第5話 桧山祐一は語らない
その日の放課後、祐一と今宮は生徒会に呼び出されていた。
別段悪いことをしたわけではなく、美化委員の月次報告に駆り出されただけだ。
赤絨毯の敷かれた、広々とした生徒会室に呼び出された各委員会役員たち。皆比較的真面目そうな生徒ばかりで、和気あいあいと話をしている。
「今日終わったら委員全員でカラオケ行かない?」
「行く行く」
「皆で親睦深めてパーリィーしようよ!」
「いいねいいね、あたし達パリピだし!」
「アフターファイブでテンアゲっちゃう?」
「「「ウェーイ!!」」」
騒がしい生徒会室の扉がガラッと開く。
「この後パリピでテンアゲらしいぞ。そやったらワイらもマジ
「そうだな。関節技はあまり得意じゃないんだがな(威圧)」
The悪人面の祐一と今宮が生徒会室に入った瞬間、騒がしかった生徒は水を打ったように静まり返った。
本人たちに全くそのつもりはないのだが、強力な
「なんやパリピでテンアゲちゃうんか? 急に葬式みたいになりよったぞ」
「パーティーまで気を溜めてるんだろ」
「あぁ、あいつら元気玉みたいなもんやしな。そんで主催は誰やねん」
今宮が探すと、全員の視線が体育委員のアイツですと向く。
「お前か。ワイらもパリピに呼ばれたいんやけど、今日どこ集合や?」
「いや……その……今日はなくなった、というかなんていうか……」
「なんやなくなったんか? なんでや?」
「その、皆調子悪いみたいで……」
「あんな騒いどったのにか?」
「は、はい。うぅ、お腹の調子が……」
「残念だな」
「ほなまた誘ってくれよ。ワイらもパリピりたいんや。わかるやろ? 絶対参加するから勝手にやんなよ」
「う、うん」
絶対誘ってくれなそうな体育委員を尻目に、美化委員の二人はどかっと席に腰を下ろす。
(なんであのヤンキーコンビが美化委員なんだよ!)
(知らないわよ!)
(恨むぞ二年……)
「お前も意地が悪いな」
「なんやねんワイはほんまにパリピを知りたいだけやぞ?」
「天王寺が怒るぞ」
「なんでそこで女の名前が出てくんねん」
【天王寺ゆか】関西に住む今宮の彼女であり現在遠距離恋愛中。恐妻家として有名である。
「女が怖くて遊びに行けんようになったら男は終わりやぞ。男はいつだって
不意に今宮のスマホが震える。画面に一瞬だけFrom天王寺とだけ見えた。彼はサッと内容を確認すると目を二、三度しばたたかせた。
「ユウイチ、ワイは浮気する男はクズやと思う。男はまっすぐ家に帰って家庭を守るべきや」
「何書いてあったかは知らんが、とりあえず怖いことが書いてあったとだけはわかるな」
ばっちり手綱を握られている今宮と共にしばらく待つと、開始予定時間より少し遅れて生徒会役員たちがぞろぞろと入って来た。
いろはを含むホワイトカラーの制服を着た生徒会役員。
誰もかれもが私秀才で、金持ってますけど? と言わんばりの真面目そうな雰囲気をしている。
その中で特に異彩を放つのが、今どき珍しい金髪縦ロールの副会長兼風紀委員長のアンジェ・ブルーローズ。白の生徒会制服の中で唯一風紀委員長専用の黒の制服を着ている。祐一と同学年で高飛車な性格とプライドが高いことで有名。容姿、運動神経共に抜群であり後輩からも人気がある。
正義の風紀委員ということで祐一たちと相性が悪く、喧嘩になるのは大体彼女である。
そしてもう一人、長く美しい
生徒会長のみに許された金の飾緒を身に着け、そのあまりにも
校内学力テスト、体力テスト共に1位。高校生とは思えない大人びた容姿、姉妹揃ってグラマラスな肉付きをしており、更に全国ピアノコンクール1位と芸術面にも隙はない。
死角はありません無敵ですを地で征く無敵の帝王、それがレオ・ブルーローズ。
「見ろ祐一、悪の女幹部みたいな奴らが勢ぞろいしとる」
確かに今宮が言わんとすることはわかる。
副会長アンジェと理知的ないろはが両サイドに立ち、一番奥の生徒会長席に威風堂々としたレオが座ると、悪の女幹部勢ぞろいに見えてしまう。
「去年まで生徒会室なんか物置部屋と同レベルやったのに、あいつが生徒会長になってからこんな成金みたいな部屋にしよった」
「寄付金が凄いんだろ? 教師も生徒会には下手に逆らえないからな」
「教師が生徒にこびへつらったら終わりの始まりやぞ」
アンジェは祐一たちに気づくと露骨に顔をしかめる。
「あらあら美化委員じゃなくて、美化される方が来たんじゃありませんこと?」
「うるさいわ。遅れてきてガチャガチャ言うなやクロワッサン」
「クロワ……!? ほんと品性の欠片もありませんわね。これだから男という生き物は」
今宮がアンジェの皮肉を返すと、それに反発しにらみ合う。
ヤンキーと生徒会の仲の悪さは、恐らくどの学校も共通だろう。この砂倉峰高校も例外に漏れず犬猿の仲である。
そんな緊張した雰囲気の中、各委員会の月次報告が始まる。
内容としては大したものではなく、今月こんなことがありましたーとか、別に何もありませんでしたーなどもザラである。
約一時間程の無為な時間を消化すると、空気の悪い生徒会室から皆逃げるようにして去っていく。
祐一たちも立ち去ろうとすると、不意にいろはに呼び止められた。
「少し待って美化委員。あなたたちには来月行う野外清掃のプリントを作ってほしいの」
「あぁ、そんなんやるぅ言うてたな」
「それならもうできてる」
祐一はアンジェに仕上がったプリントを手渡す。
「ぐっ、この無駄に高いクォリティー。ヤンキーのくせに……」
「ウチの祐一は優秀なんじゃ。なめんなよ!」
「今宮君は何もしてないのね」
「ワイは頭脳班やからな」
「フン、親分の横でがなるチンピラでしょう?」
「なんやとこのクロワッサン女。ワイは女でもグーで殴れる男やぞ」
アンジェと今宮が喧嘩になりそうなのを見て、いろははすっと広辞苑を手に取った。
「や、やめろ争いは何も産まんぞ……」
暴力反対と、足が震えている今宮だった。
すると今までプレッシャーを放ち続けていたレオが口を開く。
「桧山だけ残れ」
「なんやお前”また”目つけられてんのか?」
祐一は校内で喧嘩が起こる度に生徒会に呼び出され、事情聴取を受けている。9割は冤罪なのだが、まるでここで起きた問題は全て貴様の責任だと言わんばかりに生徒会は祐一をマークしている。
彼が度々生徒会室に連れていかれる様は、まるで看守と囚人のようと砂倉峰の生徒内では有名だ。
「お前ええ加減キレてもええぞ」
そう残して今宮が先に生徒会室を出ると、残った祐一はレオに向き直る。
鋭い眼光をした生徒会長は裁判官のように問いかける。
「……今日登校時に車の前に飛び出した生徒がいると父兄から連絡があった」
「…………」
「それは君か?」
「……ああ」
「非常に危険で”迷惑”な行為だ。絶対にやめるように」
「……そうだな」
祐一は頷いたのだが、声が小さかったのが気に喰わなかったのかアンジェがつかつかと歩み寄る。
「反省の色が見られませんわね。罰としてトイレ掃除でも課したらどうですの?」
「副会長越権行為です。生徒会は罰を与える組織じゃありません」
いろはに釘を刺され不快気に眉を寄せるアンジェ。
「冗談ですわ。それよりなにか反論でもされたらどうかしら? 毎度毎度石像と会話しているのかと思いますわ」
「…………これで終わりなら俺は戻る」
祐一はアンジェの挑発には答えず、踵を返して生徒会室の扉を閉じた。
「ふん、情けない男」
聞こえるように浴びせられたアンジェの罵倒。
桧山祐一は語らない。
交差点に猫がいたことも、暴走した車があのまま行けばリムジンに追突していたことも。
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