第4話 配信者U1――Ⅲ

 学校へと到着すると、響風は1年の教室へ。祐一は2年の教室へと向かう。


「そんじゃまた昼に」

「今日はよっちんと食べるから兄者のとこには行かない」

「はぁ!? 俺のとこ来いよ!」

「そういうのは彼女に言え」


 ケタケタ笑う響風と別れ、祐一は自分の教室へ向かう。

 妹に昼食断られて若干機嫌の悪いシスコンのお兄ちゃん。

 教室の中へ入ると、それまでガヤガヤと騒がしかったクラスメイト全員がしんと静まり返った。

 彼が窓際一番端の席に向かうと、小さな声で聞こえてくるヒソヒソ声。


「めっちゃ機嫌悪そう……喧嘩してきたのかな……」

「桧山君ってマジでやばいらしいよ。男山高校の番長チームを一人で血祭に上げたんだって」

「俺も聞いたことある。桧山君ってトラックに轢かれても死なないらしい」

「なんだよそれ異世界転生できねぇじゃん」

「桧山君にトラックがぶつかった瞬間、トラックの方が粉々に砕け散ったんだって」

「もうそれサイボーグかプレデターだろ」


 相変わらず根も葉もないうわさが立っている。

 ただトラックに轢かれて無傷だったこともあるし、ぶつかったトラックが逆に壊れたこともあるので全てが全て嘘とは言い切れない。

 どっちかと言うと真実寄りである。


「ユウイチ」


 名前を呼ばれて振り返ると、そこには健康的に日焼けして髪を金に染めた男子生徒チャラ男がいる。名前は今宮いまみやじょう。一見すると細く見えるが、腕っぷしは強く野性味を感じる少年。関西出身の転校生で、顔は祐一ほどではないが結構な悪人面。

 お互いの悪人面を見てゲラゲラ笑いあい、以降仲良くなった祐一の友人である。

 親が警察の偉い人らしく、祐一と響風がつけたあだ名は――


「おぉヘイジか。今日はなんかいつもより騒がしいな」

「そのヘイジやめんか」

「せやかてヘイジ」

「言うとくけどそんなこと言う関西人なんか希少種やぞ。……というかお前酷い顔しとんな」

「顔は元からだ」

「いや、そうやなくてやな」


 今宮がなんと言うべきかと迷っていると、異変に気付いたクラス委員長の八神いろはが近づいてくる。ショートカットに整った顔立ち、理知的な雰囲気をもつ少女は通常の紺色ブレザーではなく、生徒会専用の白のブレザーに青のスカートを纏っている。

 きっちりと制服を着こなした少女は、横髪をサラサラと揺らしながら祐一を見据える。


「おぉイインチョ相変わらず乳でかいの。ワイが支えたろ――」


 手をワキワキさせ、流れるようにセクハラした今宮は広辞苑鈍器で撲殺されて倒れた。


「お前探偵が殺されちゃダメだろ……」

「ワイはこれでええんや……。巨乳の女にドつかれるのがワイの生きがいなんや」


 業が深い。


「桧山君……」


 あっさりと今宮を撲殺したいろはは、血まみれの広辞苑を片手に祐一を見据える。


「なんだよ委員長。俺はちゃんと宿題もやってきてるし、遅刻もしてない」

「えぇ、あなたが見た目に反して優等生だということは知っているわ。でもね……」

「なんだよ」

「顔が血まみれよ」


 そう言われて祐一は車と衝突した後、そのままにしていたことを思い出す。

 道理で今日は悲鳴を上げて逃げる奴がいたわけだと納得する。


「喧嘩……してきたわけじゃないでしょうね?」


 いろはの冷たい視線が突き刺さり、祐一は「してねぇよ! ……人間とは」と声を荒げた。


「ちょっと車と喧嘩しただけだ」

「…………呆れた。あなたこの前4トントラックと喧嘩してなかった?」

「今日はプ□ウスだ。エコカーでは俺は殺せないな。バンパーにチェーンソーでもつけておけ」

「そんな殺意高いバッ□マンカーみたいなプリウス誰も乗らないわ」

「えっ、バッ□マンカーチェーンソー出るのか!?」

「あなたと話しているとバカが移りそうよ」


 いろはは額を押さえ、こいつ頭痛いわと言いたげな表情で、いいから保健室に行って来てと促す。

 仕方ないと祐一は保健室へ向かうことにした。



 保健室に到着すると、中から女生徒の声がキャイキャイと聞こえてくる。

 いつも保健室を占有し、他の生徒に迷惑をかける下級生の女子集団だ。


「アッハッハ、昨日のやまだかちょー見た?」

「見た見た。やまだんのメントスコーラ超面白かった」

「なんかいい配信者いない? できれば事務所所属してない野良がいいなぁ」


 祐一はガラッと保健室の扉を開くと、開口一番悪魔のような笑みと共に


「いいゲーム実況者いるぜ」


 そう声をかけた。

 すると女子生徒は祐一の顔を見て悲鳴を上げる。


「キャアアアッ! 二年の悪魔桧山先輩!?」

「あらゆる犯罪に手を染め、今では893すら手駒にするって言われる!」

「しねぇよ」


 ベッドの上でガタガタ震える女生徒を横目に、祐一は保健室内を見渡す。


「おい、保健の先生はどこ行ったんだ?」

「さ、さぁ、まだ職員室じゃないでしょうか!?」

「そうか……」


 祐一は仕方ないと救急箱を取り出し、適当に額を消毒して包帯を巻いていく。

 ケガが多いので、応急処置なんかは慣れたものである。

 ちょきんと包帯を適度な長さで切ると、冷や汗だくだくな女生徒を見やる。


「おい、別に話を続けてもいいんだぞ」

「えっ? な、なにがですか?」

「配信者の話だろ」


 祐一には夢があり、この学校の生徒誰でもいいから自分のゲーム実況の話をしてくれないかと願いを抱いている。

 先ほどの会話のように昨日の「ボッチチャンネル見た?」「見た見た、マジ神ってた」「やばたんやばたん」と話してほしいだの。

 だから彼女達からほんの少しでも自分の話題が出ないか期待している。


「いやいや全然。配信者とか全く興味ないし」

「ないない! ほんとマジないんで! あたしらスマホでマインスイーパーしかしないんで」

「なんでしないんだよ!」


 祐一はダンっとデスクを叩くと、消毒液の入った瓶が一瞬宙に浮く。


「「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」」

「いや、すまん。まさかそんな硬派だとは思わなかった」


 抱き合って怯える女生徒に謝罪する祐一。

 彼は処置を終えて、保健室を出る。


「ちゃんと授業出ろよ」

「「は、はい!」」


 女生徒は怯えながら返した。

 この学校の生徒が、配信者U1の話題をするのはまだまだ先になりそうだった。

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