第17章 変な人



 城に戻った姫乃達はきちんとした手当を受けながら、会場に仕掛けられた魔法の解析や、人質達のいる場所について聞く事になった。


 もたらされた情報を確認してきた兵士によれば、その場所が怪しいという事は一目瞭然。

 魔法陣の解除と並行して、姫乃達は人質を救出する為の準備に取り掛かる事になった。


 アルガラとカルガラは会場にて作業しているらしいので、雪奈はそちらの方に加わるらしい。

 何でも、魔法の効力を町の全域にいきわたらせる為に後夜祭の会場となった船を改造しなければならないという話だ。各所に彼ら二人の意見を滞りなく伝える役が必要だった。

 その点、雪奈は二人と共にこれまでに時間をいくらか過ごしてきたのだから、適切な役どころだろう。


 姫乃達はここからも変わらずイフィール達と行動する。姫乃達の護衛役のエアロも同じだ。

 つまり、直接乗り込みに行く役目だ。






 シュナイデル城 会議室


 リボンが焦げていれば、当然髪の毛も被害を受けてしまっていたわけで、手当と並行して散髪された姫乃の髪は以前より短くなっている。


 首辺りが涼しくなった感覚に、まだ慣れない。


「これで、姫様を助ける事が出来るんですね」


 エアロがほっとしたような言葉をもらす。


 取り合えず、手当てやアテナ達からの説明を受けた後、姫乃達は会議室で話をすることになった。

本音を言えば休みたかったが、そうも言っていられない。

 早く決めてしまわないといけない事などはまだ残っているからだ。


「未利ちゃまと会ったら、なあたくさん遊ぶの。姫ちゃまと啓区ちゃまと……他にも皆でたくさんたくさんなの」

「だねー。雪奈先生がいるからきっと、いつも以上にうるくなるかもー、でもなあちゃんそんなに動いたらまた落ちちゃうよー。はい待てー」

「ぴゃ」


 なあは、再会の時が待ち遠しいらしくずっとソワソワした様子だ。

 そんな様子で椅子に座っているからたまに、落ちそうになるのを、傍で啓区がフォローしていたりする。


 そんな中で、浮かれていると言ってもいい空気を引き締めるのはイフィールだ。


「ああ、早く救出して差し上げたいところだ。姫様もお前達の仲間も、だが気を緩めるなよ。今度も我々と共に来るのだろう? なら油断はしない事だ。気の緩みはミスを招くからな」

「はい」


 そうだ。

 向こうには仲間が人質にされてるんだ。


 人質を取られる事の厄介さは今までの事で、凄く身に染みている。

 エルケの町で、そして船の上で姫乃達は直接そう言った状況に置かれて困らされた事があるのだから。


 こうして考えると人質を取られる事に慣れているようにも思えて来て、ちょっとどうかなと思うけど……。


「そこで、だ。他にも色々細かい打ち合わせや、場所の確認もしなければならないが、まずお前達に渡すものがある」

「渡す物、ですか?」


 何だろう。

 武器は特に壊れているわけでもないし、魔石は間に合っている。

 思い当たる物がなくて首を傾げていると、イフィールが近くに置いてある紙袋からその服を取り出した。


「レフリーに縫ってもらった物だ、彼女の事は知っているだろう?」


 コヨミの母親の人だ。


 イフィールが見せた服は、今回遺跡へ共に向かた隊員達が着ていた服と同じ物だった。

 違いがあるとすればそのサイズで……。


「これは、イフィール隊長……まさか」


 エアロが絶句する。

 だがその反応の意味が、姫乃達には分からない。


「これは、特務隊の服です。お城の中でも実力の認められた一部の物しか着用できない制服なんですよ。それに袖を通すという事は、当然特務の肩書を得る事と同じ事になります」


 えっと、つまり?


 説明してくれたエアロには申し訳ないが姫乃にはよく分からない事だった。

 その制服を、イフォールさんが私たちに見せる事とエアロの説明がどういう繋がり方をするんだろう。


「ああ、もう鈍いですね。なるって事ですよ、姫乃さん達が、その特務隊に」


 え?


「ぴゃ?」

「へー」

「え、えぇぇっ!?」


 詳しく知らないけど、エアロの説明では凄い人たちだって事ぐらいは姫乃にも分かるわけで、姫乃達がその制服を着るって事になったみたいだけど……、いったいどうして?


 遅れて驚く姫乃達の様子を見て、イフィールが説明してくれる。


「当然お前達は今回も我々と同行するつもりだ。我々としても、戦力になるのなら、断る理由はない。子供であるという事は加味するが、それで評価を覆すことはないし、お前達はどうやってもついてくるつもりだろう? ならば、前向きに作戦に組み込んだ方が良い」


 イフィールは、「本音を言えば兵士でもない人間を、危険な目には遭わせたくはないが」と言葉をこぼす。


「覚悟があるのなら、文句はない。そういうわけで、お前達に我々と同じ身分を騙ってもらう事にしたのだ」


 騙ってもらう?


「正式に与えられたものではないし、その暇もないからな。だが規則がどうと言っていられる場合でもないだろう。私は必要になると踏んでいる」


 だから、姫乃達にこの服を与えるつもりらしいイフィール。

 彼女は真っすぐにこちらを見つめ、尋ねる。


「どうする?」

「……服を、貸してください」


 答えなんて決まってる。

 首を縦に振る以外あるわけなかった。


 自分達は子供だ。

 どうやてもすぐには成長できないし、大人と同じように扱ってもらえない事もよくある。

 それは経験や技術の事を考えれば、しょうがないと思うのだが、でも、それでも、子供だからと言って思いや覚悟を否定されるのは嫌だった。


 そのままでは伝わらないと言うのなら、力を借りてこちらが本気であるという事を伝わるようにしなければならない。


「そう言うと思っていたよ。だから用意したのだしな」


 イフィールは薄く笑んで、後の説明を再開させた。







 私室 『エアロ』


 自分達が最低限耳に入れておかなければならない情報の打ち合わせが終わった後、私室に帰ったエアロはため息をついた。

 まだ夕方、眠るのには早い時間なのだが。少し体を休ませねばどうにも持ちそうになかった。


 部屋のベッドに倒れ込んでみれば、もう動きたくなんてなくなる。


 今日は、というより今日も本当に色々な事があった。


 限界回廊を使って地下の遺跡に行き、遺跡の中で不気味な影が眼下に見える橋を渡ったり、最下層まで行って鍵を取りに行ったり、紺碧の水晶を目指してガーディアンと戦ったり。


「姫乃さん達と関わる様になってから、本当に毎日が騒がしくてかないません」


 本当に本当にそう思う。

 彼女達と関わる以前と比べて実力や戦闘技術が伸びたのが、何よりもゆるぎない証拠だ。


「それで、あんな調子なのに、さらにお人よしで甘い所がありますから。見てる方はたまったものじゃないんですよね……」


 苦労しているのは、彼女達よりも周りにいる方だと最近思えてくる。


 もちろん何かあった時の解決には積極的に動いているし、怠けているなどと評価しているわけではない事は分かっているのだが……。

 彼女達が自分自身の事にあまり頓着しないものだから、見ている方が心配になるではないか。


「ええ、そうですよ。心配しちゃってるんです。悪いですか」


 のそのそとベッドの上を這うように動いていく。

 着替えてないし行儀が悪いのだが知った事ではない。

 そんな気力も体力も無いだけだが。


 枕元におかれているクッションを腕に抱く。


 最初に出会った頃は、好感を持てなさそうな者達だと思っていたのに。気が付けばこんなだ。

 彼女達の行動が、利益や打算からくるものだったのならば、こんな感情を抱える事などなかったのだが、そうではないのだから仕方ない。


 役目だとか職務だとか関係なしに、友人の様に手伝ってやりたいと思ってしまうのだ。


「はあぁ……」


 コヨミ姫の力になりたくて城の兵士になってからは、尊敬する主に付く物としてふさわしい行動を考えて過ごし、厳しく己を律してきた。

 交友関係などに気を配った事などあまりなかったし、そうするだけの時間があるなら己のできる事を伸ばすために使っていたのだ。


 そんなだから、気が付けば最近は、友達と言うようなものについて考える事は無くなっていたのだが……。


「友達だって、そう思って良いんでしょうか」


 目に入ったのは近くの机に置かれている紙袋。

 ゆるゆるとベッドから起き上がり、中身を取り出して広げると、それは服だった。

 フリルやレースがあしらわれた、可愛いと言っても良い服。


 それは後夜祭の時、未利が気にしていた服だった。

 何でも以前着ていた服と同じデザインの物らしく、どんな偶然か知らないが、捨てたはずのその服と巡り巡ってまた出会ったとか言う話だった。


 レフリーからもらって来たのだ。


 この世界ではあまり見ないタイプの衣服。


 未利はこんな服が嫌みたいだった。

 見た時に顔をしかめていたのを覚えている。

 当然だろう。何しろ一度捨てたぐらいなのだから。


 けれど、この服のリボンは大事に今まで持っていた。

 どういう事なのか。


「……変な人」


 今は、まだ離れた場所にいる人物の一人を思い浮かべる。


 口調も態度も乱暴だし、品が無いし、女性としてどうかと思うような事ばっかりしているし、たまに考えなしに行動して墓穴を掘るし、評価できる所なんてあんまりないのが未利という人間だ。


 でも、素直ではないが優しい所もある人間だった。

 言い方は悪いがコヨミの事を考えていてくれたし、町で悪口を言われた時だって反論しようとしてくれた。


 だが、親切心や良心があるのに素直に表現しようとしないし、嫌いな物を後生大事に抱えている。


 やはり本当に変な人だ。


 姫乃から聞いたあの限界回廊の話のせいで、最近は近くにいる事が多くなったから、それは本当によく分かるようになった。


 変というか、彼女は矛盾が多すぎる。


 一見叩いても潰れそうにない人間の様に見えるくせに、打たれ弱そうなところがある。

 身勝手で利己的な人間が嫌いだというポーズをとる割には、文句を言って憤慨する以外の行動は何もしないし。


「まったく、コヨミ姫様の事だって心配したいのに、どうして貴方の事まで考えてるんでしょう。再会したら耳が痛くなるまで説教してやるんですから」


 分からない人間だが、見捨てると言う選択肢がないし、むしろ助けたいと思っているのだから、今はそう嫌いではないのだろう。


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