第2話 配信者U1――Ⅰ
――時は一月ほど前に遡る。
バトルWIN。
目の前には倒れたゴスロリ衣装を着たゲームアバター【サイキックガール】。
ペコリと頭を下げる全身を金属に覆われたアバター【フルメタルアームズ】。
体力ゲージを全て削られたサイキックガールはパリンとガラスの破片のように砕け散ると、そこには何も残らなかった。
「対戦ありがとうございました」
VRアクションバトルゲーム『ギャングorヒーロー』超能力を使用するキャラクターを選択し、プレイヤー同士で対戦を行うオンラインゲーム。
フルダイブ型と呼ばれる、意識を完全にゲームの支配下に置き、現実ではありえない仮想世界へと没入させる新時代のゲーム。
大手電機メーカーPONYから発売されたVRJOYは、発売当初こそ値段の高さもあって広まりを見せなかったが、何度かハードのバージョンアップを重ね、小型化とプライスダウンを繰り返すうちにジワリジワリと広がりを見せた。
そんなVRゲームの火付け役となったのは海外の有名ゲーム実況者。
チャンネル登録者数3000万を越える大御所実況者が『HEY VRJOYは最高にクールなゲームだから皆やろうぜ(要約)』的なことをゲーム内で言った後、SNSなどで爆発的に拡散された。
それを機にゲーム実況業界も、据え置き型ゲーム機からVRゲーム実況へとシフトしていく。
勝利したプレイヤーの網膜の右下には赤丸のRECアイコンが。
たった今の対戦内容は大手動画サイト【V(ideo)ステーション】へとリアルタイム配信されていたのだった。
もういいかと思いU1は対戦中OFFにしていたコメント機能をONにすると、様々なコメントが流れていく。
[やるやん]
[駆け引き下手すぎ]
[そいつプロより強いぞ]
[お前このゲームだけは上手いな]
ゲーム内のアクティブカメラが対戦中の様子をリアルタイムで動画サイトに配信し、視聴者はゲームをせずとも臨場感のある戦いを見ることが出来た。
U1はほんの少し勝利の優越感を感じながら、動画配信ステータスを確認する。
LIVE視聴者数1300人。現在彼の配信を見ているユーザー数だ。
そこそこ多い方だが、このゲームの有名配信者は同時視聴者数15万人を越える。
それに比べれば100分の1の規模。しかしながらバカにできるほど少ないわけでもない、そんな中途半端な動画配信者。
それがU1(本名:
普段は私立
「今日はこのへんにしておくか」
祐一が呟くと、それに反応して網膜に文字が流れていく。
これは視聴者コメントというやつで、スマホやPCなどで視聴しているユーザーがリアルタイムでコメントを送信しており、それがゲームハードを通して祐一の網膜に映し出されている。
コメントの表示方法は様々なプラグインがあり、表示形態は人それぞれだが、彼はこの自分の見ている景色に様々流れていくタイプのモノが好きだった。
「明日は別ゲーしよう。なにしよっかな」
[は? ギャンヒーやれや]
[お前別ゲーやっても過疎るやろ]
[MHIやれMHIやれ MHIやれ]
[いいね]
[今北]
[頼むからまだやってくれ]
「明日また9時くらいにやるわ。そんじゃばいばーい」
動画配信機能を切り、ゲーム自体オフラインにすると先ほどまでのゲーム世界ではなく、真っ暗なVRヘッドディスプレイが映る。
祐一はヘッドセットを外すと、6畳の和室にノートPCが乗ったちゃぶ台、マンガ棚にブルーレイボックス、フィギュアケースの中にはプラモデル。
これだけだと普通のオタク部屋に見えるが、その中に異質なサンドバックやダンベルのような筋トレ器具が転がっている。
今しがた配信を終えた動画の編集でもしようかと思っていると、私室の襖をスパーンと開けて誰かが入って来た。
首に大きなヘッドフォンをかけ、髪は伸びっぱなしのロングの茶髪。
身長は148と小柄なわりに突き出た胸。トランジスタグラマーと言う奴で、見た目年齢がはっきりしない少女。
彼女の名は桧山
少女は眉をハの字に曲げながら祐一を睨んでいる。
「いい気になるなよ……兄者」
「入ってきていきなり言うことがそれか妹よ」
「お前のせいであたしの配信めっちゃ荒れたぞ」
「俺に負けるお前が悪い。いつの時代もルールを作るのは勝者だ」
「世紀末みたいなこと言いやがって……」
先ほど祐一が打ち倒した対戦者とは隣室にいた響風のことで、実は彼女も実況者である。
むしろ祐一よりもLive
「後一勝で全勝レジェンドギャングだったんだぞ! 兄なら忖度しろ!」
「ギャングの勝利を防ぐのがヒーローだからな」
「ギャングの鉄砲玉みたいな顔してるくせに」
「ドワーフ族に言われとうないわ」
「なんだとこの野郎!」
響風はベッドの上でニヤニヤする兄に向けて、鋭い飛び蹴りを放つ。しかし祐一はさっと躱すと、逆に彼女の脚を掴んで逆立ち状態にする。
人一人を軽々と持ち上げてしまう少年。
姿見に映った彼の顔は三白眼気味の鋭い目と、悪魔のような八重歯を見せ、底意地の悪い表情を浮かべている。顔はどう見てもヤンキー。しかもマッチョと言うほどではないが体が鍛えられており、リアルに喧嘩も強い。それが桧山祐一。U1という配信者の正体である。
「甘いんだよ。兄に逆らおうなんざ」
「離せこのクソ野郎!」
「相変わらず口の悪い奴だ。悪い子はケツ叩きの刑でーす」
「やめろぉぉぉぉ!」
逆さまになったままジタバタと暴れる響風。タンクトップがめくれ上がり、ピンクのブラジャーが見えている。
「暴れんな乳見えんぞ」
「セクハラすんな! 過疎実況者が!」
「お前それを言ったら戦争しかないだろうが!」
「悔しかったら同接5000以上出せ!」
同接とはそのライブ配信をリアルタイムに視聴している視聴者の数であり、響風は実況を始めると平均して5000人くらいの人を集める。
対する祐一は今日のように人気ゲームをプレイすれば1000人くらいに膨れることもあるが、基本200人から300人くらいをウロウロしている。
Vステのユーザー登録者数は全世界含め10億人を超えているので、この数がいかに貧相かは言わずもがなだ。
祐一は響風の足を離すと、ストンとベッドに腰を下ろす。
「マジでなんでこんな差が出たんだ?」
「顔だろ」
「顔出してねぇよ!」
「まぁ兄者、顔はそこそこカッコいいからな」
「おう、お前も世界で一番可愛いぞ」
この二人お互いで褒め合って精神の安定をはかることがままある。
というか両者ともにブラコン、シスコンの気があるのだった。
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