第3話 配信者U1――Ⅱ

「多分視聴者伸びないのは兄者のバカムーブが原因だと思うぞ」


 バカムーブとは注意力が足らず見えている罠に引っかかったり、アイテムの効果を有効に利用できなかったり、ダンジョン内で道に迷ってグルグル同じ場所を周ってしまったりする、いわゆる視聴者にストレスを溜めるムーブのことである。

 響風は祐一のゲーム実況動画のアーカイブに残るコメントを拾う。


「ほら、この前のトロロンの大冒険。ダンジョンで同じとこグルグル回ってるから、リアル混乱デバフかかってますか? とか言われてるぞ」

「うるさいわ。しょうがないだろ初ダンジョンだったんだから」

「しまいには壁殴って破壊しようとするとことか狂気を感じられてる」

「いや、なんかヒビ入ってたし壊せないかなって……」

羅王ラオウかよ。どんだけ己の拳過信してるんだ。だからパワー系バカ実況者とか言われるんだぞ」

「間違ってねぇからな」

「まぁ逆にそのバカムーブを期待する視聴者が居つき始めてるのがウケるな」

「ウケねぇよ!」

「でも兄者ギャングorヒーローギャンヒーだけは上手い。この配信だけは普通のゲーム実況者っぽい」

「目の前の敵を殴って動かなくすればいいだけだからな」

「考えがサイコパス……んー後は勘がいいんだなぁ……。相手の逃げる位置とかを正確に把握してるし、ポジションの取り方がうまい。絶対不利にならない立ち回りをしてる。あたしもマジで捕まえられないときある。ってか今日はそれで負けたんだけど」

「囲まれたら負けるからな! 喧嘩の基本だぞ」

「その知識がリアルから来てるってのが恐ろしい」

「ってかそれを言うならお前はなぜ無声動画であんなにも視聴者が伸びるんだ? ただゲーム動画垂れ流しにして、たまに音声ソフトに喋らせてるだけだろ?」

「失礼なことを言うな。ちゃんと魅せプレイにこだわってるんだ。視聴者がどういう展開で勝つのかを望むのか頭に入れながら、必殺クリティカルフィニッシュとか、逆転カウンターバーストとか考えながら動いてる」

「はー……めんどくせぇ」

「自分が楽しむだけの実況者は2流、だから兄者は伸びない」

「大御所実況者みたいなこと言ってんじゃねぇよ!」


 祐一は響風の腰を鷲掴みすると、彼女から「ギニャー!」と悲鳴が上がる。



 響風が部屋に戻ってから祐一は風呂に入り、冷蔵庫の前で冷えた麦茶をグラスに注いでいた。

 その時冷蔵庫に貼られた一枚の写真が目に入る。

 その写真には両親と、幼いころの祐一、それに数人の少年少女たち。

 彼らは祐一の兄弟ではなく、この家に保護されていた子供たちだ。

 家庭環境になんらかの問題があり、親元にいられなくなった子供たちを桧山家は引き取って、皆で生活させていた。

 法律で認められたチャイルドセーフハウスという奴で、未成年を保護し生活させる児童養護施設の一つ。

 祐一の父は家庭に問題のある子供たちが自立する。もしくは引き取り先、親戚や養子縁組を行ってくれる子供が欲しい夫婦など、新たな保護者が現れるまで世話を続けていた。

 しかしこの春、最後まで残っていた入所児童の身元引き取り人が現れ、セーフハウスは祐一と響風を残して誰もいなくなった。

 それを機に祐一の父は日本での活動を一旦休止し、現在は海外のNPO団体へと出向。今は海を越えて子供たちを助けている。


「ほんと他人の子供を世話するのが大好きだよな」


 そう呟くと、上階から「ギャー負けたー」と響風の声が響く。

 響風の本名は南響風。親の虐待により裁判所が親権を剥奪、その後桧山家にやってきた。

 心に傷を負い、孤独の身であった彼女を桧山家は養子として迎え入れた。

 最初はガリガリで、見るもの全てに怯えるような子だったが、徐々に安定し今では立派な字幕系ゲーム実況者に……。


「どこで踏み間違ったんだ……」


 額を押さえる祐一。

 しかし今では高校にも普通に通えているし、どんな形であれ立ち直ってくれたことは義兄として喜ばしかった。

 響風に関しては乳がブクブク膨れて、すぐに服のサイズが合わなくなる以外心配していることはない。

 よし、とりあえず(ゲームで)響風泣かせてから気持ちよく寝るか。

 なんて義妹思いの良いお兄ちゃんなんだと思いながら二階に上がろうとすると、スマホの通話アプリにメッセージが入る。


『祐一さん、魅男子びだんし高の野郎が仲間連れてウチのシマに殴り込んで来てます。応援お願いします!』


 祐一はそのメッセージに対して。


『俺はもう喧嘩はしない』


 その一文だけを返した。



 翌日――


 祐一が学校へと登校すると、同じく通学中の学生たちがサッと道を譲ったり、突然電柱と会話しだしたりする。

 逆に金髪のガラの悪い学生は、祐一を見た瞬間「しゃっすしゃっす」っとよくわからない日本語でペコペコ頭を下げて来る。


「挨拶してくんじゃねぇ!」

「ひっ、すいません!」


 ガラの悪い男子たちは慌てて逃げ出す。これも毎朝の光景である。


「なぁ響風。俺ってそんなに顔怖いか?」

「怖い。裏路地に呼ばれたら100%カツアゲされると思う」


 祐一はショーウインドウに映った自分の顔を見やる。ほんの少し目つきが悪い程度で、身長も一般的、髪型は少し尖らせてはいるがまぁ普通。

 本人的には、目つき以外どこに恐れる要素があるんだ? と思っている。


「なんだー目は諦めるとして、髪型かー? 坊主にして尼僧みたいにしたら少しは優しく見えるか?」

「おぉ坊主にするときはあたしがやってやる。稲妻の剃り込みとか入れてやるからな」

「余計ヤンキーに見えるだろうが!」

「兄者は見た目より、噂が一人歩きしてる」

「それあるわー。めちゃくちゃ善良な市民なのに、ヤンキーは喧嘩売って来るし子供は近づくだけでギャン泣きするし、母親は警察呼ぼうとするし」

「おかげでこの街の警官とは大体仲良くなったな。警察フレンズだ」

「そんなフレンズいらねぇよ!」


 そんなヤンキーと小(×)中学生にも見える響風が登校をしていると、目の前を黒塗りのリムジンが通り過ぎていく。一瞬だけ後部座席に、金の髪をした二人の女生徒が並んで座っているのが見えた。


「生徒会長様は今日も高級車で登校ですかセレブだね」

「しゃーねーだろ。学校の理事長の親戚なんだから」

「確かおフランスから来たんでしょ?」

「交換留学な。確か姉妹校がロンドンだかパリだかにあるんだろ」

「縦ロールの方が副会長で、ロングの方が生徒会長だっけ?」

「そっ、妹のアンジェと姉のレオ」

「アンジェって人、たまに校門の前に立ってるよね。オホホですわですわとかよく言ってる」

「執行部も兼任してるからな」

「縦ロールでオホホですわってマンガだよね。配信やったらウケそう」

「全てを実況で判断するんじゃない」


 響風と話ながら交差点に差し掛かると、突如アクセル全開のプ□ウスが先行するリムジン目指して突撃してきた。

 リムジンが交差点を渡ると信号が赤にかわるが、プ□ウスは全く減速する気がない。運転席を見ると老婆が「あるぇー? 止まんないんだけど」と言いたげに困惑している様子が見える。

 幸い通行人たちは異常に気付いて交差点から離れているが、そこにニャーと可愛らしい猫がちょこちょこと歩いていく。


「まずい! このままでは猫がミンチにされる!」

「尊い犠牲だった。これを機に老人ミサイルが厳罰化されることを願う」


 チーンと手を合わせる響風。


「なに諦めてんだよ!」

「よせ兄者プ□ウスなめてると死ぬぞ」

「プ□ウス以外でも死ぬわ!」


 祐一は交差点の猫を素早く救出すると、響風に放り投げる。だが猛スピードの車は祐一へとぶつかり、ボンっと激しい衝突音が響いた。

 しかし――

 祐一にぶつかった車は、タイヤをキュルルルっと空転させながら停止していた。

 祐一が姿勢を低くして、車体を抑え込んでいたからだ。

 運転席の老婆はようやくアクセルの踏み間違いに気づき、ブレーキを踏んで停車する。


「あ、あぁ……あんた大丈夫かえ?」


 運転席から出た老婆はオロオロしている。しかし祐一は「何も問題ないっす」と血まみれの顔で返す。


「あ、あんた血が出てるよ! 病院に連れて行ってあげるよ!」


 乗りなさいとプ□ウスミサイルドアハッチを開く老婆。


「いえ、大丈夫です。血気盛んなんで、ちょっとくらい血流しといた方がいいっすから」


 そう言って祐一は何事もなかったかのように学校へと向かう。


「さすが兄者、度肝抜かれるほど馬鹿だ……」


 響風は心配するより呆れる。この男似たようなことを4トントラックでもやったことがある。

 しかもさっきと同じように食い止めた。響風は多分兄者は脳細胞をアメーバに喰われて、きっとミュータント化しているのだろうと割かし本気で思っている。

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