第10話 アンジェは穿いてないⅠ

 生徒会室にて事務作業を行ういろは達生徒会役員。

 砂倉峰高校にはフランスに姉妹高があり、毎年交換留学が行われている。大谷退学とほぼ同タイミングでやって来たアンジェ・ブルーローズとレオ・ブルーローズは、留学生でありながら学年トップの成績を叩き出し、一躍人気を確立すると生徒会会長と副会長に就任した。

 一部には転校生のくせに……とやっかむ者もいたが、大半の生徒はそのあまりの美貌とカリスマによって黙らされてしまう。

 いろはが和の美しさだとしたら、彼女達は西洋の気品ある美しさ。

 慎ましさではなく、ある種暴力的な美しさが人をひきつけ釘付けにする。

 彼女らのおかげで黒い噂の立っていた生徒会は、アイドル事務所張りに人気が沸騰、生徒会には美しい人間しか入れないというレッテルまで張られる始末。


「やっぱりレオ様ってオーラありますね」


 そういろはに耳打ちしてきたのは図書委員の本屋もとやみちえ。本当は書記として起用される予定だったのだが、彼女は生徒会なんて恐れ多いと断ったのだ。

 そのかわりお手伝いするだけなら大丈夫ですと言ってくれたので、度々生徒会の仕事を手伝ってもらっている。

 見た目は今どき珍しい瓶底メガネをかけた文学少女で、とにかく字が綺麗。愛称は本屋ほんやちゃん。


「そうね、ブルーローズ家は古くから続く貴族らしくて、お父様が騎士勲章を持っているそうよ」

「き、騎士ですか!? ほえー凄いですね。確かにレオ様って映画女優みたいでカッコイイです。今ジャンヌ・ダルクの本を読んでるんですけど、レオ様ってそのイメージにぴったりなんです」

「確かにカッコイイ女性だと思うわ」

「あっ、八神さんも勿論綺麗でカッコイイすよ!」

「いいのよ、そんなに気を使ってくれなくても」


 いろはがクスリと笑うと、本屋はワタワタと手を振る。


「ほ、本当ですよ? それに大谷先輩があんなことになってなくて、あのまま前生徒会が続行してれば生徒会長になったのは八神さんだったと思います」


 大谷退学後に開かれた臨時の生徒会選挙。立候補したのはまさかの留学生レオ一人で、信任投票になった。

 砂倉峰には生徒会長が他役員を任命する制度があり、生徒会長がかわるイコール現生徒会の解散を意味する。

 元からいろはは生徒会を辞めるつもりだったので、いい機会だと思っていた。しかし驚いたのはレオがいろはをそのまま生徒会役員として任命したのだ。

 彼女は生徒会に関わる資格はないと断ったが、教師に「現生徒会役員が一人もいなくなるのは困る」と再三に渡る説得を受けた。

 知ったことかと思ういろはだったが、祐一に「なんだ委員長生徒会やめるのか? 委員長のその制服結構好きだったんだけどな」という言葉で続行を決意した。


「まっ、私が生徒会にいるのは義理だから」

「な、なんだかカッコいいですね」


 制服姿好きと言われて舞い上がってしまっただけだ。

 ただ自分一人でも、敵だらけの祐一を守ってあげなくてはならないと思ったのは本心である。


「生徒会の皆さんってやっぱりお上品でいいですよね。スタイルも凄くいいし……」


 本屋は自身の慎ましい体つきにため息をつく。


「大丈夫よ。まだ成長期だもの」


 フォローするいろはだったが、本屋はジトっとした目で彼女の胸を確認する。


「いろはさんって着やせしてますよね……」

「そ、そうかしら?」

「何カップなんですか?」

「知ってる? 女同士でもセクハラって成立するのよ」

「それで煙に巻こうとしないで下さいよ。ちなみに私はAカップです」

「き、汚いわよ、自分のを勝手に宣言してこっちも言わなきゃいけない空気にするの」


 案外Sっ気のある本屋といろはが話をしていると、生徒会室の扉がバーン! と勢いよく開かれた。


「ホーーッホッホッホッホ! アンジェ・ブルーローズただいま戻りましたわ!」


 高笑いと共に入って来たのは副会長兼風紀委員のアンジェ。

 相変わらず登場するだけでうるさい。アンジェは見てくれは100点に近い美貌を誇るのだが、言動にちょっと残念なところがある。

 彼女はいつも通り自慢の金髪縦ロールをなびかせるが、髪には葉っぱや土が付着しており、制服も酷く汚れている。

 しかしそんなことよりおかしいのは……。


「副会長、なぜスカートを穿いていないのかしら?」

「さ、さぁ……そこに触れていいんでしょうか?」


 アンジェはなぜか上は制服だが下は黒のドギツイ下着姿だった。

 それに対して執務中の生徒会長レオがチラリと視線を向ける。


「……アンジェ、なぜお前はそんなに汚れている」

「え、えぇ~っと……少し運動をしていて……」

「獣の毛がついているように見えるが」

「その……あの……猫を追いかけていたら、裏門近くのフェンスにはさまってしまいまして……」

「フェンスにはさまった?」

「フェンスが破れているところがあって、そこに猫が入って行ったので……」

「突っ込んだら抜けなくなったのか?」

「は、はい……」


 アンジェは人差し指を合わせて恥ずかしそうにしている。

 いろはは前々から感じていたことだが、生徒会長のレオは間違いなく天才だと認めているが、アンジェの方はよく言って天然、悪く言っておバカさんなのでは? と思っている。


「いろはさん、壁尻って奴ですよ」

「なにそれ?」

「お尻を突き出したまま壁に挟まって身動きが取れなくなる状態です」

「そんな言葉あるのね。面白いわ」

「くっ殺ですね。悔し気なアンジェ様。しかし動けないアンジェ様に伸びる男達の手……くっ殺せ……と気高く最後まで抵抗しますが、下卑た笑みを浮かべる男達はアンジェ様の体を無茶苦茶に――」

「本屋さん、唐突にトリップするのはやめて」

「し、失礼しました。女騎士の壁尻って熱いシチュですよね」

「あなたは何を言ってるの?」


 どうやらアンジェはその壁尻とやらになって汚れてしまったらしい。

 恐らくスカートがないのはフェンスから脱出した時に脱げてしまったが、それに気づかず生徒会室に戻って来たと。


「そんなことある?」


 本屋に聞くと、彼女は困った顔をして「さぁ……?」と首を傾げる。


「汚れている、衣服を正せ」


 会長が暗にお前スカート穿いてないぞと言うと、アンジェは制服のポケットからコンパクトを取り出し、髪の汚れを払っていく。


「うん、これで完璧ですわ」


 生徒会室にいた全員が思う。

 違うそうじゃない。

 お前尻丸出しなんだよと。


「言った方がいいのかしら」

「でもアンジェ様プライドが高いですから……」


(想像アンジェ)

「まぁわたくしったらこんなはしたない格好で校内を歩いていたなんて! もう二度と学校にはこれませんわ!」


 以後不登校に――。


「なんてことになるんじゃ……」

「考えすぎじゃない? というかこの状況で誰か男の人が入ってきたら大変よ」

「た、確かに。な、なにか自然に気づかせる方法は……」


 すると会長は視線でティーセットを指す。

 いろはと本屋は一瞬でその意図に気づく。


「紅茶を飲ませて、トイレに行かせるのよ」

「なるほど、トイレなら絶対気づきますからね!」


 本屋は生徒会室にあるティーセットを取り出し紅茶を淹れる。


「体の暖まる紅茶はいかがでしょうか?」

「そうですわね」


 ※紅茶には利尿作用があり、通常の水分を摂取するより遙かにトイレに行きやすくなる。


「ありがたくいただきますわ」


 本屋の淹れた紅茶を受け取るアンジェ。

 いろははそこに拍車をかける。


「副会長。紅茶一気飲み美容法って知ってるかしら?」


 アンジェは一瞬なにそれ? そんなのあんの? という顔を浮かべる。


「まぁ博識な副会長なら知っていて当然でしょうけど」

「…………え、えぇ勿論知ってるわ。あのーアメリカか中国かロシア辺りが見つけたアレでしょう?」

「さすがですね。中国発祥でヤムチャを起源とした美容法らしいですよ」


 いろは。息を吸うかの如く、真顔で嘘を並べる。

 しかしアンジェそれに気づかず喜ぶ。


「ま、まぁ中国は4000年のヤムチャの歴史がありますからね」


 その通り。適当なことを言っても4000年あれば大体何かある。


「紅茶を駆けつけ三杯飲み干すと、肌の保湿率が200%を超えるらしいですよ」

「200!? なるほど……ではなく、当然知っていましたわ。本屋さん紅茶を三杯入れて下さるかしら?」

「は、はい」


 200もあったら肌ビチョビチョでは? と思いつつ本屋は紅茶を三杯入れる。

 乗せられたアンジェは紅茶を一気に3杯飲み干すと、彼女達の予想通り生徒会室備え付きのトイレへと入って行った。


「ふぅ、これで大丈夫ね」

「そうですね。一時はどうなることかと思いました」


 水洗の音が鳴りトイレからアンジェが出て来ると、ごくごく普通にハンカチで自分の手を拭いていた。

 全員の頭に『!?』が浮かぶ。


「えっ、なんで気づいてないんですか……。なんで当たり前のように用を足して出てきてるんですか? 普通気づきますよね? もしかしてあの人見せてるんですか?」

「わからないわ。もしかしたらあれがおフランス流なのかもしれない」


 いろはは自分でも適当なこと言ってるなと思う。

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