第20章 鮮血の運命
アレイス邸 来賓用客室 『コヨミ』
アレイス邸に監禁されているコヨミは、眠れぬ夜を過ごしていた。
それは少し前、久々に星詠の力で未来が見えたからだ。
「……っ。星が一つ砕ける……」
脳裏に見えたのは、ギルドや祭りで事故を防いだ時とは違い、曖昧な星のイメージだった。
「そしてもう一つ、星の輝きが消えてしまいそうになっている」
一つは月色に輝く星、もう一つは翡翠色に輝く星だ。
前者は、かなり以前から明滅していたがそれが、ついさっき星が割れるようにして、光がバラバラになってしまったのだ。
後者は、この屋敷にコヨミが監禁されるようになる前から見えているもので、その光がとうとう消えそうになっていた。
運命が動き出そうとしている。
それも、良くない方向へと。
今夜。
コヨミの待遇は悪くない。むしろ良くしてもらっている方だった。
未利の方も、心配していたほどひどくはなくて、むしろコヨミとほぼ同等と言っても良い扱いだと言える。
けれど、この状況が二つの星に良くない影響を与えている事は状況から見て明白だ。
「ルーン、そして未利ちゃんの身になにか起きているのかもしれない」
月色の星と、翡翠の星それらが示す人物をの顔を思い描いた。
何かしたいが、この部屋から出る事すらできない身としては何をする事も出来ない。
未利が持っているという連絡用の機械。
あれがあれば少しは自分にもできる事が増えるし、城にいる者にも具体的な指示を出せるのだが。
一地方の統治領主であるコヨミが持っていた方がいいかも、と未利が提案してきたのだが使い方が分からないし、未利がいる部屋から物を持ってこれないのだから仕方がなかった。
ルーンからは手紙などは検査が厳しくて運べないと言われたし。
窓は嵌め殺しなので鳩を使うこともできない。
その代わりに、コヨミは他にできる事に力を注ぐしかなかった。
枕元においてあるメモを眺める。
いつもベッド下に隠している物だ。
わざわざ危険をおかしてルーンが用意してくれた紙。
そこにはコヨミが描いた、魔法陣や、魔言がある。
イフォール達が紺碧の水晶を取ってこられなかった場合、コヨコはこの魔法を発動させて町の住民達を人質を助けなければならない。
魔力が足りるかどうかも分からないし、かなり危険な賭けとなってしまうが、それが領主としても自分の務め。皆を守る為にできる事なのだ。
もしもの時は躊躇わないだろう。
遺跡の攻略に失敗した場合。再度遺跡に望むか、それとも秘密裏にコヨミ達を救出しようとするのかはまだ決まっていない。どんな結論を出したのか聞いて準備をしたかった。
時間ではもう、結果が出た頃だろうが、コヨミにはそれを知る事は出来ないのがもどかしい。
未利はこちらに来れないようなので、情報を得る事は諦める事にした。
分からないと言うのなら念には念を入れて、保険をかけておかねばならないだろう。
「本当はこんな事、やりたくないんだけど」
枕元に手にしていたメモを置いて、ベッドから離れる。
ルーンに用意してもらった絵の具で、衣服の内側見えない部分に、体の皮膚に直接魔法陣を書き込んでいく。
物に描いて持っていると、取り上げられてしまうかもしれないし、それに一番発見されにくい場所と言ったら皮膚ぐらいしか思いつかなかったのだ。何だか自分の嫌いな書類仕事の書類になった気分でかなり嫌な気分になれるが。
コヨミがやっていることは。危険な行為だ。
自分の命を賭ける、というのだから文字通り命を使って魔法を行使するのだから。
出来ればこんな危ない事はしたくない。
怖いし、嫌だ。
けれど、統治領主として、何もせずに後悔する事だけはしたくないし、あってはならない。
コヨミには守りたいものがたくさんあるのだ。
アテナや町で暮らしている母親、その母親が世話をしている子供達、城に努める兵士達やその家族。
自分にはその力があるのだから、誰かが辛い思いをするくらいなら喜んで……とまでは言えないが、この身を差し出す覚悟はとっくにできている。
「でも、いつだったかしら、隠していたはずのメモの位置が動いていたような気がするんだけど」
筆を動かしながら、つい数日前の出来事を思い起こす。
「まさかとは思うけど、見つかってないわよね」
それはありえないと思う。
見つかったと言うのなら、彼らに追及されない方がおかしいし、元の場所に戻しておくわけがないのだから。
「ふぅ……」
魔法陣を描き終わって、道具を片付けていく。
「最近未利ちゃんは部屋に来ないし、話し相手がいないのよね」
白装束は論外だ。
話をしたくない。それどころかあまり同じ場所にいたくない。
「だったら、僕がその話相手になってあげようかい?」
「貴方は?」
唐突に声をかけられて、視線を向けると部屋の扉の所に少年が立っていた。
「砂粒だよ、一応ね。捕らわれの領主様」
「私の正体……」
「ああ、安心して、他の人には言っていないし、誰にも言いやしないよ」
なぜ白装束達も知らない事を知っているのかと問えば答えは返って来ずに、果たされるかどうかも分からない口約束を述べられる。
一目見て思った。
見た目には普通の少年に見えるはずなのに、得体の知れない存在と相対しているかのようだった。
「貴方は一体なんなのですか」
どうしてこちらの事を知っているか、聞きたい事は色々あったがそう尋ねていた。
「何? とは失礼だね。君は礼儀というものを知らないのかい? お姫様でありながら。人に向かって、それもいたいけな少年に向かって何だなんて、失礼にも程があるよ。でも、そうだね、しいて言えばここに捕らわれているもう一人の女の子の友人さ」
「友人……」
その言葉を鵜呑みにはできない、と思った。
姫乃達とはあまりにも違うその存在が、未利の友人であるなどとはとても信じられなかったからだ。
「私に一体、何の用なのですか。貴方はいま魔法を使っていますね」
「当たり、でも別に大した事じゃないから気にしなくていいよ。ただ僕の声を聞かせているだけだ、それ自体は別に害のあるものではないんだ。それ自体は、ね。僕が、友人の友人にそんな人を事をする人間に見えるかい?」
「少なくとも、私には見えるわね」
「はは、率直な人だなあ」
何が面白いのか、笑い声を上げてみせる少年。
それらの言葉は、まるで同じような事を何度も何度も繰り返し述べて来たかのような風に聞こえた。
言葉どうりではない、安全であるなどとは思えなかった。
彼は今この瞬間も確実に何かを仕掛けている。
それは、コヨミだけではなくおそらく他の者にも。
場合によっては白装束達にも向けられているかもしれない。
敵地にいて油断しているつもりはないが……。
敵にしろ味方にしろ、動向には気を付けなければならない、と思った。
砂粒はこちらをまじまじと見つめて、よく分からない言葉をこぼす。
「未来を見る力か、君も面白そうだけど、やっぱり彼女には敵わないな。うん、選ぶならやっぱりあっちの方が良い。何せ彼女はクレーディアの転生体なんだし、これほど条件にあった人間はそこらにいたりしないからね」
「なぜ、その名前がここに出てくるのですか」
困惑しながらも、知識を頭の隅から引っ張り出す。
転生…。それは、生まれ変わり、死んだ人間は別の人間として生きるという事を意味する言葉だった。
「彼女がいるなら、エマもいると思ったんだけど、分かりづらいし。イブ・フランカやラグナじゃ話にならない。あ、イブは違ったか」
「貴方は……」
「ああ、そうそう君に聞いておかなきゃいけない事があったんだ。調子はどうだい?」
理解できないままに話題は別の方向にそれて、唐突な言葉を掛けられてコヨミは反応できない。
「何か不調はあったりしないかいって聞いてるんだけど。ふん、彼女ほど分かりやすい人間じゃないけど、何となく察せられたからいいや。君がそうなら、うん。大丈夫だろうね」
そう言って、砂粒は部屋から去ろうとする。
「ま、待ちなさい、貴方は一体何なのですか。この状況は、ひょっとして貴方が作り出した物なのですか!?」
慌てて引き留めるが、返って来たのは冷笑だった。
「まさか、君が思うような黒幕なんかじゃないよ僕は。その心配をするんだったらもっと他の所に目を回したらどうだい? そっちの方がよっぱど、いい」
部屋の扉がしまる。
得体の知れない空気を振りまいていた存在がさった事により、部屋の中の空気が少しだけ軽くなった気がした。
「運命をかき乱す者」
我知らず、唇から言葉が零れる。
そうだ、彼は、運命をかき乱すものだ。
運命を示す架空の星々が灯る空、そこに一つ禍々しい鮮血の光を放つ星があった事を思い出した。
その光は見る度に絶えず、違う場所で輝いていて、時には他の星の光を自らの光で消してしまう事がある。
翡翠の星の輝きも鮮血の星の輝きによって。
「何て事……」
未利をとりまく運命の元凶は彼だ。
鮮血の星を運命に持つ者。
彼が運命を操り糸を引いているのだ。
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