第13章 ガーディアン
エンジェ・レイ遺跡 月之宮 五層
月之宮の遺跡の一番下。
姫乃達は数時間かけて内部を移動した後、五層の奥へと辿り着いていた。
その場所は当然目当ての場所、遺跡の最奥だ。
重要な場所と言うだけあって、そこはなかなかに広々とした場所だった。
開放的とも広大とも言い表せる。
しかし後は……、何と言えばいいのか、ちょっと常識外れな場所だった。
ここは遺跡の内部だ。
それも一番下。
そのはずだと思う。
当然、そんな最底辺の場所にいるならば、そこにいる人間が見上げれば、視線の先には大きな天井があるのが普通だろう。
だが、ない。
代わりに見えるのは星空だったのだ。
天井に描かれた絵とかそういう類いなどではなく、ちゃんと星の光が瞬いているし、暗闇だが床と天井ではありえない距離を感じる。
「自然……だよね」
思わずぽつりと漏らした言葉だが、同じ心境だったらしく啓区となあが同意してくれた。
「どこからどう見ても自然だねー」
「なあ知ってるの、大自然っていうの。ぴゃーって広くて、ばーっなの。でも不思議なの、ここはお部屋さんの中なの……」
反対に視線を落とせば足元には草原。
土の感触もあるし、生えている草を踏みしめる感触もある。
そんな大地を視線で追っていけば、なだらかな丘があり、その斜面が続いていて離れた所に別の扉がぽつんと存在しているのが見えた。
室内とは思えない光景に、明らかに室内と言う状況を匂わせる物がある。
違和感しかない光景に姫乃はもう唖然とするしかない。
ひょっとしたら何かしらの説明がもたらされるかも、と期待して視線をエアロに向けてみるのだが。
「お手上げです。考古学者でも研究者でもないのに、この景色について私に何を語れと言うんですか」
彼女からはそんな反応だ。
そんな事を言っていると周囲を見渡していたイフィールの声が聞こえてくる。
「ふぅ、いつ来てもここは開放的だな。遺跡の構造に別に興味はないのだが、何を思って作ったのかは聞いてみたい」
集団の前方にいる彼女は姫乃達とは違って、何度かこの場所にも来ているらしく慣れた様子だ
調査隊の人のはずなのに、どうしてこんな事にも詳しいのだろうと思うが。
一瞬だけ興味の色を覗かせたイフィールだが。すぐに表情を引き締めて言葉を続ける。
「さて、分かっているだろうがここからは特に気を引き締めていかなければならない。遺跡を守るガーディアンの強さは、今まで戦って来た相手とは比べ物にならない。けた違いとなるからな。正直手持ちの情報で計算したところ、これだけの人数がいても勝算は五分を切るだろう」
五分五分。
五十パーセントより下、つまり半分以下だと言う事だ……。
つまり十回戦っても、半分勝てるし、半分負けちゃうって事だよね。
「だがそれは、あくまで今私たちが出せる力の内、最高の実力を出した場合の数値だ。私以外の者達はガーディアンと戦った経験がない。どうしても戦闘中は予想外の事が起こってしまうだろう。実際はもっと下かもしれない」
半分以下……。
「だが……」
イフィールは自分の武器の剣を掲げて、丘全体に響き渡るように声を張り上げた。
「臆するな! 怯むな! この戦いには多くの者達の命がかかっているのだ。勝てるかどうかではない、勝つ気で行け!! 姫様の元に集う我々は姫様を支える剣であり、民達を守る剣である。退くな! 前進しろ! そして我々の手で未来を掴み取るのだ!!」
「はい」「おう」「了解!」
まるで昔話の語りのように紡がれた言葉は、兵士たちの空気を一瞬で買えてしまった。
空気が引き締まって、ピンと張りつめるのが分かる。
けれど、緊張しすぎるという事はなく、それは程よい均衡を保っていた。
まるで魔法だ、と思う。
イフィールさんの声には魔力があるんじゃないかと思えのだ。
彼女の意思が、心が、言葉となり音となって、魔法の様に皆の心を奮い立たせていくのが分かる。
これはもうイフィールさんにしか使えない魔法と言っても良いかも知れない。
「うんうん、そうそう。勝つって思いを失くしてしまったら、そこで試合は終了よ。諦めたら負けは決まってしまうんだから、勝利に貪欲にならなくちゃね」
そんな兵士達の様子を見て、雪奈先生は満足そうだ。
笑顔で頷いている。
どこから試合という言葉が出てきたのかは分からないが、確かに姫乃もその通りだと思った。
どんな状況でも、何とかしなければという思いがあったから姫乃達だってここまでこれたのだから。
エルケの町の魔力泥棒の件も、クロフトの町を襲った魔大陸の件も、湧水の塔でわけが分からないまま何かに巻き込まれた時だってそうだし、クリウロネの避難民達の時だって。
「後ろにいる我々の帰還を待ち望んでいる仲間達に、敵の手中で今なお戦っているだろう姫様達に、勝利を届けるのだ!!」
「「「おおっ!!」」」
「各自準備はいいな、行くぞ!」
イフィールを先頭にして、なだらかな丘の斜面を姫乃達は歩いて行く。
奥の部屋に続く扉を目指して、行く手を阻むだろうガーディアンを倒して進む為。
四宝を守るガーディアンについての情報。
それは、イフィールから聞いた話だ。
遺跡に入る前。
理由は少し前に遺跡に侵入した者がいたため、通常時は起動していないガーディアンが起動してしまったから。
先程言ったように、イフィールの話によるとかなりの強敵になるらしく、倒すにはかなりの時間が必要になると予想されている。
安全を考えてまともに戦っていてはとても短期決着は無理だと、そんな風に言われたのを覚えている。
戦闘は、危険な攻撃以外は防御よりも攻撃重視で行う事になる。
相手の情報を元に、行う連係は密に決められたし、計画は何度も練られた。
下手をしたら命を落としかねない相手。
けれど計画はそれでも攻撃重視を基本とされた。
実は厄介なのが、ガーディアンを倒すのには制限時間があるという事だった。
時間は三百秒。
それを越してしまうと、たとえガーディアンを倒したとしても、仕掛けが作動せず扉は開かなかくなってしまうのだと言う。再び扉を開けるためには魔同装置研究班のアテナ達に頼るしかなくなるというらしい。
ただでさえ例の魔法で忙しくしている彼女達に任せるには、大きすぎる内容だった。
イフィールしか戦った事のない相手で、なおかつ強敵、それでいて三百秒の時間の制限がある。
姫乃達が戦う相手はひどく倒すのが困難そうな、そんな相手だった。
すでに各自それぞれが武器を携えていて、準備はできている。
それは姫乃達も同じ。なあちゃんのダメージシェアの魔法も発動済みだ。
丘の斜面を移動していく姫乃達は、この場所に着た扉と目指すべき扉とのちょうど真ん中にさしかかっていた。
話によればもうすぐだ。
姫乃は、そこに集まった者達の様子を見る。
一番前を歩くイフィール、兵士達、共に歩くエアロや啓区、なあなど。
結構な数がいると思うがこれから戦う相手はそれでも勝てるかどうか分からない敵だ。
けれど、勝つ。
勝つつもりで挑まなければ勝利を得られないのなら、戦っている間は決して敗北の事は考えないようにしようと思った。
「来るぞ!」
そして――――
気配がした。機械の駆動音の様な物が響く。
それは前でも後ろでも左右でもない。
上空からだ。
潰される心配はない。
情報は事前に得ていたので、姫乃達は十分に距離を採っていたから。
それは地面を揺らして着地、土煙を巻き上げて姫乃達の前に立ちはだかる様に現れた。
遺跡のガーディアン。
鋼鉄製の体をしたそれは、生物のクモの様な形状を模してある。
八本の足があり、丸みのある頭と、大きな腹部がある。
この世界の一般的なクモがどういうものなのかは分からないが、そう大きな違いはないらしい。イフィール達もこのガーディアンをクモに似ていると考えているようだ。
そのクモに似た容姿のガーディアン……(名称)スパイダーだが、一点だけ大きく違うところがある。
背中(といっていいのか、詳しくない姫乃達には分からないが)に、三つの大きな砲塔がついている点だ。
侵入者が戦闘を放棄せずに続行し続けると、嵐の様な砲撃を見舞ってくるので、注意する必要がある。
姫乃達も気を付けろと何度も念を押された。
ともあれ、そんなガーディアンが現れたからには、カウントが開始される。
猶予は三百秒。姫乃達は何としても時間内に扉の向こうへ辿り着かなければならない。
これからは、その事実を踏まえた上で行動しなければならないだろう。
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