第6話 もうあいつ殺そう(提案)

 翌日――


 本日の授業もつつがなく終わり、教壇では担任の寺岡達夫(44)が生徒名簿片手にHRを行っていた。


「うぉっほん、近頃SNSや動画サイトにて不謹慎な画像や動画を載せている学生がいると父兄より連絡が入っている。まさかとは思うが、このクラスに動画配信をやっている人間などおらんだろうな?」


 クラスのうち一体何人がビクッとしたことか。それくらい動画配信は身近であり、特別な行為ではない。

 ただごくわずかにリテラシーの伴わないユーザーが、ネット上に不謹慎な動画や画像を上げるのも事実だった。


「お前たちの歳で炎上なんぞしてみろ。その時点で人生終わるぞ。なぁ聞いているのか桧山!」

「はぁ……」


 別に寝ていたわけでもないのに名指しされた祐一は眉をひそめる。

 寺岡が見た目ヤンキーな祐一を引き合いにだしてくるのはいつものことなので、さして気にしてはいなかった。


「ネットでは相手の顔が見えん。そのことにより頭の悪い誘惑に釣られ、薬物に手を染めるものや、SNSで知り合った悪い大人に裸の画像を送ってしまい脅迫されていますなんて抜かすバカがいる。言っておくがワシはそんな大バカは一切助けんからな! 自業自得だ!」


(相変わらず寺岡は言わんでも良いことを言うから好きやわ)

(敵役としてだろ)

(あいつがどんな不幸な目にあっても心痛まへんとか最高やろ)

(言い方はきついけど、言ってることはそんなに間違ってもないんだよな)


 ヒソヒソと今宮と担任について話す祐一。


「もし本校の生徒で、動画配信などを行っている場合は学校へ通報するように」


 それは困ると祐一は手を挙げる。


「なんだ桧山。お前みたいな腐ったミカンがいっちょ前に質問か?」


 するといろはがすっと声を上げる。


「先生。生徒に対してその言い方は問題があります」

「あぁん? なんだ八神、お前は生徒会のくせにやたら桧山を庇うな。まさかお前らデキとるんじゃないだろうな? こんな奴と付き合ってみろ。周りにバカ扱いされるだけじゃなく、親が泣くぞ親が」


 いろはは一見涼しい顔をしているように見えたが、開いていたノートを掌でグシャりとわし掴んだ。

 隣の女子がビクッとしていろはをなだめる。


「せ、先生も八神さんと桧山君が本当に付き合ってると思って言ってないと思うよ……」

「そっちじゃないの」

「?」


 尚も続く寺岡のモラルのない言葉に、生徒たちは口々に「最低」「教師やめろ」などと囁く。


「騒がしいぞ、黙らんか!」


 寺岡は怒号と共にダンッと教壇を叩くと、皆一斉に静かになった。


「それでなんだ桧山」

「見かけ次第通報っておかしくないですか? 別に動画サイトは誰にでも使えるわけですし、利用規約で学生の配信を禁止してもいません」

「サイトの利用規約なんぞ知ったことか! 我が校では禁止しとるんだ!」

「先生、砂倉峰にそんな校則はありません」


 いろはが訂正すると、寺岡はバンバンと教卓を叩いた。


「今は禁止になってないだけで、いずれワシが禁止にする! 我がクラスでは校則改定前から施行するだけだ!」


 クラス全員から「無茶苦茶だよ……」と呆れた声が出る。


「お前らは生徒の自由を守れと言いつつ、いざ問題を起こしたらセンセイ助けて下さいと言ってくるのは目に見えておる! インターネットに触れるからそういうことが起きるんだ!」


 そんな車に乗らなければ事故は起きない的暴論を振りかざされ、生徒の不信感はたまる一方である。


「先生、それならせめて学生投票で――」


 祐一が食い下がろうとすると、寺岡は声を荒げる。


「うるさいぞ犯■者が!!」


 しんと周囲の音が消える。

 寺岡も自身の失言に気づき、ゴホンと咳払いする。


「と、とにかく、ネットに関してはこちらも目を光らせておく。通報されないからと言ってワシに見つかれば一発アウトだからな!」


 寺岡は以上だと鼻息を荒くし、逃げるように壇上を去っていく。

 今岡は去った寺岡を見て舌を打ち鳴らした。


「アイツもうほんま死んだらええな。一発停学くらってもええから思いっきりはっ倒したろか」

「よせ。親に迷惑をかけるな。まぁ教師としてもリスク管理は必要だし、寺岡の言ってることも理解できる」

「よくあんなこと言われて冷静でいられるわね」


 いろはが腕組みしながら祐一の席の前に立っていた。


「悪いな委員長。俺のせいで変な絡まれ方した」

「いいわ、慣れてるから。それよりあなたの方が心配よ」

「ま、事実だしな」


 今宮といろはは苦い顔をする。

 前科持ち……祐一は過去に傷害事件を起こしたことがあった。

 なんてことはない、ヤンキーが一般男性を殴ったというごくごくありふれた事件の一つで、地方新聞にすら載っていない一般人同士のトラブル。

 しかしそれは生徒会が彼をマークするのに十分すぎる理由であり、罪歴は今後一生彼の背中に重くのしかかる十字架である。


「冤罪じゃ冤罪……あんなもんが罪になる日本は間違っとる……」


 事情を知る今宮は苦々し気に呟いた。


「話戻すけど桧山君、動画配信やるなら気をつけなさい。寺岡先生のことだから本当に動画サイトVステ見張ってるわよ」

「委員長が理解ある奴で助かるよ」

「どうせ寺岡やし三日坊主やろ。あいつが自主的にやることで長続きしたことあらへんがな」

「確かに前に毎日服装チェックをやるって言いだして三日で終わったわね」

「やる気はあるんだけどな。根気がない」

「なんか実績を作りたいんやけど、力も人望もないから全てが中途半端でただウザいだけの教師。それが寺岡」

「普通あの歳なら一回くらい学年主任してるはずね」

「人格に問題があるからな。他の教師がまともで助かるわ」

「でも学校って基本年功序列だから、そのうち学年主任になるわよ」

「その頃にはワイらは卒業しとるやろ」

「委員長は俺の味方なんかしない方がいいぞ。あれでも担任だからな内申に響く」

「大丈夫よ。そんなことできないくらい私優秀だから」


 祐一はいろはの前回のテストが学年1位だったことを思い出す。


「そうだったな。でも何にしても俺に肩入れしない方がいい」

「なんでやねん、ええやろ別に。ワイ委員長だけは生徒会のメンバーで好きやねんぞ」


 確かにいろはは生徒会の人間だが、中立の立場でい続けてくれるので祐一としても頼れる存在だった。


「気になってたんだが、なんで委員長は俺に肩入れしてくれるんだ?」


 その発言を聞いて今宮が目を丸くする。


「お前……本気で言うてんのか?」

「なにが?」

「委員長がお前に惚――」


 広辞苑が今宮の頭に突き刺さり、一瞬で事件現場と化す。(名探偵的BGM流しながら)


「なんにしても配信するなら、用心して一週間くらい休んだ方がいいかもしれないわ」

「お、おう」


(一週間か……)


 少しは自粛した方がいいだろうかと思う祐一だった。



 帰宅後――


「ってことが学校であった」


 夕飯時、祐一の作った肉みそキャベツと唐揚げをかっ喰らう響風。

 彼は寺岡に中傷されたことだけは言わなかった。


「ふーん、ウチのクラスはそんなこと言われたことないけどね」

「多分寺岡のマイルールだろうな」

「嫌な担任だな。来年そいつに当たらないか心配だ」

「俺は三年に上がってもあいつが担任になりそうな気がしている」

「いいぞ嫌な奴は皆兄者のほうに行け。それにしても兄者は自粛した方がいいんじゃない? 動画で顔は出してないけど声だしてるし、つかU1とか本名そのまんまだし。その寺岡? ってのに見つかったら配信できなくなるかもしれないぞ」

「だよなぁ」

「まぁ過疎実況だし、バレないかもだけど」


 祐一は響風が食べようとしていた肉みそキャベツの皿を取り上げる。


「うあぁぁそれくれよ! ごめんよ過疎実況って言って!」

「聞こえんなー過疎実況者だからかもしれない」

「すねんなよ!」

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