第11話 アンジェは穿いてないⅡ

 アンジェはパンツ丸出しのままソファーへと腰掛けると、優雅な所作で脚を組んだ。

 全員が天然露出狂に困っていると、いろはは彼女が持ってきた紙袋に気づく。


「副会長、この紙袋は?」

「校則違反者から取り上げたものですわ」


 どうやら風紀委員の仕事をしている最中猫に出くわし、そのまま猫を追いかけて壁尻になった後、脱出に成功するもスカートがずり落ちていることに気づかず、そのまま生徒会室までやってきたらしい。

 彼女の放課後の行動が完全に浮かび上がると、やっぱりこの人バカなんじゃ? という疑惑が持ち上がる。


「没収したものってなんですか?」

「見てみればわかりますわ。くだらないものです」


 いろはが紙袋を覗くと、そこには携帯ゲーム機が山ほど入っていた。


「何かモンスターの通信進化をやっていたとか。いい歳をして学校でゲームなんてありえませんわ」


 スカート穿き忘れもありえないけどなと思う生徒会面々。

 が、先ほどからアンジェはチラチラと没収した品を見ている。


「副会長はゲームはしないんですか?」

「そ、そんなのしたことありませんわ。ゲームなんて時間の無駄ですから」


 実に彼女らしい意見。しかしレオは彼女のやり方に反対する。


「強引な没収は生徒からの反感を招く」

「何をおっしゃるんですの。悪いことをしているのは向こうなのですよ!」

「厳密に言えば砂倉峰にゲーム機はダメという校則はありませんけどね」

「今の時代スマホがゲーム機みたいなものだから、じゃあスマホはいいのかってなるのは当然ね」


 本屋といろはが校則について言うと、アンジェはありえないと声を張り上げる。


「常識で考えればダメなことくらいわかりますわ!」


 ゲームを没収された生徒も、ケツ丸出しの女に常識を語られたくはないだろう。


「そんなことを言って、この前も絡んできた他校の生徒を返り討ちにしたと聞いた」

「当然ですわ。このわたくしに生意気などと言ってきたのですよ。”指導”が必要だと思っただけです」

「お前の正義感は美徳だが、周囲に敵を作っていることに気づけ」

「そんなものが怖くて風紀委員なんてできませんわ!」


 すくっと立ち上がりカッコイイポーズを決めるアンジェ。


「私はお前が火種になっているんじゃないかと言っている。締め上げれば反発するのが人間だ。正しい秩序が善き秩序になるとは限らん」


 レオの鋭い視線が突き刺さる。


「わ、わかりました多少は控えますわ……」


 ケツ丸出しで怒られるアンジェ。いろはは先に怒るべきところがあるのでは? と思う。

 空気が重くなった生徒会室をなんとかしようと、本屋がパンと手を打って話題を変える。


「そ、そうだ、わたしはスマホでパズルゲームとかするんですけど、生徒会長はゲームなんてなさりませんよね?」


 そう聞くと、意外なことにレオはいやと首を振った。


「自分ではやらないが動画で見ることはある」

「へー、意外ですね。ちなみにどのようなものを見るんですか?」

「ゲーム実況という奴で、一人気に入っているのがいる」

「あっ、もしかしてイワッチマンさんとかマシリトさんとかですか?」

「そんな有名じゃなく無名だなアレは。毎度過疎過疎と煽られている」

「会長にそのような趣味が」


 いろはは「うんうん、いいよねゲーム実況」と思いながら紅茶の入ったティーカップに口をつける。


「ボッチチャンネルという奴で、多分誰も知らないだろう」

「ゴホッ!」


 いろはは盛大に紅茶を吐きこぼした。


「大丈夫ですか八神さん!」

「だ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけ」


 すると


「副会長、ゲーム機返してくれ。俺が没収された奴を代表してやってきた」


 噂をすれば影と言うが、ガチャリとドアを開けて入って来たのはヤンキーの桧山U1。

 彼はアンジェと目と目が合うと、一瞬表情が硬直し――


「なんでスカート穿いてないんだ」


 生徒会の誰もが言えないことを言った。



 その後は悲鳴をあげるアンジェ。蹴りまわされる祐一。何事もないかのように仕事を続ける生徒会と、混沌とした空気が広がる。


『ほんっと信じられませんわ!』


 トイレからくぐもった声が聞こえる。

 スカート穿いてないことを気づかされたアンジェは、着替えを持っていない為トイレから出られなくなってしまう。


「生徒会室でケツ丸出しにしてる方が悪いだろ」


 ぐうの音も出ないくらいの正論。

 むしろ黙って殴られた分、彼の方が大人である。


「桧山祐一。ゲームを返しても良いが条件がある」


 不意にレオから取引を持ち掛けられ驚く祐一。


「あの通り、アレが外に出られなくなってしまった。彼女のスカートを探して来てほしい」

「なんで俺が」

「とって来てくれたらゲーム機は全て返そう。それとここであったことを黙っていてくれれば、今後学校内でのゲームも多少のお目こぼしをしよう」

「話が分かるな」

「姉としては一応妹の名誉を守ってやらねばならん」

「なるほどいい姉だ……」

『お姉様! そんな男に譲歩する必要はありませんわ!』

「トイレで騒ぐな。貴様はその格好で家に帰るつもりか?」

『うぐ……それは』

「というわけだ。裏門近くに破れたフェンスがあるそうだ。どうやらそこでなくしたらしい」

「わかった」

「会長、一人じゃ心配なので私も行きます」

「いいだろう」


 レオは頷くと、祐一といろはは裏門へと向かう。



 既に日が落ちつつある裏門付近。


「なぁ委員長、あの女バカなのか?」


 祐一の火の玉ストレートな感想が飛ぶ。


「カタログスペックは優秀な人よ。中等部時代はテニスで大きな大会に優勝したらしいし」

「ならテニス部入れよ。なんで生徒会なんだ」

「わからないけど、何か理由があるんでしょ」


 二人は暗い裏門のフェンスを調べると、金網が円形に破れた場所を見つける。

 確かにここならば衣服が引っかかってもおかしくはないだろうと思うが、そこにスカートはなかった。


「ないな」

「ないわね。風で飛ばされたのかしら?」


 そのまま探してみるが、スカートは見つからない。


「ほんとにここで落としたのか? 落とすってのも意味わかんねぇけど」

「らしいわよ……私にもそんな経験ないからわからないわ」


 祐一はスマホで今から一時間程前の気象情報を確認し、どの方向に風が吹いていたかを調べる。


「東南だから、校舎裏の方だな」


 校舎裏へと向かっている最中、いろははガラの悪い生徒数人が遠巻きにこちらを見ていることに気づく。


「あれ、お友達?」

「ああ、ゲーム機を没収された連中だ。顔はいかついが悪い奴らじゃない」

「でも大分怒ってる感じね」

「そりゃ頭ごなしに正論振りかざされて、高いゲーム機取り上げられたらな」

「あなたがとりなしたの?」

「ああ。砂倉峰ウチ生徒ヤンキーに関しては俺とヘイジの言うことを聞く。そうだ、1年が副会長と魅男子びだんし高の連中が喧嘩しているのを見たって言ってる。副会長にあいつらに手を出すのはやめろって言っておいてくれ。砂倉峰と魅男子は今抗争中だからな」

「抗争? 喧嘩してるの?」

「魅男子とは昔から仲が悪いが、今は特に悪い。あいつら女でも手を出すと普通に喧嘩になるぞ」

「なるほどね。さっき生徒会室でも問題になってたから、多分控えてくれると思うわ」

「気をつけろ魅男子は腐ってる奴多いから面倒買うと後悔するぞ」



 他校のヤンキーの話をしながら校舎裏へと向かうと、確かにスカートはあった。だが――


「あれは取れないわね……」


 スカートは学校のすぐわきを流れるドブ川の、ちょうど真ん中辺りに突き刺さった木の枝に引っかかっていた。


「凄いところにあるな。川に落ちてないのが奇跡だ」

「でも明日には川に浮かんでるわ。会長に報告しましょう」

「なんでだ? ここ大して深くないぞ」

「深くなくても不衛生だわ。ゴミが多いし、ガラスなんかが落ちてるかもしれない」

「まぁそれもそうだが」

「と、言いつつ、なぜあなたは上着と靴を脱いでるのかしら?」

「ゲームの為だからな。あれがないとモンポケの配信ができん」


 祐一はズボンの裾をまくって、川の中へと入っていく。

 川底の泥がかきあげられ、酷い臭いが鼻をつく。しかし構わず川の中を突き進み、旗みたいになびいているスカートを回収する。

 彼は川の水で汚さないよう、スカートを丸めて戻ってきた。

 川から這い出してくると、ドブの酷い臭いが鼻を衝き、泥にまみれた黒い水が足元を汚す。


「よくやるわね」

「委員長これ届けてやってくれ。俺足洗って来るから」

「わかったわ」


 いろははスカートを受け取ると学校へと戻っていく。



 その様子を生徒会室から見守る人物が三人。


「よくやる……」

「ウチの生徒じゃ彼ぐらいしかできないですね」

「…………」

「アンジェ後で礼を言っておけ」

「な、なぜわたくしが……大体わたくしはあの男に下着姿を見られたのですよ」

「見られたではない。お前が勝手に見せたんだ」

「ぐっ……い、嫌ですわ。あんな下賤な男に……」



 生徒会室からゲーム機を持って戻ってきたいろはは、グラウンドの隅にある手洗い場で足を洗う祐一の元に戻ってきた。


「はい、これゲーム」

「ありがとう」

「何か生徒会に言いたいことがあるなら聞くけど」

「さっき言った通り魅男子高に手を出すな。あと副会長にはもう少し学生らしい下着を穿けと言っておいてくれ」

「あら、ああいうゴリゴリにエロいのは嫌い?」

「めっちゃ好きだ」


 いろははクスリと笑うと、伝えておくわと返す。


「じゃあな。生徒会長に礼言っといてくれ」

「わかったわ」


 いろはは祐一の背中を見送りつつ考える。


「そっか、ああいうのが好みか」


 と一人呟くと、スマホからファッション通販のサイトを開いた。

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