第58話 参加型の儀式
『未利』
多くの人を乗せた船は港を出て、左右に浮島を置いたレースコースをゆったりと周っている。
海風が時折吹いては、船内から出てきた乗客たちの熱を冷ましている。
華やかな船内から離れて、冒険心が赴くままに勝手にふらつきだした未利はデッキにたどり着いていた。
そこでは、水の恵みに感謝を示す為のある儀式が行われていた。
それは、感謝の意を示すために海の恵みである魚の鱗を弓矢にくくりつけて、また海に還すというものだ。
執り行うのは、この世界でそういった儀式を執り行う専門の命奉(みことまつり)りという職の人間で、大勢の物が見守る中ゆったりとした動作で厳かな空気の中、弓をつがえ狙いを海面へ定めていた。
「ふぅん、ちゃんと水礼祭だけに水に礼を尽くすってわけね」
視線の先では静かに矢が放たれ、水音をわずかにたてて命奉りが儀式を終わらせていた。
その後は乗客たちが自由に参加して、矢を射れる時間となった。
せっかくなので、参加してみようと思い未利は並ぶのだが、そこで前に並んだ人物が振り向く。
そして、こちらに声を掛けてきた。
「ふむ、もし的に矢を当てられたら、君は何をもらうつもりかな?」
「的? 何それ」
その人物は、細見で華奢な体格の男性だった。
髪は亜麻色で、束にして背中に流している。
雰囲気や言葉からして、荒事には向いてないような人間だ。
矢を飛ばせるのだろうか。
「浮島に的があるのだよ。その的に当てられたら、景品をもらえるようになっている」
丁寧な物腰だが、当然警戒する。
普通の態度を取られても、警戒するが。
普段大人に話しかけられてそんな態度をとられた事がないので、未利はやっぱりどっちも警戒なのだ。
「ほら、あのように」
男が示す視線の視線の先には、確かに景品らしき品物の山。
その存在には気づいていたが、まさか射的の景品だとは思っていなかった。
「神聖な儀式なのに良いワケ? それって」
逆に礼を失ってないか、と思うのだが。
「当たらないから大丈夫さ。そういうもので人を呼び集めているのだよ。いくら歴史があろうと、地味な催し物を進んで見物しようとは思わないだろう」
それはそうだが。
なんだか騙されているみたいで気分が悪い。
「まあ、それも今年からの試みらしいが、集まり具合はまあまあと言ったところか」
「やるなら、もっと趣味の良い方法で集めろって後で苦情言ってやる」
そんな企画するから遠く離れた海で巨大なイカ魔獣が船を襲ってんだよ、と考えるのはさすがにこじつけだろうが。
そんな風に喋っていると、男の番が来た。
「さて、よく見ていると良い。私はこういう場での妥協や誤魔化しというものが嫌いでね」
「それは、同感」
急に話しかけられてまだよく分からない奴だか、そこに関しては気が合いそうだった。
やるなら徹底的にやる。
そうでなきゃ。
前に挑戦した者から弓を受け取り、構える。視線は当然、浮島の的だ。
矢を番えて、一呼吸…二呼吸、手にしていたそれを放つ。
「へぇ、やるじゃん」
矢は吸い込まれるように的へと命中した。
「風や弓矢の状態を考えるのもいいが、自分の呼吸を合わせタイミングを見極めることも重要だ」
「ご丁寧にどーも」
男から弓を受け取り、脳内にタイミング、タイミングとこれからの為にメモをしておく。
「ああ、そういえば……。一つ聞くが、動物でいったら君は何が好きかい?」
「別にないけど」
「じゃあ嫌いな方は?」
「ネコ」
「なるほど、了解した」
何が。
と思ったが、そのまま弓を持ったまま突っ立っているわけにもいかず、構えに入る。
矢は当然なしで、魔法で作った風の矢だ。
いつも自然と使っているが、これも結構不思議だ。
風を物体として固定化するなんて、どうやってんのか。
指から確かに使わる感覚に首をひねる。
力をつけるためには、そこらへんの仕組みもよく考えた方がいいかも、と。
そう思いながら放った矢は、惜しくも的をかすめて暗闇に消えていった。
何が駄目だったか、考えながらその場を離れていく未利に差し出されるものがあった。
ネコウ……のぬいぐるみだ。
見覚えがある。さっき見た景品の山の中で、ドヤ顔して交ざってたやつだ。
「お近づきの印に」
差し出すのは未利の前にいた男だ。
「何のつもり?」
「何のつもりもない、ただの友愛の印さ」
「はぁ?」
そういって、男はネコウのぬいぐるみを未利に押し付ける。
まったくもってそいつの行動の意味が分からない。
そうこうしていると、こちらに体当たりでもするのかと思うほど速足で歩いてきたエアロが、目を吊り上げてお説教してきた。
一瞬、こちらを見つけたその表情がなぜだかほっとしている様に見えたが、気のせいだろう。
「こんな所で何やってるんですか。勝手にうろつかないでください」
「そんなのどうしようとアタシの勝手でしょ」
「大体、普段の行動からして落ち着きがなさすぎるんですよ。急にいなくなられて焦ったじゃないですか!」
そんな風にやり取りしてると、今度は啓区の声が聞こえてくる。
「そーそー、ドレスの裾でも踏んづけて泣いてないか心配だったんだよー」
「なあちゃんならともかく、アタシがそんな事になるワケないでしょ! ていうか、ネタにする程そんなに似合ってないか!」
二人は未利に近づいてくるが、その手に持ってるヌイグルミに気づいて首を傾げる。
「あーこれは何か変な人間にもらった」
「もらったって、よくそんな人から受け取りましたね」
「珍しいねー、未利が出会ったばかりの人から物をもらうなんてー」
いや、もらってないし、押し付けられて逃げられただけだし。
周囲を見まわせばもちろんその男の姿はもうない。
「まあ、でもー」
啓区が未利の手からネコウのぬいぐるみを掴んで見つめ合う。
つぶらな瞳をしているネコウだが、嫌な思い出しかないだけに未利としてはすごく複雑だ。
「何か、お似合い(笑)だと思うよー」
「今アタシは凄くムカついた!」
「いひゃいよー」
だが、ぬいぐるみ事態に罪はないので扱いに困るのが悩みだった。
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