第18章 泣くなよ



『未利』


 ずっとずっと昔の事だ。

 その日、地域の祭りが行われた日にその子供は捨てられた。


 子供は生まれてすぐに、両親から要らないと言われたのだ。


 子供は同じような境遇の子供達と育つ。

 好奇心が旺盛で、何にでも興味を示す性格で、よく他の子供達を引きつれては色々な事をしていた。


 そうして大きな怪我も病気もなく数年が経った時、その子供を引き取りたいという家族が現れた。

 男と女と、三つ年上の少女。

 三人家族の彼らは、必要だと言って子供を引き取った。


 子供は家族を得て、家を得て、新たな時間を過ごす。


 だが、その時間は長くは続かなかった。


 実の子供が死んだ事に悲しんだ両親達は、その実の子供を死んでいない事にしたのだ。


 子供は二人から一人に、存在していた記憶も二人分から一人に。


 その瞬間から、彼らの子供は一人となり、引き取った子供の存在は消えてなくなった。






 何かの夢を見ていたらしい未利は、視界に飛び込んできた景色を見て飛び起きた。


「……うぉわ、ななな何!?」


 目が覚めたら、傍に人が立っていたので驚いた。


 未利は椅子に座っていたらしい。おかしい、ベッドで眠ったはずなのに。


「あれ、何でアタシ椅子に座ってんの……?」


 ともかく安眠妨害だろう。その訪問者達を睨みつける。あと、驚かした恨みも込めて。

 時刻は夜中だ。そんな時間に人に会ったら誰だって驚く。


 いたのは二人、砂粒とルーンだ。


「驚きすぎて心臓が止まるかと思ったわ。アタシを殺す気か」

「まさか、友人を殺すなんてそんな事するわけないじゃないか」

「あっそう」


 相変わらずの減らず口にひらがな四文字でぞんざいに答えた後、一体何の用でこんな非常識な時間に部屋に来たのかと考える。


「調子はどうだい?」

「調子って?」

「そのままの意味だよ、君の事を心配して聞いてあげているんじゃないか」

「はぁ?」


 薄っぺらな言葉を並べ立てているいつもみたいに、てっきり裏の意味でもあるのかと思ったのだが、どうやらそのままの意味だったらしい事に二度驚く。


 こいつがこちらの身を案じるなんて、どんな風の吹き回しだろう。


「別に平気だけど」

「本当かい? 無理はいけないよ。強がるのも時と場合によっては良い事かもしれないけど、今は駄目だ。僕は本気で君の事を心配しているんだよ。どうかありのままの情報を教えてくれないかい」

「ありのままって言ったって」


 別にどこか具合が悪いわけでもないし、怪我をしているわけでもない。


「ああ、そういえば君は少々察しが悪い所があったね。世間を大人ぶった目で見て語りつつも、それはしょせん君の周囲にいる駄目な大人の価値観を貼り付けただけの物みたいだし」

「うっさい」


 こっちは寝起きで機嫌が悪いんだ。叩き出すぞ。


「そう凄まれると困ってしまうよ。こちらとしては別に君の機嫌を損ねたいわけではないんだ。今の君の状態じゃなくて、僕が聞きたいのは最近の君の状態なんだよ」

「最近……」


 砂粒に聞かれて一つだけ思い当たる事があると言えばある。

 最近たまに体が思うように動かないときがある。


 けれど、そんな事を嫌いな人間に素直に教えてやりたくなんてないし、そもそも聞いてどうするつもりなのか。嫌みか。嫌みが言いたいのか。


「ああ、だいたいその顔色と態度で分かったよ。僕の魔法は上手くいっているようだ」

「魔法? 魔法って言った!? 何それ、アンタ……アタシに何かしたわけ」

「別に何もしていないよ。僕が君にした事といったら、ただ言葉をかけただけだったしね。心配しなくとも大丈夫さ。君は何もされていない」

「そういう言い方されると、余計不安になるんだけど! アンタ達、コヨコにだけ用事があるんじゃないの!? 何でアタシまで、こんな所にずっと監禁されなきゃいけないわけ!? 答えん……っだぁ!」


 襟首を掴んで詰問しようとしたのだが、立ち上がろうとしたら、ふらついてバランスをくずしてしまった。

 床に盛大に大分して打ち付けた体が痛い。


「その言い方だと、もう一人の事は放っておいて自分だけさっさと逃げたいみたいに聞こえるけど、そうなのかい?」

「なっ、そんなわけないでしょ。馬鹿言うな」


 こちらを見下ろす砂粒は、本当にとんでもない解釈をしてくれる。

 ホントにこちらを下げる事しか言わないのか、その口は。


「そうだよね。いくら、君といってもそこまで自分本位だとは思いたくないしね。もし、そうだとしたら友人として幻滅してしまうよ。でも、考え方にもよるんじゃないかな。人質は多いより少ない方がいいだろうし、一人逃げれられれば救出する時も断然楽だ。もし君がそれを望むのなら、手伝ってあげてもいいんだけれどな」

「……はぁ?」


 二度の疑問の言葉が口に出た。

 逃がしてくれる?

 冗談じゃない。

 散々こっちを巻き込んでおいて、そんな言葉信じられるわけがないだろう。


「ああ、引っかからなかったか」


 やっぱり……。


「だけど、気づいてないようだから言ってあげるけれど、今の態度とは裏腹に君は僕に期待するような目を向けていたんだよ」

「そんなわけない」


 そういう風に見る目はきっと節穴か、視力が怪しいに決まってる。そしておまけに判断する脳もきっと劣化してる。


「もう、いい加減にしてよ。いつもいつも何でアタシの目の前に現れるわけ」

「友人の事を気にかけないわけにはいかないだろう」

「口ばっかり。アンタが友人? 笑わせないでよ、アンタがなあちゃんみたいにいつもアタシの傍にいてくれた事ある!? 啓区みたいに馬鹿な事言ってくれたりしたことあるの!? 姫ちゃんみたいにアタシの事ちゃんと見てくれたりした事あったの!?」

 

 皆みたいに心配してくれた事なんてあったの!?


「あるよ」


 嘘だ。

 こいつはどうしていつもそんな薄っぺらい言葉ばかり吐くのだろう。


 親がいない境遇の子供等やたまに遊ぶ人間なんかに、馬鹿だとか。全然気づかないとか。あらぬ誤解ばっかりしてるとか言われることもある未利だ。

 百歩……いや、千歩譲って、本当は認めたくないが妥協してその事実を認めるとして、そんな未利にすら嘘だと分かる言葉を吐き続けるこいつは一体何なのだろうか。


 砂粒は演技臭い動作で胸に手を当てて目をつむり、真摯な態度を作り出す。


「あるに決まってるじゃないか。君は僕にとってただの通りすがりに目にかかった人間の一人だけど、大事な友人であるんだ。それは本当だよ」

「……」


 腕を広げて、大衆を説得するように演説口調で先を述べ続ける。


「僕は友人である君の事を気にかけない日なんてなかったよ。心配していたし、考えていたさ。でも、どうしたんだいそんなに声を荒げて。君らしくないな。もしかして、もしかすると、何かあったのかい。おやおやおや。まさかとは思うけど、見捨てられてしまったのかい、仲間に」

「そんな事……っ」


 作った表情の心配そうなその顔を近づけるな。

 顔を覗き込むな。


「可愛そうにね。こんな事になるんじゃないかって僕は思っていたのに、聞きもしないんだから。普通はさ、友人がこんなにも親身になって言ってるんだから聞くものじゃないかい? そういう意味で考えれば、君が傷ついているのは、ある意味で君自身のせいとも言えなくはないのかな」

「いい加減にしろ……っ」


「いいや、いい加減になんてしないよ。僕は何度だって言葉を紡ぎ続ける。友人の為に。君の為に。間違ってたら止める。立ちはだかる。過ちを正す。正しい方向へ導いてあげる。気づかせてあげる。だって友達ってそういうものだろう? 僕が君の為に何かするのに、君の気持ちなんて究極的には関係ないんだから」

「……」


「僕は正しい事を言ってる。本当は君だって分かってるんだろう。気が付きなよ。僕が言っている事はまごうことなき真実だ。君は要らない人間だし、誰からも必要とされてないし、わざわざ助けに来てもらえる程価値のある人間ではないし、むしろここにいた方が都合の良い人間なんだよ。どこに良い所なんてあるんだい? 君の何が人の役に、仲間の役に立つんだい。思い上がるなよ。思い違いをするなよ。気づくんだ。君の為にじゃない、周りにいる人間の為に」

「……っ、……ぅ」


 砂粒は嘘つきだ。でも、正しいのかもしれない。


 生まれた時から存在を否定され続けた人間がいられる場所なんてない。

 そもそも、未利がいたから、あの両親はあんな風になってしまったのだ。

 憎んで、いた。

 けれど、それは……。

 本当は……。


「あれ、ひょっとして泣いてしまうのかい? 君ともあろう人間が。いつもあんなに偉そうに、自信という名の虚勢を張って生きていた君が。だけど、泣くなよ。泣くなんて卑怯じゃないか。泣いたって何も解決しないし、誰もそんな事を君に望んでない。周囲を困らせるだけだよ。泣くなんて傲慢だろう? それって泣く以外何もできない赤ちゃんのする事じゃないか、泣いて同情を買おうだなんて、許してもらおうだなんて、虫が良すぎるよ。だって本当に、泣いたところで何も解決しないし誰も幸せになったりしないんだから。謝罪する気があって、すまないと思っているんだったらさ、もっと行動で示すべきじゃないかな? ああでも、君にはその力はないんだっけ。じゃあ何もできない。やっぱり役に立たないままだ」


 聞こえない。

 聞きたくない。

 でも聞こえてくる。


 なんで、床に座ってるんだろう。ああそう言えばイスから転んでそのままだっけか。床に直接座るなんて汚いな。あっちの世界の日本みたいに、はだしで歩いていい様な文化じゃないのにこっちは。


『がー?』


 声が聞こえた。近い。足元だ。

 あれ、いつの間にうめ吉、あのヌイグルミから出て来たんだろう。特にいじってないはずなのに。


 そのうめ吉が、砂粒に掴まれた。


「シナリオの進行まで待たせないよ。さっさとここで終わらせる。君は中身を空っぽにして使わなきゃいけないんだからね。できるだけ綺麗な状態で保存しておきたいな、だから不慮の事故とか想定外の事で死なれちゃ困るんだ」

『だー』


 短い手足をばたつかせる緑色の機械を、砂粒は思い切り振り上げる。


「やめ……っ!」


 そして思い切り床に叩きつけた。


「あ……」

『が、がー? ジジジ……』


 カメの形をした小さなロボットは最後に一言呟いて、そして動かなくなった。


 脳裏に破り捨てられたリボンが重なる。


「何で……、なん、で……」


 何で。そう思った時、唐突に割り込む声があった。

 部屋の中の空気を一人の男の笑い声が切り裂いたのだ。


「あは、あはは……、あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、あははっ、はは、ははは……ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、あは……」


「な、何……」


 ルーンだ。

 天井を見上げながら突然笑い声を上げた男の姿に、先ほどの感情も忘れて、未利は戸惑うしかない。


「く、く……あはははははははははっ、これだ。そうだこれだよ僕が求めていた物は、最高だ、いや最高だ。最高にして至高の領域ですらある。そうだ、そうだ。どうして僕は我慢していたんだろう。もっと早くこうしていればよかったのに、ははは」


 砂粒は嫌みを言いに来ただろうが、ルーンの方は一体何をしに来たのだろう。

 分からない。本当に。

 この屋敷には訳の分からない人間が多すぎる。

 ここにいる人間達は皆、狂人と言っても良いかも知れない。いや、それはさすがに失礼か。そんな事ない、か?


「ああ、台無しだ。良い所までいったのに。でも、いいや。運命は必ず同じ場所へと戻ろうとするのだから。名もなき駒風情が少々足掻いたところでシナリオが大きく書き換わったりはしないのだから」


 いつからこの屋敷はホラー空間となってしまったのだろうか。

 笑いを止めたルーンを見る。


 砂粒と同じような目だ……。


 ルーンはこちらに近づいてうめ吉を拾い上げた。

 未利を見下ろす。


 こちらを下に見ているような。

 少し違うかもしれないが、ただの子供だと侮っているような、どうとでもできると思っているような、そんな視線。

 圧倒的優位な場所から人を物の様に見て見下す、大人の姿がそこにはあった。


 それは、嫌いな人間の姿だ。


 自分勝手な大人。

 自分の都合で簡単に、弱い者を切り捨てるずるい連中。

 老人や弱者を虐げる事が出来るし、子供を思うようにする事ができる。


 そんな嫌いな人間の姿がそこにあった。


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