第15章 運命を賭ける300秒



 とにかく、姫乃達はスパイダーとの戦闘よりも扉へたどり着く事を優先的に動く事になった。


 そういうわけだから、今までの動きを変更し、イフィール達が引き付けている間に、姫乃達や兵士達の数人が扉の方へと向かう事になった。それが自分たちの役割だ。だが……


「何だ、こんなの情報にないぞ……!? 気を付けろ!」


 イフィールの声が飛んできて、姫乃は振り返る。

 そこには淡く発光するスパイダーの姿があった。


 あれは、何だか……、


「ぴゃ、クモさんがピカって光ってるの」

「記録にない行動かー、ものすごーくやばそうだよねー」


 激しく啓区のセリフに同意だ。

 振り返りつつも足を止めずに走るが、姫乃達が扉に辿り着く事はなかった。


 なぜならスパイダーが……、


「なっ」

「うわっ」「あぁっ」「嘘だろ!」


 戦闘をしているイフィール達の輪をジャンプして脱出し、驚異的な脚力を駆使して、姫乃達の前へと落ちて来たからだ。

 着地と同時に巻き上げられた土が姫乃達に降り注ぐ。

 だが、そんな事を気にしていられる状況ではなかった。


 離れた所にいると思っていた脅威が、一瞬で目の前に来てしまったのだ。

 何とかしなければならない。

 そう思い、距離を取ろうとするのだが。


「……ぁ……っ」


 着地と同時に、電流の様な物が体に走ったと思った瞬間、姫乃達は皆その場から動けなくなっていたのだ。

 これは、ひょっとしなくてもかなりまずい状況なのでは……。


 機械に感情なんてあるはずがないのに、こちらを睥睨するその姿からは妙な威圧感を感じてしまう。


「くそっ、この距離では……っ」


 イフィールさんの焦ったような声。

 この場で一番頼りになる戦力の到着は間に合わないだろう。


 このまま姫乃達がこの場に留まっていれば、ただの的となる。


「……っ」


 手を、足を、力の限り動かそうとするが。

 駄目だった。

 指一本、まともに動かせやしない。


 動けない姫乃達をまとめて薙ぎ払おうと、目の前でスパイダーの足が動く。


 まさか、ここで終わる?

 そんな……。

 そんな事になったら。


 ……助けられない。 

 

 だが結果として姫乃達は、その攻撃に引っかかる事はなかった。

 何故なら。


「うぅぅぅぅぅぅ――――っ、なあだって頑張るのっ」


 いつになく真剣なあの声と共に、体の硬直が溶けたからだ。

 間一髪、姫乃達は慌ててその場を下がっていく。


 地面と激突したスパイダーの足。

 衝撃で舞い上がった土を浴びながらも、首をひねる。


「一体何が……」


 どうして動けるようになったのか。

 そうは思うが詳しい事は考えてられない。


「あら、なあちゃん。もしかしてひょっとしてともすれば……?」

「ぴゃ、びりびりするの……。それに魔力さんがからからになりそうなの」


 後方で雪奈たちが気になる会話をしている。前半はともかく、後半を聞くにこれからはダメージシェアを頼るのは難しいかもしれない、と思った。とりあえず安全圏まで後退していく。

 稼いだその一瞬があれば、後は何とかなった。

 先程までスパイダーを囲んでいた者達からの魔法攻撃が飛んできて、姫乃達が十分に下がるだけの時間を確保できたからだ。


 入れ替わりにやって来たイフィール他達が前に出る。

 これで百五十秒。


 試みは失敗。

 姫乃達はまだ扉へは辿り着けていない。


 攻撃を加えながらも、気づいた情報をイフィールが口にしてまとめていく。


「奴の優先順位は扉に近づく者……、行動不能にする攻撃は初見だな。奴が光を帯びたら注意しろ! 次も奇跡が起きるとは限らんぞ!」


 皆全力だ。

 だけどスパイダーには通じていない、決定打となる一手が無いのだ。


 実力は相手の方がまぎれもなく強い。

 今はかろうじて渡り合えている様に見えるが、それはきっと些細な事で崩れ去ってしまうような危うい均衡だろう。


 勝利を掴みに行く為に、姫乃にできる事は……。


 私にできる事は……!


「「思いついた!」」


 声を上げると同時に横から声が聞こえて来て驚いた。

 啓区だった。


 他にも何かアイデアがあるのかな?


「あー、たぶん姫ちゃんの方が先にやった方がいいかなー」

「そ、そうかな?」

「こっちは時間かかりそうだし。うん、よろしくねー」


 そういう事なら、となあに声をかける。

 ヒントはここに来る前にしていた事だ。

 啓区や雪奈先生の会話の意味が分かった。


「なあちゃん、あれをお願い」

「ぴゃ?」

「えっと、埃だるま?」

「あ、分かったの。なあ出すの!」


 それで通じるだろうかと思ったがちゃんと通じたようだ。


 数舜後、一体今までどこでどうやってこんなに集めたのかと思うほどの、大量の埃、そして毛糸の糸くずがかまくらから出てきた。


「アルガラちゃんとカルガラちゃんにくっついて旅してきた中で、ゆきな先生が腕によりをかけて集めて来た埃だるまよん」


 どうやら出どころはそうらしかった。

 そんな事に腕によりをかけたりしないでほしい。

 他にも何か変な物が入っていないか後でチェックしなければいけないかも。


 ともかく、姫乃は魔力を練って相手を見据える。


「雪奈先生、お願いがあるんですけど。それにエアロも……」

「え、何か呼びましたか?」


 まず雪奈に相談して、次にエアロに話を通す。

 準備を整えた後は、イフィールへと声を掛けた。


「イフィールさん、今から攻撃を仕掛けます! 離れてもらえませんか」

「攻撃……。分かった!」


 考える様な素振りを見せた後、イフィールはその場を離れていってくれた。


「先生、お願いします!」

「それじゃあ、いっくわよー」


 雪奈先生が、声を弾ませて結界を形成していく。

 相手を囲むように。

 そこに。


「タイミング外さないでくださいね、行きます!」


 大量の埃をエアロが浮かせ、他の隊員がそれらを吹き飛ばした。


 そこに姫乃が魔法を発動させる。


 形成されていく半円状の結界。

 そこに吹き飛ばされて降り積もる大量の、燃焼材料。

 細かいそれらは今まで少しずつ与えて行ったダメージ部分から、機械の内部へ入り込もうとするだろう。

 傷口に塩を塗り込むみたいで気は進まないが、やるしかない。


「勇猛火炎!」


 頂点から下に伸びていく壁の隙間へ、姫乃の放った魔法が草原を縫うように向かっていき、火炎が壁の内側へと通り抜けた。


「燃え尽きて……っ」


 ありったけの炎を、閉じていく結界内へと注ぎ込む。

 一瞬で、全てを焼き尽くす。

 火炎を超える、猛炎を、猛炎を超える豪炎を、轟円を超え、地獄の底にあるような煉獄へと至る様に。


 その瞬間、赤かった炎が青色に染まった。


 結界内が青一色に染まる。


 これでどうか倒れて――――!


 けれど、望みに反して機械の足が見え咲かる炎の向こうから姿を現し、足で結界を叩こうとする。

 残念な結果だ。

 でも、それも予想済みだ。


 隙間なく埋め尽くされた空間の中で、炎は酸素を使い果たした。

 その中に酸素を供給させれば、どうなるか。


 知ってる。

 なにせ、一度見た事があるのだから。


「伏せてろ!」


 イフィールの声がする。

 そして。


「――――!」


 爆発が湧き起こった。


 バックドラフトという現象で、燃焼するための空気が急激に送られると発生するのだ。


 光と、振動と、音。

 距離をとって伏せていた姫乃達に襲い掛かった。


 あまりの衝撃のせいか、思考が真っ白になりそうだった。


 収まり次第すぐに跳ね起きる。

 その瞬間、はらりと何かが落ちるのが見えた。

 とっさに掴むと、それは自分の髪を束ねていたリボンだった。


 焦げ目がついている。

 何かの拍子で火の粉を被ったりして燃えてしまったのかもしれない。

 イフィール達ほど動き回ってはいないが、何しろこちらは修行中の身だ。

 魔法のコントロールを知らぬ間に間違えたりしたのかも知れない。


 リボンをしまいながら、状況を確認する……。


 ガーディアンは真っ黒で、煤にまみれている。

 ところどころ変形してもいた。

 先程見た姿よりはかなりの進展だ。


 けれどまだ、動けるようだった。


「これでも……っ、駄目なの!?」


 二百秒経過。

 残り百秒。

 後三分の一。


 打てる手は全て出し尽くした。

 もう、これ以上対抗できる策はない。


「く、ここが引き際か……っ、これ以上は……」


 イフィールさんの悔し気な声。

 これ以上の戦闘は無意味だ。

 きっと皆そう思っている。


 ここまでやって駄目だったのだ、姫乃達の勝敗はもはや決まったも同然だろう。

 いつまでも留まっていた所で、怪我人を増やすだけだ。


 だが、それでもと思う。


 ここまで来たのに……。

 こんなところで……。


「諦めたくなんかないよ……っ」


 助けたい。

 その為にここまで頑張って来たのに。

 目指すべき場所は目の前にあるのに。


 ここまで来て、後一手足りなくて下がらなければならないなんて、そんなの悔しすぎる。


「まだ……っ」


 けれど、声が聞こえた。


「あと、一手ある」


 それは扉の方から聞こえてくる。


「お願いだよ。僕にも、登場人物きみたちみたいに、状況を動かす力を……」


 スパイダーの優先事項は、扉に近づく者。

 彼はいつの間にあんな所に行ったのだろう。


 やはり、イフィールさんの見立ては正しかった。

 優先順位があるのだ。


 四宝の守り人として、ガーディアンとして、一番危険な人間の排除を最優先に設定されている。


 スパイダーは光りを纏った。

 そして、今までの攻撃で変形した四肢を動かし、その場からジャンプする。


 後は、先ほどと行動は同じだ。

 足を振り上げて、奥の扉へ接近した者を行動不能にしようとする。


 あんな場所で動けなくなったら、どうなるか分かり切っているはずなのに。


 一体、どうするつもりなの……!?


 息を呑む。


「大丈夫」


 小さくて静かな声。でも聞こえた。

 それはいつか湧水の塔で聞いたときと同じような言葉だったけど、少し違うように耳に届いた。


 同時。

 足が振り下ろされれ、雷光が走る。

 

 けれど、啓区はその場で平然と……何事もなかったかのように身動きしていた。


「火力ならぬ電力が足りないなら、あるとこから奪っちゃえってねー」


 体に紫の雷光を纏いながら。

 その手には機械のジャンクパーツを持って。


 そして、


 啓区は持っていたそのパーツを思い切り、スパイダーへ振りかぶった。


「ビリビリサンダー、いっけー!」


 そして、視認する事も出来ないような高速で、啓区が手にしていたそれが放たれて、相対する機械の体を貫いた。


 一つ風穴があく。

 幻でも何でもない。

 本当の損傷。


 すさまじい威力だった。


 後で聞いたら、レールガンとかいう仕組みで、雷を合わせて物体を高速で射出する技だと聞いたが、姫乃にはまたも詳しい事がさっぱり分からなかった。


 だが、その攻撃は間違いなくこれまで一番の威力だった。


「あー。格好珍しく格好つけてやったのに、これも駄目かー」


 しかし、それも鋼鉄の体を持つ敵にとっては、致命傷にはならないようだった。

 

 先程よりも動きがぎこちなくなりつつも、スパイダーは身動きしている。

 姿勢を崩して、時々体を震わせつつも、けれどそれでも動いているのだ。


 しかし、反撃の一手としては、それで十分だった。


 姫乃は己の内に、力が湧いてくるのを感じた。

 仲間がそこまで頑張っているんだから、自分もまだ頑張らないでどうする。


「諦めない」


 屈してたまるかと、抗う意思が湧いてくる。


「まだ、戦える」


 このまま大人しく終焉を時を待つくらいなら、持てる全てを使って精一杯抗って見せる。


「私達は、仲間を助けなきゃいけないんだから!」


 ここまでの旅路を共にしてきた仲間を、旅の先で出会った者と、また再会する為にも。


 姫乃は絶対に諦めるわけにはいかないのだ。


 拾っておいたリボンを、腕に巻く。


 これは願いだった。


 皆がまたそろうように。


 それは誓いだった。


 皆とまた一緒に過ごしたい。


 だから―――― 


 だから――――!!

 

「私はまだ戦う!!」


 残り五十秒。


 運命を変えるための戦いは、未だ終わらない。


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