第12話 アンジェは穿いてないⅢ
穿いてない事件翌日――
「桧山君、悪いんだけど今日で終わりにしてもらっていいかな……」
勤勉に仕事していたはずなのに、突然バイト先の店長にクビを切り出され「えっ」と驚く。
「その……ウチ花屋だからね……」
「それと俺と一体なんの関係が?」
「君……顔怖いんだよね……。お客さん全然寄り付かなくなっちゃったよ」
「そ、そうですか……」
「ごめんね」
「いえ、慣れてるんで……こちらこそすみません」
わずか一日でバイトをクビになりしょぼんとする祐一。一生懸命勉強して花言葉まで覚え始めたのに、顔怖いという理由での解雇はあまりに切なすぎた。
「花屋天職だと思ったんだがな」
事実ワイルド系を好むマダムからかなりウケは良かったのだが、店長はそのことに気づいていなかった。
桧山家は親の仕送りも少なく、欲しいものは自分で稼ぐしかない。
動画での収入がない祐一は、こうやってちょくちょくバイトしてお金を貯めるしかなかった。
「これじゃ来年発売予定のVRJOY2は買えんな」
配信者としては、資金難によりハードが買えないという事態は避けたいのだが何分懐が寒い。
ビューっと風が吹き、体も寒い。気温は日増しに暖かくなってきているが、夜はやはり冷える。祐一はパーカーのフードを目深に被ると、足早に自宅へと帰る。
すると不意にスマホが震えた。
響風からのラインで、メッセージには『兄者のバイト先の近くにポケGOのEXモンスター沸いてるらしいぞ』と書かれていた。
「なにぃ……それはゲットして帰らねばならんな」
祐一は動画ネタにもなるなと思いつつゲームアプリを起動する。
ウォーキングゲーと呼ばれるアプリゲームは、実在する
要はスマホでやるスタンプラリーのようなもので、スタンプのかわりにレアなアイテムやモンスターが貰えるという仕組みである。
スマホの画面には周辺マップが映し出され、大きな矢印で右何メートル、直進何メートルとカーナビのような細かな案内が出ており迷うことはない。
祐一は案内に従ってやってきたデパートの中へと入ると、矢印は真下に向く。
「地下か」
エレベーターに乗って地下へと降りると、そこは広い駐車場だった。
閉店間際ということもあってガラガラに空いており、従業員ぐらいしか使っていないのでは? と思ってしまう。
どうやらこの中にレアモンスターがいるらしく、祐一は奥へと進んでいく。
「駐車場がスポットってどうなんだ? 危ないと思うんだが」
ウォーキングゲームはランダムでイベントスポットの選出が行われている為、時たま私有地が選出されることもある。プレイヤーの住む地域によっては893の組事務所が選出されたなど、ネットニュースでも取り上げられるくらい問題になっていた。
「893もまさかモンスター探しに来た一般人が入って来るとは思ってなかっただろうな」
【EXモンスター近いよ】
ゲームのアナウンスに従ってスマホをかざすと、ちょうどそこに映ったのは倒れた少女の衣服を無理やり脱がそうとする少年達。
「は、離しなさい! わたくしを誰だと思っていますの!?」
「大人しくしろ!」
「脚押さえろ!」
「…………」
【ファイアーバードが現れた。こいつはレアモンスターだぞ! モンスターキューブを投げてキャプチャーしよう!】スマホからゲームの音声が響く。
その音で婦女暴行中の男達が一斉に祐一の方を向く。
ハゲ頭の若いのか老けてるのか年齢がよくわからない男が祐一を睨み付けた。
「なんだテメェ……」
「兄貴、あいつスマホ持ってます。写真撮られたんじゃ」
「おい兄ちゃん、今すぐそのスマホこっちに渡してお家に帰んな。ここで見た事誰にも言わんなら見逃してやってもい――」
【ファイアバードをゲット! テイマーレベルアップ!】
「よっしゃぁぁ!」
【連続EXモンスター反応発生! 伝説モンスタージャイアントニンニクがこの近くにいるよ!】
「やったぜ。すぐ行こう! これで俺の臭い息パが完成する!」
祐一は小さくガッツポーズすると、そのまま男達を無視して駐車場内を引き返していく。
「ちょ、お前待たんかい! 何無視してくれとんのや!」
おっさんみたいな少年たちが祐一を取り囲み、行く手を遮る。
「兄ちゃんスマホ渡せゆーてるやろうが」
「…………」
祐一はそこでようやく自分がガラの悪い男達に取り囲まれていることに気づく。
「…………誰だお前ら? リアルゴブリンみたいなのがわんさか出て来やがって」
「誰がゴブリンやねん。お前今カメラで写真撮ったやろ」
「撮ってねぇよ。ゲームしてただけだ」
スマホの画面を見せると、ポケGOのプレイ画面が見える。
「兄貴、あれ最近流行ってるゲームですぜ。レベルから見てかなりやり込んでますわ!」
「そんなことどうでもええんじゃ! スマホ渡せゆーてるんがわからんのか!」
ビリビリと響く大声。気の弱い人間なら萎縮して動けなくなってしまうほどの迫力。
「喧嘩だろ。どうでもいい」
無視して逃げてやろうと思うが、祐一は羽交い絞めにされているのが副会長のアンジェだと気づく。
「……お前ら魅男子高か」
私服を着ているのでわかり辛いが、少年たちは質問には答えずニヤニヤとした笑みを浮かべる。
「
「ちょっとナンパしただけの俺様の舎弟を、思いっきりはたき倒してくれよってな。断るにしてももうちょい方法あるやろってことで、全員とお話してる最中や」
「そうか、どうやら昨日の忠告は生きなかったわけか。プライドや正義感が高いのは結構だが、そのせいで自分が輪■されかかってたら世話ないな」
アンジェと祐一は学校内で犬猿の仲。助ける義理は微塵もない。
見たところ少年たちは10人以上。普通に出くわしたとしても面倒なので逃げる人数だ。
「お前がリーダーか」
「そうじゃ。ん……お前どっかで見た事ある気が」
「一応言っておくが、そいつは
「心配ご苦労さん。ちょっとエッチな写真撮らせてもらったら、どんな資産家もダンマリよ。金持ってる親ほど娘が可愛いからな。ツブヤイターで娘のポルノは見たくねぇだろ」
「その感じでは初犯じゃなさそうだな」
「どうだろーなぁ?」
下卑た笑みを浮かべる少年たちが祐一を取り囲む。
【もうじきジャイアントニンニクが逃げちゃうぞ。早く追いかけよう!】
「じゃあ俺のジャイアントニンニク逃げちゃうから行くな」
祐一の中では完全にジャイアントニンニク>アンジェだった。
呆気にとられる少年たちを無視して踵を返す。
「おっ、お前!」
「兄貴もうほっときましょうや。モンポケ好きに悪い奴はおりませんて……」
「お前自分のこと良い奴や思てんのか?」
祐一の背後で再開される婦女暴行。
アンジェ自身も敵対している祐一が助けてくれるとは思っていなかった。
義理で警察でも呼んでくれれば御の字。
しかし小さくなっていく彼の背を見ると涙がポロポロと零れた。
本当は助けてと言いたかった。でもそれは彼女のプライドが許さなかった。
前日に
自分の周りを跳ぶハエをひっぱたく感じで他校の生徒に手を挙げた。すると続々と数を増したヤンキーたちに追い詰められ、こんな逃げ場のない場所に来てしまった。
「助けなんて……いりませんわ」
「兄貴、こいつ泣いてますぜ」
「かわいそうやのぉ。すぐ嬉し泣きにさせたるからな」
アンジェは自分を羽交い絞めにする男の手をめいいっぱい噛んだ。
油断していた少年は絶叫をあげ、腕を離す。
「いってぇ!」
「あっ、逃げたぞ!」
「追え! 逃がすな!」
一人の少女を追いかける10人の少年達。
彼らはアンジェに手を伸ばすと、背中から遠慮なしにブレザーを引き裂き、ブラウスを破り、スカートを引きちぎる。
彼女はそれを無視して走り続ける。ずり落ちたスカートにつんのめりそうになったが、なんとかバランスを保って走り続けた。
「おら、剥け剥け!」
「おい、エレベーターにいる奴、誰も地下におろすなよ! 階段も張っとけ!」
「そっち行ったぞ! 回り込め!」
「狩り楽しいぃぃぃぃーー!!」
アンジェはプライドをズタズタにされながらも必死に逃げる。衣服なんて気にしている余裕はない。
「はっはっはっ!」
息が苦しい。でも階段を上がれば人がいる、しかしチンピラたちの手が彼女の肩にかかり無理やり押し倒されてしまう。
「タッチダウン失敗やな。なかなかおもろかったぞ」
アンジェは射殺すような目でリーダーを睨むと、ぺっと唾を吐きかけた。
「このアマほんまなめとんな」
リーダーは力加減なしで、アンジェの頬をひっぱたいた。
キャンと犬のような悲鳴が上がる。
「こういう奴はな、ちゃん躾けてやらんとあかんからな」
リーダーはもう一度手を振り上げる。
アンジェは痛みに備えて歯を食いしばった。
だが、いつまで経ってもその手は振り下ろされなかった。
薄く目を開けてみると、そこには振りかぶられた手を握った祐一の姿があった。
「モンポケは終わりだ。次はリアルモンスターハンターをやることにする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます