#2 レトロゲームをなめるな

第14話 ゲーム家庭教師

 翌日、学校にて――


「なんやユウイチ、まだハロウィンには大分早いんちゃうんか?」


 今宮は頭を包帯で巻き、大きく右目を腫らした祐一を見て人相悪いミイラ男かな? と思う。


「違う」

「喧嘩したんか?」

「喧嘩というか、正当防衛(喧嘩の隠語)した後に家帰ったらキレた響風に襲われた。正直チンピラのパンチなんかより何百倍もきいた」

「お前の妹クリティカル極振りやからな」

「1ウェポン、ソードダンス6積みからの一撃必殺しか狙ってこねぇ」

「ロマン型やなぁ。決まると脳汁出るわ。して、なんでキレたんや?」

「正当防衛してる最中にポケGOのレアモンスターに逃げられて、『テメェこの野郎、なに伝説ほったらかして喧嘩してんだぶっ殺すぞ』って殴られた」

「伝説モンスター>ケガだったわけだな」

「まぁな」


 実際はケガの手当の後、響風はずっと祐一にくっついて周り、完全にコアラ状態だった。珍しく大好きな配信もやらず、祐一の膝の上から離れようとしなかった。

 お互い気づいていないがブラコン&シスコンである。


「なぁヘイジ、16の妹と風呂に入ったらアウトか?」

「血縁ならアウト、ノー血縁ならルート確定」

「そうか……」


 どうやら祐一はこのまま行くと響風ルート確定らしい。

 今宮ルートじゃないだけまだマシかと思うが、ただでさえ自分にはよくない噂がある。妹に手を出したなんてことが広まれば、鬼畜外道のレッテルを貼られ、最悪引き離されてしまう可能性も無きにしも非ず。

 そんなことを思っていると、不意に教室内がざわつく。


「なんやスターでも来たんか?」


 今宮が教室の入り口を見やると、そこにいたのは――


「オーッホッホッホ、アンジェ・ブルーローズここに参上いたしましたわ!」

「あぁ、アホがおるわ」

「温かくなってきてるしな」


 二人がアンジェを無視してソシャゲのガチャ沼について話していると、彼女はつかつかと彼らに歩み寄る。


「ひ、ひひひ桧山祐一!」

「ヒヒヤマユウイチって誰やねん。なんやあいつめっちゃどもってんぞ」

「い、今すぐ生徒会に出頭しなさい!」

「あーやっぱ来たか」

「なんや?」

「昨日の喧嘩の話だ。停学になったら響風のこと頼むな」

「あっ、お前そんな酷いことなるんやったらワイ呼べって言ってるやろ。ワイが不思議な力でもみ消したる言うてんのに」

「警察の息子が親の職権魔法乱用すんな」


 祐一はアンジェと共に教室を出て、生徒会室へと向かう。

 その様子を廊下で目撃した生徒たちは。


「うわ、桧山またなんかやったんだ……」

「喧嘩よ喧嘩。顔傷だらけじゃん」

「怖いよねー」

「凶悪犯が連行されてるみたいだな……」


 いつも通りの恐怖と侮蔑が混じった視線。なんてことはない、事実昨日は男10人を殴り倒したわけだから何も間違ってはいない。

 しかし


「違いますわ。今回はご家庭に関するただの聴取ですから、いらぬ誤解をせぬように」


 そう庇ったのはアンジェだった。


「あぁそうなんだ」

「まぁそんな毎回喧嘩するわけないか」

「じゃあ顔の傷なんだろ?」

「また事故ったんじゃない? 彼よく轢かれるし」


 副会長の言葉とあって、恐れの視線を向けていた生徒たちはあっさりと信用する。


「なんで庇った……」


 祐一は視線を向けずアンジェに問う。

 すると彼女は痛ましい顔をする。


「冤罪で恐れられるというのは、こんなにも悲しいものなのですね」

「冤罪じゃないけどな」

「あなたは語らなさすぎますわ……。自分一人で泥を被ればいいと思ってらっしゃる。そこが本当に素敵なのですが……」


 アンジェに視線を合わせない祐一は気づいていない。彼女の瞳に濃いハートのマークが浮かんでいることを。



 ガチャリとドアを開け生徒会室に入ると、中にはレオといろはの姿があった。

 会長席に座るレオは、凛々しいイケメンフェイスのまま頬杖をつくと祐一を見やる。


「ご足労感謝する」

「それで、停学ですか? 退学は勘弁してもらいたいんですけど」

「なんの話だ?」

「いや、昨日の喧嘩の話じゃ」

「昨日の少年たちは我々が責任をもって警察に引き渡しておいた。それ以外何もない」

「はぁ……じゃあなんの用が?」


 レオはスマホを机の上に置くと、ある動画を再生する。


『ど、どうも~U1で~す。今日はね、このゲームタカハタ兄弟の無人島物語をしようかなと』


 祐一は停学や最悪退学を言い渡されても動じない覚悟だったが、その音声を聞かされた瞬間やられ役のサ〇ヤ人みたいに床に倒れた。


「い、一番あかん奴らにバレた……」


 生徒会長は動画を再生したまま話を続ける。


「言っておくが八神が君を売ったわけではないので、その辺は注意してくれ」

「売るならもっと早くに売られてると思うので疑ってません」

「結構。別にこの動画自体なんら校則違反でもなんでもない。ただ面倒なのは寺岡教諭にもバレているということだ」

「マジか……」

「彼は君をこの件で退学……とまではいかないだろうが、停学くらいにまで追い込もうとしているようだ」

「はぁ」

「停学くらいなんともないような顔をしているが、寺岡教諭はこの件をきっかけに、砂倉峰生の動画配信行為禁止の校則改定を校長に提案するようだ」

「…………」

「生徒会としては生徒の自主性を損なわせるとして抗議するつもりだが、今のところかなり逆風だ。この際はっきり言わせてもらうが、前科者が動画配信をやっているというのは、学校側としてはとても恐ろしいのだよ」

「学校の闇を暴露されるかもしれないってことでしょう」

「そういうことだ。砂倉峰は去年不祥事を起こしたところだ。その件に関与している君の動画配信は是が非でも止めたいだろう。そう君一人を止める為だけに校則改定も恐らく辞さない」

「…………」


 後ろめたいことがある学校側が、寺岡の無茶な校則改定を通す可能性は高い。

 そうなれば今まで通り自由に配信することはおろか、配信がバレただけで罰を受けてしまうことになるだろう。


「それともう一つ、君の妹も動画配信をしているだろう?」

「!?」

「寺岡教諭は今必死に君の粗を探っている。いずれ彼女もバレるだろう」

「…………」

「君と君の妹が金輪際動画配信をしないというのなら昨日の恩義もある、生徒会で揉み潰してもいい」


 レオは切れ長の瞳で祐一を見据える。再び行われる取引。

 だが彼は従わない。


「断る。配信は俺の生きがいだ。それは響風も同じ。学校側が禁止するつもりなら俺と響風は転校する」

「君が転入できる高校なんて、今より環境が悪化するのは目に見えているが?」

「それでも俺は配信をやめない」

「…………」


 祐一とレオが睨み合うと、生徒会室内が得も言われぬ緊張感に包まれる。


「そこまで配信にこだわる理由はなんだ?」

「楽しいからに決まってるだろ。俺の配信を毎回見に来る酔狂な視聴者がいる。世の中楽しいことで満ちてるはずなのに、俺の頭の悪い動画に10時間付き合ってくれる奴もいるんだ。そんな奴と一緒にぐちゃぐちゃゲームやってる時が最高に楽しいんだよ」


 レオは軽く息を吐くと、ヤレヤレと言いたげに取引内容を変えた。


「そこまで言うなら仕事にしろ」

「仕事……とは?」

「本校では学生のアルバイトは認められている。動画ゲーム配信者として開業すればいい」

「と、言われましても俺動画に広告つけてないんで、収入なんてありませんが。もし仮につけたとしても月1000円にもならないかと」

「1000円にならずとも仕事は仕事だ。ただなにも動画配信だけをビジネスにしろと言っているんじゃない。そもそもVステは規約で18歳未満は広告収入は受け取れない仕組みだろう」

「そうですね」

「なら君が18になるまではゲーム指導を行えばいい」

「ゲーム指導?」


 生徒会長にかわっていろはが説明を引き継ぐ。


「まぁゲームの家庭教師みたいなものね。ゲーム実況を目指す人に実況とプレイを教える指導員よ」

「はぁ、ゲームセミナー的な……」

「そうね、そのニュアンスが一番近いわ」

「つまりゲームの家庭教師をやってお金とれば、配信やっててもそれは仕事の一環だから文句言えないって話だよな」

「そういうことだ。仕事だと言いきれば、生徒会から寺岡教諭の校則改定を突っぱねることができる」

「いや、普通に考えて金払ってゲームの指導を受けたい奴なんていないだろ……」


 そう言うと珍しくクスリと笑みをこぼす生徒会長。


「それは心配しなくてもいい。都合の良いことにゲーム実況者を目指す三人の生徒を確保している」

「そいつらバカなんじゃないですか?」

「日給は1万、オンラインでの指導は認めない。生徒と直接会って指導を行ってもらいたい」

「そいつらバカなんじゃないですか? 金払ってゲームするとかお馬鹿さんとしか言いようがない」

「そこまでおかしくはないですわ。ゴルフやテニスだってインストラクターをつけますし」

「将棋やチェスだって教室に通うわ」

「ゲームとて今はプロを目指すものがいてもおかしい時代ではない」

「それはあくまで実績のあるプロに指導してもらうから意味があるわけで」

「嫌なの?」


 いろはは不機嫌そうな目で祐一に詰め寄る。


「い、嫌ではないんだけど、話の内容が俺にメリットしかない」

「疑ってるわけね?」

「そのかわりきっちり指導はやってもらう。そうだな3人ともゲーム実況者としてデビューするつもりだから、チャンネル登録者1万人になるまでは面倒見てもらおうか」

「い、いちまん? あれですよ、チャンネル登録者数10万人とか100万人とか見てるせいで感覚麻痺してるかもしれませんが、0~5万人のラインが一番きついって言われてるんですよ」

「それが仕事だ。ちゃんとマネジメントしたまえ」

「はぁ……」


 他人事だと思っているのか、生徒会の面々はニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 祐一としては寺岡の目を潜り抜け、配信を続けられるならなんでもいいと思っていたが、ここまで好条件だと生徒会の罠では? と勘繰ってしまう。


 不安しかないゲーム家庭教師が始まろうとしていた。

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