第21話 60%の女王 前編

 キュキュキュっと体育館の床をシューズがこする音が響く。

 続いてダムダムダムとボールをドリブルする音が。

 体操服姿の女生徒たちがブロックに入り、独走する少女を止めにかかる。


「はっ」


 しかし美しいプラチナの髪を揺らした少女はディフェンスを一枚二枚と抜き、ジャンプと共に放ったシュートは山なりの軌跡を描きながらゴールへと吸い込まれた。

 ファサっとゴールネットが揺れ、周囲は黄色い歓声に包まれる。

 少女は完璧なボールさばきと圧倒的機動力をまざまざと見せつけるが、その瞳は機械のように色がない。

 まるで入って当然。むしろ100回打とうが1000回打とうがボールは入る。

 そんな過剰とも思える自信とそれを体現する運動能力。それが砂倉峰生徒会会長レオ・ブルーローズ。


「ほんま生徒会長はクールでかっこええのぉ……。これでワイらの敵やなかったら粉かけとるんやけどな」

「天王寺に殺されるぞ」

「男の浮気は甲斐性ぞ? モテる男と付き合ってるってステータスやろ。むしろ誇れ」

「天王寺にそう言っとくわ」

「絶対やめろ。ワイの命日になる」


 浅黒い肌に耳にはピアスが光る見た目完全なチャラ男。しかし相変わらず彼女の影に怯える今宮丈。

 祐一と今宮の二人は放課後の体育館裏にて、捕まえたモンポケの色違い個体でマウントの取り合いをしていた。

 そんな不健康なヤンキー二人の後ろで、爽やかな汗を流すバスケ部。

 その中でプラチナの髪をした少女が遠慮なく得点を重ねていく。


「生徒会長なんでバスケ部でワンマンアーミーしてんねや?」

「大会近いから練習の助っ人に入ってるらしい」

「はー……この前はフェンシング部いっとったよな?」

「体育会系文化系問わずお声がかかるからな。ただあまりにも強すぎて、元の部員の鼻っ柱を折ってしまうのが玉に瑕だが」

「成績は学年トップ、運動神経はあの通り抜群、実家はおフランスの名家で城持ってるとか、その上見た目はバケモンじみた美人さ」

「リアルつよくてニューゲームだな」

「ワイのおかんはなんで北欧系ハーフ美男子に産んでくれんかったんやろな」

「親父さんに言えよ」

「言うたら殺されるわ」

「お前すぐ殺されるな。しかし……生徒会長ほんと余裕そうだな。息すら乱れてないんじゃないか?」


 あれだけの運動量をこなしておきながらクールな表情を崩さないレオ。


「60%の女王やからな」

「なんだそれ?」

「どんなことでも6割くらいの力でボロ勝ちしてまうってことや」

「なるほどな。皮肉もきいてていいあだ名だと思う」


 レオの周りを下級生の女子が取り囲み、キャアキャアと声をあげている。


「モテてんなー」

「そらあんだけパーフェクトやったら女でも惚れるやろ。あいつの下駄箱常に女のラブレターでぎっちりつまってるからな」

「寺岡が会長の靴箱にゴミ入れるなって言って炎上したの思い出した」

「安定の寺岡クォリティ。さすがのワイでもラブレターをゴミとは言わんぞ」

「生徒会長あれ、執事に渡して丁重にお断りの返事書かせてるらしいぞ」

「公開処刑やんけ! ラブレター送った相手の執事からごめんなさいって来たら自殺する自信あるわ」

「多分顔には出してないけどラブレター嫌いなんだろうな」

「毎日山ほど送られてきたらそらげんなりもするやろ。しかし、あんだけパーフェクトな生徒会長って男おらんのか? フランスの第三王子と実は婚約してるとか言っても驚かんぞ」

「あぁ、男はいねぇよ」

「ん? なんでお前知ってるんや?」

「いや、まぁちょっと。とある事情で生徒会長がウチに泊まることがあってな」

「は?」


 今宮は手にしていた満点堂Sweetを落とす。


「お前それアクシズ落とした後のシ〇アとアム□が、やっちまったなぁ! って言いながら仲良く肩組んでるようなもんやぞ」

「生徒会長が泊りに来るくらいあるだろ」

「あるか……? いや、やっぱねーよ!」

「せやろか?」


 祐一は先日、泊りでゲーム合宿を申し出てきたレオとの光景を思い出す。



 前回投稿した動画で一番成績の悪かったレオは、祐一に個人授業を申し込んだのだ。

 それを聞いていた響風が、それなら週末皆で徹夜ゲーしようズと言いだした。

 勿論そんなの通るわけがないと思ったが、意外なことにレオもいろはもそれを了承したのだ。

 お泊り会と言うすさまじいパワーワードをきっかけに、いろはとアンジェの激しい女の戦いが水面下で行われていたことを祐一は知る由もない。



 お嬢三人が泊まりに来た土曜日の晩――

 響風の部屋でアンジェといろはがスーパースペースブラザー3クリアするまで寝られまテンをやっている最中、祐一は一人自室でグループで撮るゲームのタイトルを見繕っていた。


「やっぱホラーゲーが盛り上がるんだけどなぁ。響風の言うようにサンドボックス系クラフトシミュレーターが無難……いや、初投稿で守りに入るのはよくないしな」


 Vステのゲームジャンルランキングを眺めていると、スパンと音を立てて襖が開く。驚いて振り返ると、そこには風呂上がりで肌を上気させたレオが立っていた。

 ぴっちりとした黒のタンクトップにホットパンツ姿で、首には高級そうなタオルがかけられている。

 風呂上がりにほとんど裸で歩き回る響風で慣れているとはいえ、内臓入ってんのかと言いたくなるしなやかな腰。タンクトップの真ん中に描かれたスポーツメーカーのロゴを左右に引き裂かんとするたわわな胸。

 一生かかっても出会えるかわからない高貴な芸術品に、エロ漫画家が己の欲望を乗せ、バランスを保ったまま胸と尻をどれくらい大きくできるか挑戦したTheエロ漫画体型。

 湯上りで桜色をした肌は同年代にはない艶を放っていた。


「随分目のやり場に困る格好してるな」

「何がだ?」

「何でもない。風呂ちゃんとわかったか?」

「あの箱が風呂とは思わなかった。あれでは体を伸ばせず疲労回復を望めない。最初見た時は洗濯機ウォッシュマシンかと思ったほどだ」

「まぁあるだけの風呂だからな。会長の家の風呂はデカそうだな」

「地下の1フロアを浴場にして、サウナとエステをつけている。アンジェが未だに浴場で泳ぐから困っているな」

「すまん庶民とスケールが違った」


 完全に王族の風呂だったと考えを改める。

 いろははいろはでナイトプールみたいな風呂に入っているらしく「操作パネルがないから、お湯の出し方がわからないわ」と真顔で言って来て祐一を困らせた。

 レオは長いプラチナの髪を拭きながら、物珍し気に祐一の部屋を物色する。


「変なとこ探してエロ本見つけるなよ」

「堂々と本棚に並べていて、よく見つけるなと言えたものだな」

「俺も響風もエロ本に関しては理解あるからな」

「性が乱れているな」

「怒るのか?」

「家庭環境にわざわざ口出ししていてはキリがない」

「会長はアンジェと違って、悪は絶対許さんというより悪でも利用できるなら利用するってタイプだよな」

「己を正義だと思ったことは一度もない。そのおかげでお前のように価値観の違ったものと関係を持つこともある」

「そりゃいいのか悪いのか」


 レオは自分の長い髪をヘアバンドで括ると、祐一の隣に腰掛ける。


「よし……やるぞ」


 普段60%の女王と言われているとは思えない程の意気込みで、コントローラーを握る。

 そう今日のお泊り会の主旨はレオの個人レッスンである。


「今日はあのヤドカリ倒すからな」


 氷のような殺気に満ちた表情。

 今回の練習は、竜を狩るハンティングゲームである。

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