第59話 満ち満ちる気まずさ
『コヨミ』
船の中の一室、人一人いない更衣室。
そんな静かな部屋にいるのは、コヨミとグラッソの二人だけだ。
先程まではパーティーの会場にいたのだが、賑わいと熱気に疲れてしまったため、少し休憩していたのだ。
「もう少しだけ、この時間が続いてほしいのは我がままかしら」
椅子に腰かけながら物思いにふける。
水上レースを見て、町の屋台を巡って歩いた一日目。
ギルド、ホワイトタイガーの仲間とともにショーにでた二日目。
わずか二日の思い出だが、それらはとても楽しい思い出だ。
しかし、それももう……あと残りわずか。
これが終わったらまたしばらくは、王女としての日々が続くのだ。
「仕方ないって思ってはいるけどね、どうしても考えずにはいられないのよね。もし私が普通の子供だったならって。きっと明日も、明後日も自由に皆と遊べるのに」
「そうですか」
もしも、だ。そんな事はありえないだろうが、叶うことなら王女としてではなくただのコヨミとして生きられたら、こういう時は思わずにはいられない。
祭りはとても楽しかった思い出だ。
けれど、その思い出が逆に、コヨミの心をほんの少し傷つけていた。
王女だと知っても変わらずに自分に接してくれているギルドの皆の態度は嬉しい。
だけど、やはりいつまでもまったく同じというわけにはいかないだろう。これからは。
「逃げちゃうってのは……やっぱり駄目だわ」
そんな事したら多くの人間が困ってしまう。
自分一人の幸せの為に、他の人を犠牲にするのは間違っている。
「やっぱり、このまま頑張るしかないのよね」
「そうですか」
相変わらず相槌しか打たない護衛のすねを小さく蹴る。
こういう時はちょっとぐらい慰めるのが、常識だろうに。
そんな風に思っていると、部屋の外から話し声が聞こえてきて、近づいてくる。
誰かが部屋に入ってきた。
「あれ、何でここにいんの?」
「ひ、姫様! なぜこちらへ」
それは未利とエアロだ。
仲が悪いと聞いていた二人の行動にコヨミは首を傾げる。
彼女達は原因は知らないが何やら大きな喧嘩したらしいのに。
ひょっとして知らない間に仲直りでもしたのだろうか。
「えっと、人込みに疲れたので少し休憩してるの。貴方達は?」
「あ、いやちょっと……」
「まあ、その何と言うか、服を脱がせようとして」
「服?」
何で?
と思ったコヨミはようやく未利の来ている服に気が付いた。
ああ、これは。ここに来るわけだ。
「ったく、皆して何なのさ。そんなにアタシにはドレスが似合わんか! 似合うとは思っちゃいないけどさ」
「いえ、そんな事はないと思うけど。それ、どうして……」
こちらの疑問にエアロが事情をかいつまんで説明すると、コヨミは表情を引き締めた。
「そうですか、もうそろそろですかね」
「はい、ですから。今は、外に啓区さんがいます。途中まではなあさんも合流していたんですけど、雪奈さんに発見されて攫わ……遊び相手にされてしまって」
「あの人も戻ったのね。元気そうで何よりだわ。調査のレポート、後で読んでおかなくちゃ」
深刻な表所で真面目な会話に入りだしたコヨミ達の様子を見て、居心地が悪くなった未利はそわそわしだす。
「ねぇ、何か放置されてるんだけど。アタシここにいていいワケ?」
「あ、ごめんなさいね」
「適当にこちらにお構いなく着替えてくださってればいいですから」
「何だかなぁ」
一人ごそごそと部屋に備えられたドレスの中から替えの服を探して歩く未利。
「みんなヒラヒラした奴ばっかりだし、どうしてもアタシにこんなもん着せて笑いもんにするつもりか……。うわぁ、これ皆無理なんだけど……」
文句が尽きない様だった。
そんな部屋の中で、コヨミとの話を終えたエアロはぎこちなく未利に声を掛ける。
「あのー……、未利さん」
「何、今アタシは羞恥の視線の嵐に飛び込む覚悟の準備で忙しいんだけど」
「まだ、選んですらないじゃないですか」
視線を外したまま、服を選んでいる未利の声は覇気がない。
可愛い物に対して並々ならない拒絶心を抱いているようで、動作がちっとも進んでいない様だった。
これはさっさと要件を終わらせて、適当に押し付け……見繕ってやらねばならないかもしれない。
そう思いエアロは、ドレスのポケットから、小さなリボンを取り出して気まずそうに言葉を続ける。
「えっと、その……、これ、知り合いの人に頼んで繕ってもらったんですけど」
「何が……。って、それ……」
「あんな風に置いてかれたら、拾わないわけにはいかないじゃないですか。安心してください、あの事は、その誰にも言ってませんから」
「姫様横に置いてそれ言う?」
話題を振られたコヨミは、何か自分に関係がある事だろうかと視線を行き来させる。
というか、自分はここにいていいのだろうか。
エアロの性格や立場からして、自らの仕える主を部屋から追い出すなんてでできなさそうだが、これは余裕がなくて忘れられた方だろう。
「私、ここにいていいのかしら」
「そうですね」
「えっ、肯定! どこへの?」
グラッソとの定番のやり取りをコヨミがこなす間にも会話は進んで行く。
「ええと、その、私もちょっとは、ほんの少しは……思う所がなくもないと思ってるんですよ、一応」
「ふぅん、……そ。まあ、アタシもアレだし。偉そうに言ったけどアンタのこと何も知らないし、知り合って間もないし、ああいうのを頭ごなしにアレするのもアレかな、とか思ってなくもない」
「そうですか、あの、そのですね……えっと」
「つまりアレでしょ。アレするために、話題出したわけでしょ。それくらい分かってるし……」
おそろしく歯切れの悪い会話が、ゆっくりと進んでいく。
「だから、つまり……」
「い、言えばいいんでしょ。言うし、言えるし……」
「……」
「……」
とかいいつつも、会話が途切れて無言が部屋を満たし始めた。
無言が満ちるっていうのも変だけど。
ほんとに間だけが、続いているのよね。
「あー、もうっ。しっかりしなさい二人共!」
「きゃっ、姫様!?」
「うわっ、いたの!?」
耐えきれなかったコヨミが声を上げる。
「いたわよ。いました。しっかりこの耳で聞いて、目で見てたんだから。もう、二人共、何があったのか知らないけれど、そんなのたった一言いうだけでしょう!?」
「そうですね」
「ほら、グラッソもこう言ってるわ!」
自分が原因になった事とは知らないコヨミは、言ってやったとばかりにドヤ顔で二人に説教し終わった。
普段、相槌を打つだけ溶かしている護衛が思わぬ活躍をしてくれた嬉しさも手伝っている。
「姫様……。そ、そうですよね」
「ま、まあ、分かってたし」
背中を押された様子で、二人が仲直りの決定的な一言を言おうとした瞬間……。
異変は起きた。
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