第19章 夜の墓参り



 そのルーンが手にしたうめ吉に大して、何か行動を起こそうとした時……、

 男の声がした。


 今日の夜は来訪者が多い。


「話し声が聞こえると思ったら、君達も来ていたのか」


 そう言ってフォルトが部屋にやって来たのだ。

 その姿を見て、砂粒が言葉面だけ申し訳なさそうにする。


「煩かったかい? 大丈夫だよ、もうこちらの用事は済んだ。退散させてもらうよ」


 入れ替わる様に砂粒とルーンは部屋を出て行った。


「立ちたまえ。そんなところに座っていては、服が汚れてしまうよ。いや、替えた方がいいね」


 フォルトはそう言ってこちらに手を差し伸べて立たせる。

 アンタの手なんか借りるかと、つっぱねたいところだったが、そうせざるを得なかった。


 上手く立てない。

 まるで長い間ずっとそうしていたみたいで、床に足に縫い付けられでもしたかのようだった。

 立ち上がって埃を払う。


 後は、転んで怪我でもしたかと聞かれたが。当然してない。

 そういう様を見ていると自然と、ある感想が浮かんでくる。


「なんか、男のくせにおかんみたい」


 そうだ。

 弓はできるけど、体格はなよっちいし、細かい世話を進んで焼いてくるし、母親というイメージにまるでぴったりなのだこの男は。


「それは心外だな」


 とか言いつつもフォルトからは全然怒った様な気配は感じられなかった。

 こいつも変な奴だ。


 その後は替わりの服をもってきて、着替えるように言われたのだが、それは寝間着ではなく普段着だった。

 何でも未利にして欲しい事があるとかいう話で、連れていきたい場所があるという事だった。

 部屋から出て、屋敷の中を歩いて行く。


 何だか、ずいぶん久しぶりに運動するような気がする。

 そんなはずはないし、毎日弓だけは練習しているつもりなのだが。


 それでこんな夜中にどこへ連れてくのかと思えば、未利達が向かった行先は弓道場でも、コヨミの部屋でもない、知らない場所だった


 庭だった。

 けれど、完全に屋外とは言えない。

 ガラス張りの屋根がついていて、四方には加工用に建物が立っているからだ。


 屋敷の中に、穴が開いたようにぽっかりとその空間は存在していた。


 外に出るのなら脱出の機会を、と思ったがこれでは無理そうだ。


 ため息をつきながら、用意された靴を履いて庭へと出て行く。


 室内にいる時はそう感じなかったが、自然に囲まれていると今がいかに非常識な時間であるかがよく分かる。

 虫の鳴き声は聞こえずに風の吹き込まない場所だからなおさら、その場所は静かだった。


 春を通り越して、季節が段々と夏らしくなっていく頃合い濃くなった緑色の草を踏みしめながら進んだその場所には、二つの石があった。


 けれど、その石は人の手が入れられていて、長方形に綺麗に加工されていた。

 その石の前には、花が添えられている。


 もしや、これは……。


「墓、とか……?」

「君にとっては縁のない他人だけれど、彼らの為に祈ってくれるのならと思ってね」


 どうやらその通りだったらしい。


 異世界でも死者の弔い方は、あっちとそう変わらない物なのか。

 こうやって石を置いてお供え物するとか。


 一体ここに眠っているのは誰だろうか。


「……ねぇ、ちょくちょく思うけど、アタシ達本当にただの他人でしょ。なんで、アンタはアタシの事気にかけるわけ」


 目の前にある二つの墓。

 それが一体誰のものなのかは分からないが、家の敷地の中にあるのだ。フォルトにとって大切な人間である事ぐらいは分かった。


 その人間が眠る墓に、どうして他人なんかを連れてきたりしたのだろうか。


「さて、どうしてだろうね。どうも君を見ていると見ず知らずの他人の様には思えなくて。こうして連れて来ていたんだよ」


 だが、フォルトから帰って来た答えはそんなとぼけたようなものだった。

 まさか、そのままその言葉通り……という事はあるまい。


「そんで、色々とちょっかいかけて来たってワケ? 放っておいてくれた方が、アタシの為でもあったし、皆の為だったと思うけど? 人形になってくれとか思っている人間の言うセリフじゃない」

「ああ、確かに」


 弓や待遇の事に関しては感謝しているが、人の事を監禁してくれちゃっったりして、あまつさえ自由を奪っているのだ。

 それでお節介を焼いているつもりだったら、頭の出来とか正気度とかを色々疑った方が良いだろう。


 まったく、見ず知らずの他人をこんな所に連れてきたりするとか馬鹿じゃないだろうか。

 きっと馬鹿だ。大馬鹿なのだろう。

 寂しさをこじらせすぎだ。


 まったく本当に迷惑。

 豆腐の角にでも頭をぶつけて死んでしまえばいいのに。笑ってやるから。


 だけど、一人が嫌ならこいつには友達とかいないのか。

 知り合いとか、家族とかは……。


 なんで一人なんだろう。


「こいつらって、アンタの家族だったわけ」


 目の前にある二つの墓を視線で示しながら、突っ込んだ事を聞いてみる。

 そんな個人的な事聞いて地雷踏んだらどうするとも、思ったが。

 どうにも分かりづらい奴だが、ちょっとぐらい失礼な事を言っても怒らない、大丈夫……のはず。たぶん。おそらく。

 だから聞いてみたのだ。


「家族……ではないよ。でも大切な人達だった。僕の命の恩人だった」

「ふうん」


 話をするフォルトの声は悲しげだ。

 だから慰めの言葉を掛けるとかはべつにしないが。


「彼らには子供がいた。けれど、やむに止まれぬ事情で手放す事になってしまった。後になって子供の行方を探したが、再会できなかった。彼らは後を追うようにこの世を去ってしまったのだよ」

「……」

「彼らの家族との交流を楽しみにしていたが、それも永遠に叶わない」

「……」


 だが、フォルトはその時だけは声を柔らかくして言った。


「祭りの日に過ごしたのが最後だった。楽しい一日だった」

「……最後に会えて良かったじゃん」


 それが最後だと言うのなら、会わなかったらきっと後悔していたかもしれない。

 細かい事情なんて知らないし、分からないが。

 楽しいと思えたのなら、その思い出は良い事だろう。いや良い事にしたいはずだ。誰だって。

 嫌な事があったとしても、大切だと思っているから、その事を語る時だけはそんな顔になるのだから。

 

 視線を外して、つま先で地面の土をほじくり返しながら尋ねる。


「だから、あの時……水礼祭の会場にいたワケ?」

「祭りは嫌いじゃないからね」

「アタシも……祭りは嫌いじゃない。花火が無いのがつまんないけど」

「ああ、確かにそうだ」

「ん?」


 不意にこぼした言葉に対するフォルトの反応、それに違和感を感じたが何がおかしいのか分からなかった。


「……綺麗だし、賑やかでいいのに。地元でやる祭りなんで、毎年凄い勢いで打ち上げまくってて、大気汚染大丈夫かって思うくらい光で空がうまってるし。それに、祭りはアタシが捨てられてた時にやってたイベントだから……」


 あ、なに余計な事まで言ってるんだ。

 そう思った時、


「え……」


 フォルトは口に手をあてて顔を背けた。

 どうやら未利の言った言葉のどれかに衝撃を受けたらしいが、分からない。


「そんな、まさか……」

「何、どうしたの……?」


 その態度の変化の理由が分からず、こちらはうろたえるしかない。

 いや、うろたえる必要なんてないだろうに。

 でも、理由は何だろう。


「まつり……」


 やっと相手から反応が返って来たと思えば、目が合った。

 凝視だ、凝視されてる。


「な、何?」

「部屋に戻りたまえ、今の内に眠っておかねば後で眠る機会を失ってしまう」

「え? 何? 何が?」


 まるで意味不明だ。

 脈絡がない、唐突な状況の転換に混乱するしかない。


「これが最後になるかもしれないな」


 フォルトはそう言って頭を二回軽く叩かれて……、いや撫でられて? フォルトは先導するように歩き出した。


「君の手をとって立たせたのと、今ので二回」

「何が? ねえ、ちょっと……少しは説明してくれてもいいでしょうが」


 一人で何かしらの結論を出したらしいフォルトがこちらを連れてさっさと、屋敷の中へと戻って行く。


 そして、そのまま来た時と同じように唐突に、元の部屋へと戻されてしまった。

 

 駄目だ。

 こいつの事、生半可な事では理解できそうにない。

 そう思った。


 一体何を考えてこいつはこんな事をしているんだろう。

 いや、別に理解したいなんて思ってはいないが。

 何となく、一瞬そう思った。

 

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