第14章 スパイダー攻略戦

 


「三百秒、カウント開始ー」


 啓区が携帯をいじってタイマーを作動させる。

 数を数える方法は他にもあるのだが、保険として姫乃達の手元にある機械で数える事にしてあるのだ。


「本当に、機械なんだ」

「ぴゃ、おっきなクモさんなの」

「クモさんって言うほど可愛げのありそうな見た目じゃないけどねー」


 容姿について色々言いたい事はあるがそれぐらいにしておく、時間が無い。

 姫乃達は、準備に取り掛かっていく。


 姫乃達の位置どりは、常にクモの背後をとれるような位置を心がけて、距離は普通の隊員達より後ろの方だ。

 姫乃としては前に出ても全然構わないのだが、初めの内だけでもそうしてくれとイフィールに言われたので、今は後方で控えるしかないのだ。


「攻撃開始!」


 そうこうしている内にイフィールの号令が響く。散らばった隊員達がその言葉を待っていましたとばかりに、魔法攻撃をスパイダーへと撃ち込んでいく。 


 ありとあらゆる属性の魔法……炎やら、水やら、雷、氷、風が的に吸い込まれるように正確に飛んでいくのだが、それらは見えない壁に阻まれたかの様にスパイダーの目前で消えてしまう。……いや、様にではなく実際そうだった。


「ぴゃ?」

「あれは……」


 イフィールに語られた内容を思い出そうとすると、横から啓区の説明が聞こえて来た。


「魔法防御……マジックガードだねー。シールド魔法の特化バージョンー。棘の剣で何とかできたとしても、また張られちゃうだろうねー。だから……」


 そんな話をしながらでも、作業はしていたらしい。

 啓区はポケットから取り出した携帯のボタンを押し込んで、掲げて見せた。


「だから、その魔法を無効化しちゃおうー」


 瞬間。

 携帯から、放電現象が起きた。

 紫色の雷が、周囲へと発せられてとけて消えていく。


 それが、限界回廊に挑む事が出来なかった期間で啓区が開発した、新しい魔法(?)だった。

 詳しい事はよく分からないが、携帯の機材を使ったジャミングがどうとか言う話らしい。

 色々説明してくれるので理解したかったのだが、一般的な学習範囲ではない機械の事ばかりだったので、申し訳ないが姫乃にはさっぱりだった。


 数秒。空中にまき散らされた雷が効果を発したのか、透明な壁が消えていった。

 同時に、今まで壁に阻まれていた攻撃がスパイダ―へと着弾するようになる。

 

 ありとあらゆる属性が雨嵐のように、降り注いでいく様は圧巻だった。

 だが……。


「効いてない……」

「みたいだねー」


 本体が頑丈にできているらしく、表面が変形したり焦げ付いたりしてはいるものの、それは多少の変化であり、ダメージを受けているようにはあまり見えなかった。


「あらあらあら、大変ねー。でも、まだまだ勝負はこれかよ」

「ぴぃ」

「がんばるの。ぴーちゃんも、イフィールさんも、えっとえっと皆もがんばるのっ」


 そんな展開について姫乃達のさらに後方で、魔法を発動させているなあの、その隣に立って観察していた雪奈が言葉を述べる。


 雪奈はアルガラやカルガラと行動を共にしていたくらいだから、こういう事で大人しくしているタイプには見えなかったのだが、何故かなあちゃんの護衛として傍で待機しているのだ。

 それを指摘すれば「だって、ゆきなんがいなかったら啓区くんが護衛になちゃうでしょ?」と言われた。よく分からない。


 啓区の魔法を考えれば、なあちゃんと一緒にいるくらいで良いと思うし、代わりに雪奈先生に戦力として行動してもらった方が良いと思うのだが。それでは駄目なのだろうか。本人もその方がいいって言ってたんだけどな。確かに啓区も戦えるけど……。

 

「あら、イフィールちゃん恰好いい」


 そんな風に考えていると、雪奈の言葉に頼りになる女性の姿が目に入った。

 この集まりの一番のリーダーの女性だ。


 攻撃は断続的に行われているが、ダメージは軽微にとどまっている。

 それでも、兵士達の動きは鈍らなかった。

 

「ぃ、やあぁぁぁぁぁぁ――――!」


 それはイフィールも同じ。

 裂ぱくの気合と共に、駆けた彼女の剣が振るわれる。

 仲間の隊員によって強化されたその剣は、浅くはありつつも鋼鉄のボディに傷をつけていった。


 もちろん敵の方も黙っていない。

 接近者に向けていくつもある足を振るって排除しようとするのだが、しかしそのことごとくをイフィールは回避していった。


「足場を!」

「了解!」


 彼女の短い指示に隊員の一人が答える。


 イフィールの足元で風の爆発が起き、その身を高く舞い上がらせた。


「く、ら……えぇ……っ!」


 上空からの突き攻撃。

 スパイダーの足の根本を狙ったそれは無事に放たれ、相手の機動力を削ぐ事に成功した。


「さすがですイフィール隊長……っ」


 近くにいるエアロが歓喜の声をもらすのが聞こえる。


「五十秒! 六分の一が経ったよ!」


 啓区の声で気づく。

 だがもうそれだけの時間が経過している。

 普段何気なく過ごしている数秒がやけに早く過ぎ去っていくように感じられた。


 足りない。

 どうして時間って、一度流れて言ったら元に戻れないんだろう。

 珍しくもそんなどうにもならない事を考えるくらいには、焦っていた。


 後二百五十秒。

 姫乃達はそれだけの時間で扉の奥まで行かなければならない。







 その一言、時間の経過が知らされた事で判断したのだろう。


「すまない!」


 イフィールの声で出番が姫乃達まで回ってきた事が分かった。


「行きます!」


 前に出て、杖代わりのペンを相手へ向ける。


勇猛火炎ゆうもうかえん!」


 最初から全力だ。


 使うのは水の魔法ではなく、炎。不向きな属性だからなのか水の魔法は炎の魔法より魔力を多く使うようだったし、とにかく今はまずダメージを与えなければ話にならないからだ。

 触れた物を瞬時に炭に買えてしまいそうな炎熱が発生し、敵へと襲い掛かる。


 スパーダ―へ炎の塊がぶつかり、周囲一帯を巻きこんで真っ赤に染め上げるのだが……。


 草木も焼けつくす火炎の中で、鋼鉄の巨体は何の動作の支障も見せず身動きしている。


 姫乃の魔法も聞いていないようだった。


 そうと分かったら、この威力では使えない。

 火力が近すぎて、他の人間が近づけないからだ。


「ファイア!」


 他の隊員たちが消化した後、彼らが放つ魔法攻撃と共に攻撃を加える事しかできない。 


「姫ちゃんの持ち味が削れちゃってるわねー。これはちょっと厳しいかも知れないわねぇ」


 隣で悠々と発言するのは雪奈先生だ。

 

「得意分野を封じられると、人は大きく動揺するものよ。だから落ち着いて行くと良いわ」

「先生……、はい」


 目を細めて微笑みながらもらうアドバイスは、普段の調子が嘘みたいな的確な物だ。


 今ので二十秒だ。

 これで七十秒が経過した事になる。


 一分と十秒が経ってしまった。


「そろそろ嵐が来るわ」


 そんな中で、雪奈先生が気になる言葉をこぼした。

 それを証明するように、スパイダーに変化が起きる。


「ぴゃ、クモさんの背中が動いているの」

「あれは……」


 なあの言葉が異変を伝える。

 正確には、背中ではなく、背中についている三つの砲塔が、だが。


 それらはクモの背中に寝かされた状態から、垂直へと角度を変えていく。


「砲撃が来るぞ! 各員退避!!」


 それは事前にもたらされた譲歩の中で、イフィールが警戒していた攻撃だった。

 彼女の号令を待たず、今までクモの近くにいた者達が一斉に距離を取って後方へ避難、一か所に集まって来る。


「うふふ、雪奈先生の出番ね。漆黒の闇より賜りし聖なるゆきなんの実力の二十パーセントを解放する時が来たわ!」


 今まで戦闘に参加してこなかった雪奈が、特に意味はないだろうが右手を高々と掲げて、色々とよく分からない事を言った。


 その雪奈を中心に集まってきた者達全てを囲う様に、透明な半球状のドームが形成される。

 それは、結界だった。


 雪奈には、このスパイダーの攻撃を完全に……そして全員を防御する為に、後方に下がって魔力を温存している役目もあったのだ。


 スパイだーが動きを止める。

 そして天へとまっすぐに伸びた砲塔が振動し、直後――――


 多くの砲弾が雨嵐と降り注いだ。

 しかし、姫乃達の元へは一つたりとも辿り着かない。


「うふふ、可愛い教え子の元にそんな狂気的な凶器、雪奈先生が通すわけないでしょう」


 不敵そうな笑みを浮かべる雪奈の言葉通り、砲弾は見えない壁によって全て阻まれている。

 雪奈先生の魔法、結界の力は完璧に張られているみたいだ。


 だが……。


「姫ちゃん、百秒経ったよ……!」

「もうそんなに!?」


 弱点がある。

 完璧に防御するという事は、隔てられた壁を行き来する事が出来ないという事だ。

 

 よって、こうして防御している間、姫乃達は行動する事が出来なくなってしまうのだった。


 ……もう三分の一も時間が過ぎちゃったんだ。


「方針を変える、スパイダー攻略は放棄! 嵐が過ぎ次第、扉へたどり着く事を優先しろ!」


 砲弾の雨が壁を叩く音に負けないように、イフィールの声が飛ぶ。

 そうだ。


 姫乃達の目的は、紺碧の水晶を手に入れる事。

 ガーディアンを倒す必要はないのだ。


 ただ一つ懸念があるとすれば、倒していないのに扉を開ける事ができるか……だが、それは前例がないのでやってみるしかないという事だった。


「そろそろだ! 解除を頼む」

「はいはい、りょーかーい!」


 次第に砲弾の嵐が収まっていく。


 周囲には、何度も砲弾が着弾した影響か、煙がたなびいていて視界が悪い。

 隊員の何人かが、視界を良くするために風の魔法の準備をするのが分かった。エアロもそのうちの中のその一人だ。


「なあも頑張るの、なあも戦うの。戦うのはなあ良くないって思うけど、未利ちゃま達の為にがんばるの」


 嵐が過ぎ去るのを今か今かと待ち続けていると、なあちゃんの声が聞こえて来た。

 目を閉じて集中しているみたいだった。


 なあちゃんは普段の特訓でも、特に集中とか集中していないとかそういう状態(コンディション)に関係なく、安定して魔法の力を行使しているから、こうしているのを見るのは珍しい。


 そうこうしている内に期を見て、雪奈が結界を解除。

 同時に隊員たちの行使した風の魔法が周囲にあった煙を押し流す。


 徐々に晴れていく視界。

 

 だが、完全に敵の姿が見えるようになる前に、イフィールが声を上げた。


「下がれ!!」


 しかし、それより一瞬早く、風を切る音がする。

 煙の中から、スパイダ―の足が伸びて来た。近い。


「――――せぇあっっ!」


 誰一人として反応できなかったその事態に反応したのはイフィールだ。

 彼女は、剣を振り繰り出された攻撃の軌道を直撃からそらす。

 そんな行動のかいあってか、直撃は回避できた。

 その代わり、


「……っっ!」


 イフィールが声にならない悲鳴を上げ、持っていた剣を摂り落とした。

 今ので腕を痛めてしまったらしい。

 ダメージシェアの効果がかかっていて分担していると言っても、その効果は絞られる。


 300秒の間隊員全体をカバーできるように魔力を温存しようと、技量の高いイフィールはあえてその魔法の世話にはならなかったのだ。


 動きの止まったそこを別の足が襲い掛かる。


「イフィールさん!」

「隊長!」


 姫乃とエアロの声が重なる。

 だが、彼女の体が敵の攻撃に傷つく事はなかった。


「うおぉぉぉっ!」


 近くにいた隊員の一人がイフィールを突き飛ばしたからだ。

 代わりに、その人がスパイダーの足に薙ぎ払われて吹き飛ばされてしまう。


 「……!、すまない」


 イフィールは、その隊員の名前を呼んで短く謝った後、左手で剣を持ち直した。

 数人の人間が、吹き飛ばされた彼の方へと走っていく。


 人には人の役割がある。

 それは姫乃でも分かっている事だ。

 あの人はあえて、自分とイフィールさんの役割を判断して、自分が犠牲になる方を選んだのだろう。


 大丈夫だろうか。


「我が部下の仇、取らせてもらう。なめるなよ」


 イフィールは、そう言って、再びスパイダーへと躍りかかっていく。

 右手で扱っていた時と変わりのない鮮やかな剣裁きだ。


 その様は、まるで動揺した所などなくて、むしろ今までよりもいっそう力強く見えさえする。


「すごい……」

「でしょう、イフィール隊長がああして戦ってくださる限り、私達もまだ戦えるんです」


 その通りだ、と思う。

 イフィールさんが先陣を切って、ああして敵へ向かっていく姿を見るとまだまだ自分もできると思えてくるから不思議だ。


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