第23話 60%の女王 後編

「乙女ゲーとはなんだ?」

「乙女がやるゲームだ」

「おとめ?」

「響風が昔やってたゲームなんだが、ヴィジュアルノベルとも呼ばれているストーリーしかないゲームだ」

「ストーリーしかない?」

「まぁやってみたらわかるが」


 祐一はPSJOYにディスクをセットしてゲームを開始する。


「女性を対象にした恋愛ゲームという奴で、お手軽に恋愛の気分を味わうことが出来る」

「恋愛をゲームで行うのか? 随分軽薄なゲームだな」

「リアルに恋のダメージ受けるゲームとか嫌だろ」


 祐一は主人公の名前をレオ・ブルーローズに変更してから、コントローラーをレオに手渡す。


「複雑な操作は一切ない。時たま出て来る選択肢に答えていくだけだ」

「ふむ……」


 レオはイケメンフェイスでコントローラーを握ると、スタートボタンを押す。

 戦国時代を舞台とした物語の中に、様々な属性を持つイケメンキャラが現れ、皆主人公レオに好意を持っていく。

 武田信玄の架空の娘として生を受けた主人公は、甲斐の国で静かに暮らしていた。しかし長篠の戦で武田軍は織田軍の信長ビームに焼かれ敗走、戦火は故郷にまで飛び火していた。

 最初レオは操作できることがメッセージの送りしかなく、かなりつまらなさそうにしていたが、物語が進んでいくうちに徐々にのめり込んでいく。


『姫、敵の手が既に城に迫っております。この幸村と一緒にお逃げ下され!』

『姫、私があなたをお守りしましょう。さぁ私と共に!』

『ちょっと待ちな。レオ姫、お前は俺様のものだ。国を捨て俺様の元へ来い』

『ノンノンノン、プリンセスハミート一緒ニエスケープシマース!』


→【真田幸村の手を取る】

 【安倍晴明の手を取る】

 【織田信長の手を取る】

 【マルコポーロの手を取る】


「凄い選択肢だな」


 とりあえず昔の偉人をごちゃ混ぜにした登場人物。

 安倍晴明は陰陽術で永遠に生き続ける不老不死らしく、マルコポーロはイタリアのジェノヴァ機関が生み出した、悲しき人造人間というトンデモ設定。

 祐一はゲームのパッケージ裏を見やる。

 【パラレル戦国時代で織田信長が、沖田総司が! 美少女姫に転生した君に歴史偉人はメロメロ! 茜色の世界で君は誰と合掌する!? 人気声優多数起用! ドラマティックアクションノベル】とうたい文句が並ぶ。


「歴史愛好家にめちゃくちゃ怒られたらいいのにな……」

「…………」


 偉人と言っているが、和装をしているだけで元の偉人的要素は皆無。全員イケメンな男性キャラしかいない。

 レオは特に迷うことなく一番上の真田幸村と逃げるを選択する。


『姫様ぁ! この六文銭にかけて退路を作って見せましょう! 真田幸村推して参る!』


「会長はこういう熱血キャラが好みなのか?」

「消去法だ」

「会長信長とか好きそうなのに」

「信長ビームとか出す奴を恋愛対象として見れん。後不老不死とか重いし、ロボットはもうどう扱っていいかわからん」

「正論過ぎる。この幸村は体から炎が出せるだけで普通の人だもんな」

「ああ」


 普通のハードルがかなり下がりつつも、そのままゲームを続けていく。


 2時間ほど経過すると物語が佳境に入り、織田軍から逃亡生活を続ける幸村とレオ姫の間には主従を超えた感情が芽生えていた。

 何度となく苦難を超え、二人は逃げ延びた小さな村で静かに暮らそうと決意するが、そこにも敵将信長の手が迫っていた。

 戦火に燃える村の中、取り囲むは織田信長の魔力を浴びて悪魔化したダーク新選組。一人力戦奮闘する幸村は炎の中でレオ姫に告白を行う。


『姫様ぁ! 最期になるやもしれませぬ。この幸村の愛を受け取ってくだされぇぇぇ!!』


→【愛してるぞ幸村ぁぁ!!】

 【このうつけものがぁぁ!!】


 ラストの選択肢が出現するが、わかりやすい選択なので間違えることはないだろうと思っていたが、選択が一向に決まらない。

 祐一がコントローラーを握るレオを見やると、彼女は難しい顔をして額を押さえていた。


「どうした?」

「…………」


 レオは画面を見ないままカーソルを上下させる。


「なんだ、もしかして真田狙いじゃなかったのか?」

「…………いや」

「…………まさかとは思うんだが。照れてるのか?」

「…………お前……愛してるぞ幸村はさすがにどうかと思うぞ」

「それは俺も思うが、まぁ熱血のノリに合わせてるんだろ」

「…………」

「ほら幸村ずっと答え待たされて可哀想だと思わないか?」


 画面には真剣な顔をしたまま選択肢を待つ幸村が映し出されている。


「うるさい黙れ」

「会長って告白慣れしてると思ってたんだが」

「女からは死ぬほどされた」

「男からは?」

「なぜお前に男の遍歴を語らなければならないんだ」


 それだけでないと言っていることに気づいているのかいないのか。

 レオはバカバカしいと言いたげに選択肢を選ぶ。

 すると画面の主人公が突然大声で


『愛してるぞぉぉぉ! 幸村ぁぁぁぁ!!』


 と小っ恥ずかしいことを叫ぶ。


『姫様ぁぁぁ! これが幸村の愛ですぞぉぉぉ!!』


 それに全力で応える幸村。

 突然アニメーションムービーが始まり、炎に燃える世界を騎馬に乗った幸村と主人公が駆けていく。


『皆のもの見よ! これが幸村とレオ姫の紅き杯! 紅蓮の誓いが天を穿つ! 天下無双王者の風! この胸に流れる熱き血潮は全て姫様に捧げる灼熱の愛! 燃えたぎれ愛の風林火山!』


 カッコイイ挿入歌と共に背景で火山が爆発し、火山の中から巨大戦国ロボ風林火山が姿を現す。風林火山は敵のダーク新選組を蹂躙していく。


「うーわ……」


 ぶっ飛んだ展開にポカンと口を開ける祐一。

 道理で響風が乙女ゲーやってるくせにゲラゲラ笑っていると今思い出す。

 なんの伏線もないのに突然ロボットが登場し、呆気にとられているとゲーム画面がロボットのコクピットにかわる。


『姫様ぁ! 我が愛を信長に見せつけてやりましょうぞ! Aボタンで戦国パンチ、Bボタンで戦国ライフル、Cボタンで戦国ソード、Dボタンで戦国ブースター! R1L1でロックオン切り替え、R2で戦国バルカン、Lスティックで移動、Rスティックでカメラ切り替えですぞぉ!』


 幸村が凄い勢いで横文字の操作説明を行うと、敵軍からも突然巨大ロボが現れる。


『この信長に逆らうとはいい度胸だ幸村! 六天魔王出撃せよ!』


 黒甲冑の六天魔王と足軽ロボが次々に現れ風林火山を取り囲む。


「いきなりゴリゴリのロボアクション始まったな」

「お、おい。これどうなってるんだ!」


『姫様ぁ! 織田軍の戦国スナイパーが来ました! スナイパーにはR3押し込みでガードが有効ですぞ!』

「しかも意外と操作量が多い」


 レオが敵の猛攻を受け四苦八苦していると、風林火山の油ゲージが凄い勢いで削られていく。


「あぁあぁ」


 おまけ戦闘かと思いきや、しっかりアクションパートが作られている。恐らくレオの腕ではクリアできないだろうと思う。


「ぐっ……」

『姫様ぁ! このままではやられてしまいますぞぉ!』


 風林火山の体力ゲージが残り3割を切り、画面が赤く明滅しながら警報を鳴らす。


『姫様ぁ! ここはこの幸村が食い止めます! 姫様は早く脱出を!』

「ぐぅっ……」


 悔し気に歯噛みするレオ。


「何言ってんだ幸村、話はこっからだろ」


 祐一はレオの背後に回ると、コントローラを上から包むように握る。


「…………」

「会長、左手の親指はスティックから離すな。右手のカメラワークは最小限にとどめるんだ」


 インストラクターが直接フォームを教えるように、コントローラーを二人で握ると、祐一はレオの親指に自分の親指を重ねながら戦国ロボを操作する。


「右、左、右、上、弾丸くるぞ。はいガード。戦国ライフルで反撃。ゲームは教科書だ。近距離はソード、銃弾にはガードみたいに予め正解が用意されている。それを高速で処理していくのがゲームだ」

「ゲームは教科書……」


『姫様ぁ! もうもちませんぞぉ!』


「うるせーな幸村。苦労人の家老みたいなこと言ってんじゃねぇぞ。行くぞ会長、近距離3!」

「ソード、ソード、三機目の処理が間に合わん!」

「パンチで引き離す! 後方にスナイパーだ!」

「ガード、いやライフルで先に落とす!」


 レオは一瞬のエイムで敵スナイパーを捉えると、ライフルで頭部を撃ち抜く。


「ナイスヘッショ」


 祐一とレオは二人で敵軍を倒すと、最後に織田信長の六天魔王を見つける。


『姫様! 今ですぞ。超必殺烈火大車輪!!』


 最後はイベントムービーで、炎を纏いながら大回転した風林火山が織田信長の乗る六天魔王を破壊しアクションパートを終える。

 ノベルパートに戻ると、破壊されたロボットと夕暮れの荒野を風林火山から見つめる主人公と幸村。


『姫、我々は全てを失ったかもしれませぬが、これからまた1から始めようではありませんか! この幸村、全てを姫様に捧げる覚悟でお供いたしますぞ!』


 メッセージを送るとイベントCGが挿入され、レオ姫が幸村の唇を奪うシーンが挿入される。


『姫様!?』

『……我についてまいれ幸村』

『……うぉぉぉぉぉ! この幸村、地獄の果てまでも姫様についてまいりますぞぉぉぉ!!』


 そうして画面にはエンドロールが流れる。


「意外とクリア早かったな」

「ああ」


 レオは自分の顔のすぐ隣に祐一の顔があることに気づく。

 それも当然、背後から抱きしめられるようにゲームをしていたのだから。


「おい」

「何?」

「近い」

「あぁすんません」


 祐一が離れようとすると。


「待て……このゲーム他のキャラも同じようなことになるんじゃないのか?」

「まぁ感じから見てその可能性は高いかと」

「ならそのままにしていろ」

「はぁ……会長がそれでいいなら」


 レオはそのまま次のルートへと入る。


「男に見られながら乙女ゲーとはなかなか恥ずかしいものだな」

「まぁ異性とともにギャルゲとかカップルでもない限りやらないでしょうね」

「……そうか」


 レオは小さく呟くと背中に体重をかけた。



 その様子を襖の影から見守る三つの目があった。


(お姉様があんなに楽しそうにしているところ初めてみましたわ)

(そう? 主と下僕って感じだけど)

(今までお姉様には対等に話し合える人間がいませんでしたので……)

(えっ、嘘副会長なんで泣いてるの?)

(兄者……あたしのタピオカ飲んだな……)


 この後祐一はめっちゃタピオカ買いに行かされた。


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