。気持ちよかったら年少から出てきた後も仲良くやろうぜ。ヒャヒャヒャヒャ!」


 そう言って踵を返そうとした権代に祐一はしがみつく。


「ほんと勘弁してくれ……。あいつらとはいがみあってたこともあるけど、今では兄妹みたいに思ってるんだ」

「ほー? じゃあテメーが毎日コイツらのストレス発散マシーンになってくれるわけか?」


 ニヤニヤと笑うチンピラたちに、祐一はコクリと頷く。


「でもヤダピョーン! お前の大事なモノ全部ぶっ壊さねぇと気がすまねぇんだよ!」

「……頼む」

「しつけぇ! 死んどけ!」


 権代が祐一をぶん殴ろうとした時、凛とした声が響く。


「なぜお前はそこで頭を垂れている?」


 全員が振り返ると、薄闇からカツコツとヒールの音を響かせた、氷の女帝が姿を現す。


「なんだあの女……」


 チンピラたちは彼女の威圧感に押され、モーセの十戒の如く道を開く。

 少年たちは目の前を歩いていく少女に手を出すことができなかった。

 優美で優雅、それでいて威風堂々とした姿勢で歩くその姿はまさしくクイーン。

 こんなヤンキーの集う肥溜めのような場所にいて良い人間ではない。


「もう一度聞く。なぜ貴様は悪党に頭を垂れている」

「…………」

「ははっ、驚いたぜ。これはこれは生徒会長様、理由はテメーのせいだよ」

「私? なぜ私のせいになる」

「テメーらを守る為には、そいつは俺たちにごめんなさいするしかないんだよ」

「話が見えんな。それではまるで、我々が守られる側のようじゃないか」


 祐一を痛めつけている権代に近づくと、二人のガタイの良いチンピラが道を塞ぐ。


「あとでじっくり可愛がってやるから、向こうで待ってな」


 チンピラがレオの腕を掴もうとした瞬間、彼女は服の袖に隠し持っていた警棒を取り出す。

 一振りすると銀色の特殊警棒メタルロッドが伸び、抵抗する暇を与えずチンピラの肩と膝を連続で叩きつける。


「ぐぁっ!」

「この女!」


 もう一人が背後から羽交い絞めにしようとすると、レオは右脚を軸足にして半回転すると、チンピラの首筋に惚れ惚れするような回し蹴りを見舞う。

 あっという間に二人を昏倒させてしまうと、彼女は何事もなかったかのように王者ウォークで権代の前に立った。


「なかなかな肝の座った女や。気に入ったオレのもんになれ」


 権代は下卑た笑みを浮かべながらレオの頬に触れ、プラチナの美しい横髪をすくう。


「断る。人を集め、弱者を標的にすることで真の強者を貶めることしかできない、プライドの欠片もない猿が。……私に気安く触るな」


 低く響く声はあまりにも高潔。氷細工の女王は無礼者が触れれば、その冷たさで相手にたちまち凍傷を与えるだろう。

 レオに罵倒された権代は、禿頭に血管を浮かび上がらせると彼女の頬を躊躇なくひっぱたいた。


「女やからって殴られんと思ってるんちゃうやろな?」


 レオの新雪のような白い肌が荒々しくぶたれて真っ赤に染まる。

 しかし彼女の冷たく汚物を見るような視線に変わりはない。


「不愉快な目しとんな。認めた相手以外には絶対なびかんいう顔しとる。そういう奴はな殴ってわからせるのが俺の流儀じゃ!」


 権代は今度は拳を握り、レオに振りかぶる。

 どんな女も顔面をグーで殴られれば忽ち態度を変えるはず。権代の捻じ曲がった劣等感が、眩い輝きを放つレオに憎悪を抱く。

 対する氷の少女は手にしたロッドを振るわない。まるで誰かが止めることを知っているかのように――


「お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」


 獣のような咆哮と共に人が飛んだ。

 祐一のキャノン砲のような右ストレートが権代の顔面にクリーンヒットすると、180センチ近い巨体が錐もみしながら吹っ飛んでいったのだ。

 その場にいた全員が(あっ、人間ってこんなに飛ぶんだ)と思う。

 上空を舞った権代はそのまま落下すると、コンクリの地面にグシャっと打ち付けられる。

 チンピラたちが戦慄して振り返ると、そこには鎖の千切れた凶暴な狼が立つ。人一人を軽々と吹き飛ばす腕力。砂倉峰の悪魔と呼ばれるその男。


「お、おい、ちょっと待て暴力はふるわないって――」


 二人目が強烈なラリアットで吹き飛んで、近くの駐車場のフェンスに体が突き刺さった。


「遅い。貴様のせいでぶたれた」


 吹き飛んだ少年に対して、特に驚きもなく不快げにするレオ。


「すまん」

「誰かが危険な目に合わなければスイッチが入らない。お前は敵にも優しすぎる。ライオンが猿に頭を下げるから猿が調子に乗るのだ」

「ぐうの音も出ん」

「私は自分のモノを勝手に汚されるとキレるタイプだ」


 それはゴミまみれの祐一をさしてのことなのか。


「この場で貴様が謝罪する意味はない。謝罪とは自分の非を認め、相手に許しを請う行為だ。非がないものに謝罪は発生しない。胸を晴れ、貴様には我々を守るという大義と正義が存在する。卑屈に頭を下げるな。悪は断罪されなければならない」


 違う。彼女は外見を汚されたことに憤っているわけではない。桧山祐一という男のプライドを、こんなゲス共に踏みにじられたことに怒りを覚えている。

 レオはゴミまみれの祐一の頬を擦ると、冷たい表情を一変させ愛情深い姉のような顔を見せる。


「誰かを守るために黙って自分が殴られる必要はない。我々は別世界ではヒーローなのだろう?」

「ヒー……ロー?」

「我が名はポリスブルー!」


 レオがヒーローモノの口上を叫ぶと、後ろでチンピラの悲鳴とともに芝居がかった高笑いが聞こえる。


「ホーッホッホッホッホ! ゴールドナイト参上ですわ!」


 口元に手を当てながら西洋剣デュランダルを持つ、金髪縦ロールの少女。


「オラァ、兄者に触んじゃねぇ!!」


 ガルルルルと怒りに身を任せ、アクロバットなローリングソバットをチンピラに見舞う響風。


「あっ、教官グリーン参上!」


 これでは教官グリーンではなく狂犬グリーンである。


「な、なんだコイツら!?」

「どっから出てきたんだ!?」


 チンピラ共がどよめいている中、いろはがその間を縫って祐一の元へとやって来る。


「ひどい顔ね桧山君」

「顔は元からだ」

「そっ、まだ元気そうね」

「ゴミまみれだからあんまり近づくと汚れるぞ」

「あら、そんなこと気にしてくれるの?」


 いろははクスリと笑うと、高そうな私服にも関わらず祐一にぐっと抱きついた。


「最低な臭いがするわ。吐きそうよ」

「じゃあ離したほうが良いぞ」

「嫌よ絶対。あなたはこれに一人で耐えていたのでしょう?」

「…………泥臭くて悪いな」

「私はあなたの泥臭い逆転物語をいつだって期待しているから。だから……負けないで」


 祐一はいろはから力を貰うと、ダメージによるフラつきが消え意識がはっきりする。今なら4,5人まとめて吹きとばせそうなほどエネルギーが漲っている。

 これがリアルヒールってやつかとゲーマー的な思考を走らせる祐一。


「委員長は口上あれやらないのか?」

「私暴力反対な人だから。私よりあなたがしたら? あなたリーダーでしょ? ヤンキーレッド」

「残念俺のジャージ黒なんだよな」

「黒はダメよ。私とかぶるから」


 集結した少女たちは祐一と肩を並べる。

 まるでどこぞの戦隊モノのような配置である。


「なんなんだお前ら!?」

「兄者聞かれてるぞ」

「ただのゲーム実況系Vライナーだ。チャンネル登録よろしくな」


 祐一は血に濡れた口元を開き、ニッと笑みを浮かべると尖った八重歯を見せる。

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