第13話 アンジェは穿いてないⅣ

「は、離せ!」


 リーダーは捕まれた腕を振り払うと、祐一と対峙する。

 立ちふさがった祐一はハゲ頭のリーダーを睨み付ける。

 余りにも鋭く、人を殺したことがあるような眼光。堅気の物と思えない威圧感。

 リーダーは彼に視線を向けられただけで、激しい動悸に襲われた。


(えっ? 何コイツ怖っ……。待って俺様がこんな奴にビビってる言うんか? 見られただけで脚の震えが止まらん)


 カクカクカクと小刻みに震える足を地面に叩きつけるリーダー。


「は、はったりじゃ。やってまえや!」


 命令を聞いた手下の一人が前に出る。


「ヒーロー気取りのバカが、死ねオラァ!」


 鋭くキレのある拳が祐一の顔面に突き刺さる。


「ヘヘッ、ノーガードとか見掛け倒しがよぉ。俺は昔ボクシングやってたんだよ。お前みたいなシロート秒でチューンよ」


 薄ら笑いを浮かべながら拳を離すと、微動だにしない祐一にゾワっと怖気を感じる。

 興奮するチンピラと比較して、冷静というより温度を感じさせない。

 それはまるで冷たい鉄を殴ったような感触にも似ている。


「これで正当防衛成立だな……」

「なに言って――キャン」


 祐一を殴った手下は、子犬みたいな鳴き声を上げて地下駐車場の壁まで吹き飛んだ。

 彼の視認できないほどの右ストレートが顔面に撃ち込まれたのだ。


「「「えっ……?」」」


 一撃で吹き飛ばされ大の字で壁に埋まる仲間を見て、チンピラ達の口がポカンと開く。


「あ、あいつマジでボクシングやってたんだぞ……」

「ボクシングか、俺もボクシングは得意だぞ。ファミオンのパンチャーアウトは名作だよな。クリアに12時間くらいかかったけど」

「何の話しとんねん!?」

「顎を狙うと気絶スタンが狙いやすい」


 祐一は近場にいたチンピラの顎に軽くフックを見舞う。すると少年は、カクンと糸の切れた人形のようにその場に倒れ込んだ。


「「「え、えぇぇぇ……」」」

「あ、あいつやばいんとちゃいますか……人外じみた強さしとりますで……」

「お、お前行けよ」

「ふ、ふざけんな。怪物じゃねぇか……」


 完全に腰が引けてしまったチンピラたちを見て、リーダーは大声を張り上げる。


「は、はったりじゃ! 数で潰してしまえ!」

「「「お、おう!」」」


 今度は6人がかりで取り囲む。しかし――


「やめてよ!」

「おごぉ!」 膝蹴りでもんどりうつ手下A


「俺は!」

「ほげぇ!」 フック一撃で意識を刈り取られる手下B


「誰も」

「あふん」 アッパーで吹き飛び、天井に頭が突き刺さる手下C


「殴りたくないのに!」

「「あがぁ!」」 両腕ラリアットで吹っ飛ぶ手下D&E


「殴らせないでよ!」

「あべし」 背後をとろうとするが、回し蹴りを受けて錐もみしながら吹っ飛んでいく手下F


「痛ぇ……痛ぇよ……」

「なんなんだよコイツ……」

「悪魔だ、悪魔が暴走してる……」


 うめき声をあげる手下たちを見て、リーダーは自分の足の震えの意味がわかる。


「ほ、本能がコイツを恐れとる……」


 街に転がっている喧嘩屋アウトローなんて生易しい者じゃない。かといって格闘家ファイターのようなお上品な強さでもない。パワーにスピードを乗せて目の前の物を粉砕していく、いうなれば壊し屋ブレイカーである。

 そのくせ喧嘩の鉄則が頭に入っており、人体の急所まで理解しているところがタチが悪い。

 これでは格闘術を使うクマと遭遇したのと同じである。


「君も俺を殴るの?」

「俺様の手下をこんだけボコボコにしておきながら、何殺さず系主人公ヅラしとるんや!」

「兄貴、コイツ思い出しました。砂倉のキリングマシン桧山祐一ですわ!」

「な、なんやて!? お前があのジェノサイダー桧山か!?」

「知らん名前を次から次に出すのはやめろ」


 焦ったリーダーは懐からナイフを取り出すと、羽交い絞めにされたアンジェの頬に白刃を這わせる。


「お、女傷物にされたくなかったら、はよスマホ置いていけや!」


 銀に輝く刃物を見て、祐一の雰囲気がかわる。


「オイ、そっから先は冗談じゃすまなくなるぞ」

「女襲って冗談ですまそうとしてるわけないやろが、アホかお前は!」

「それもそうだな」


 変に納得してしまうと、昏倒させられたチンピラたちが徐々に起き上がり始める。


「お前ら殺せ」


 リーダーは口端を上げて、そう命令を下した。



 それから祐一は抵抗もせず、ただただひたすら少年たちに殴られ続けた。

 駐車場には人が人を殴る嫌な音が響き続ける。


「鉄骨みたいに頑丈な奴だな……」

「こっちが殴り疲れてきたぞ」

「どけ、これで!」


 チンピラは鉄パイプで祐一の背中を殴打する。それにはさすがに膝を付きかけた。

 ポタポタと地面に血が零れる。だが祐一は意識が霞み、どれだけ血まみれになっても立ち続けた。


 アンジェは何をされても立ち尽くしたままの祐一を見て思う。

 学校では目の上のたんこぶ扱い。校内で喧嘩があればまず第一に疑い、生徒会室で延々尋問を続けたこともある。

 いつも偉そうな自分が集団で酷い目に合わされている。それをなぜ彼が助ける必要があるのか。

 自分の撒いた火種で他者が焼かれているのを見ると、自分が情けなくて情けなくて仕方ない。そう思うとまた泣きそうになって来る。


「もうお逃げなさい!」


 涙目のアンジェが声を張り上げる。それと同時に少年の一人がコンクリートブロックを持って祐一に殴りかかった。


「くっそ、いい加減倒れろ!」


 ゴッと鈍い音が鳴り、粉砕したブロック片がパラパラと散る。


「ぐっ……」


 後頭部への激しい衝撃に祐一の意識が飛び、その場に倒れ込んだ。


「やっと倒れおったか……おい、そいつのスマホとって場所かえるぞ。どうせこいつ警察パンダ呼んどるやろ」

「へい」


 チンピラが祐一のポケットを漁ろうとすると――


「ぐっ……」


 血まみれの顔で、それでも立ち上がる。

 悪鬼のような気迫にリーダーの顔も引きつっていた。


「なんなんやコイツ。ほんまに機械でできてるんちゃうやろな……。まぁ脚ガクガク震えとるところから見て、最後の力ってところか」


 その通り祐一の視界は明滅し、今にも倒れそうなのを必死に繋ぎ止めているだけにすぎない。


「泣くな……」

「えっ?」


 祐一はアンジェに語り掛ける。


「学校では女王気取りでヤンキー締めてたんだろ。それが鼻っ柱折られて泣きべそかいてんじゃねぇ。いつも通り傲慢な態度でいろ」

「なんで……あなたはわたくしのことが大嫌いなはずでしょう?」

「正しい奴がヤンキーに頭下げたら終わりなんだよ。だから正しい奴は泣いちゃいけねぇ、負けてもいけねぇ。堂々と立ってなきゃいけねぇんだ」

「…………」

「だから泣くな。頑張れ」

「…………」


 祐一は視線で合図を行う、アンジェはその瞳に反撃の意志を感じ取ると大きな高笑いをあげる。


「ホーーッホッホッホッホ! 誰に頑張れなどと言っているのかしら。このアンジェ・ブルーローズの心が折れた? 笑えませんわね。わたくしの心はいつだって”準備万端”、何も恐れるものなどありませんわ!」


 意図が伝わったことを確認し、祐一は深く頷く。


「なんじゃこの茶番、もう楽にしたれや」


 リーダーがそう言うと、鉄パイプを持ったチンピラが彼の頭に振りかぶった。


「いい加減死んどけ!」


 鉄パイプが振り下ろされる瞬間、祐一は吠えた。


「■■■■■■■_____!!」


 猛り狂う猛獣の雄たけびのような叫びは、その場にいた全員を萎縮させる怒りの咆哮。

 チンピラが怯んだ一瞬の隙、僅かな瞬間にアンジェは自分を羽交い絞めにしている男を背負い投げる。


「はぁぁぁ!!」

「うぉあ!?」

「このアマ!?」


 リーダーがそれに気づき彼女にナイフを突きつける。しかしそこに祐一が渾身のタックルでナイフごとリーダーを弾き飛ばした。


「オラアアアアア!!」

「おごぉぉ!」

「こ、こいつら!?」


 リーダーをねじ伏せると一瞬で態勢をひっくり返し、反撃へと転じる。

 アンジェと祐一はお互いをカバーしながら、次々にチンピラたちを駆逐していく。


「こいつら止まんねぇ!」

「やべぇぞ逃げろ!」


 そして


「動けるのはお前しかいなくなったな」

「ふ、ふざけんな。俺様一人で、お前なんか」

「お前なんか……なんだ……?」


 手下を全員倒され一人になったリーダーの元へ、血まみれの祐一がゆっくりと近づいていく。彼の圧に押され、リーダーは脚がガクガクと震え、そのまま地面にへたり込んでしまう。


「こ、腰が、ぬけ、ぬけ……」

「……俺は女殴られてると妹が殴られてるみたいで最高に不愉快だ」

「やめ、やめよ、話し合おう。俺様平和主義。オレお前トモダチ」

「なに初めて言葉覚えた怪物みたいなこと言ってんだ。……悪いことすんなら最後まで悪を貫けよ」


 祐一はリーダーの胸ぐらをつかんで無理やり立ち上がらせると、羽交い絞めにした。


「やめ、やめろ……」


 リーダーの前には拳を硬く握りしめたアンジェの姿があった。彼女は切れ長の鋭い瞳を細め、男を睨む。


「よくもやってくれましたわね」


 アンジェのコークスクリューがリーダーの顔面に突き刺さり、右に左にと顔面が揺れる。

 やがてリーダーは気絶したのか、そのまま動かなくなった。


「あの……あなた……」


 アンジェは今までの件を謝罪しようと祐一に近づく。

 祐一はチラリとアンジェを見ると、興味なさげにスマホに視線を落とす。画面には【レアモンスター反応消失】と表記されていた。


「畜生!!」


 祐一は膝をついて雄たけびを上げる。


「ど、どうかされました?」

「……俺のジャイアントニンニクが。実写版ゴブリンみたいな奴と戦ってる隙に消えてしまった」

「…………」

「はぁしょうがね、臭い息パ諦めよ」

「ちょ、ちょっとあなた!」

「そこに転がってる奴らはお前らで処理しとけよ。俺は知らんからな」

「お前”ら”?」


 振り返ると腕組みしながら壁に持たれかかったレオの姿があった。


「お姉様!?」


 彼女はカツコツと足音を響かせ、チンピラの転がる地下駐車場を歩いてくる。


「愚妹が二度も世話になったな」

「あんた結構前からいただろう」

「お前の本質がどのようなモノか確かめていた」

「結果は?」

「お前はバカみたいにタフということがわかった」

「それは本質なのか?」


 真面目な顔で「お前は頑丈だ」と言うレオに、祐一は笑ってしまう。


「出血が酷い。病院に連れていってやろうか?」

「いらねぇ。俺は帰る」

「そうか」


 祐一は殴られ損だと愚痴りながら踵を返すと、地上の方でファンファンファンとパトカーのサイレンが響いた。


「あぁ…………なんて奥ゆかしい方」


 祐一の背を見送るアンジェの瞳は熱を帯びていた。

 これほどまでに逞しく守られたことがなく、今まで男はだらしない生き物としか認識していなかったものが大きく覆されることになった。

 価値観の大きな変化によって、彼女の祐一に対するマイナス好感度が一気にプラスに傾いてもなんらおかしな話ではなかった。


「あっ、副会長……」


 祐一は振り返って告げる。


「ど、どうかしました?」

「あぁ……なんだ……スカート穿いた方がいいぞ」


 アンジェは暴行を受け、今までずっとスカートを脱がされていた事実に気づく。

 地下駐車場には顔を赤くした彼女の悲鳴が響いたのだった。

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