第57話 彼女の服装
そんなこんながあった後、
姫乃達は着替え終え、更衣室を出て後夜祭のパーティー会場へ向かう。
着いたその場所は、船の内部だという事を忘れそうだった。
煌びやかなシャンデリア、ホールの中には美しく着飾った人達がいる。
まるで別世界だ。
姫乃は自分の姿を見下ろした。
紅色のドレス。頭には明るいオレンジのリボンがチョウチョのようにひらめいている。
変じゃないかな?
そこに選、ミルスト、啓区がやってきた。
「お、何かこういう衣装着ると良い感じだよな」
「皆さん、とても似合ってます」
「うん、可愛いと思うよー」
しばらく互いの服についてあれこれ言い合ったあと、思い思いに会場に散っていく。
エアロの護衛の事は完全に皆忘れているようだった。
「もう、皆さん。好き勝手動かないでくださいとあれほど言ったのに」
「ええと、エアロちゃん。何かごめんね」
「いいえ、ひめ……えっと貴方様が悪いわけではないですから」
「うう……、どうしても様はとってくれないのね」
そんな風に落ち込んだエアロを慰めようとして失敗したコヨミが一緒に暗い顔になっているのを見つめながら、姫乃はこれからどうしようかなと思う。
会場には楽団の人達が楽器を演奏していて、絶えず音楽が鳴り響いている。参加者達はそれぞれ、踊ったり、楽しそうに話をしてたり、並べられている料理を食べたりして時間を過ごしていた。
そこに、アクリリュートの楽器の方に吸い寄せられるように歩いていったはずの未利がやってきた。
姫乃はその姿を見て、ぎょっとする。
「み、未利……その服、どこで」
彼女が身に着けているのは激しく見覚えのある……クレーディアの身に着けていた服だった。
そんな姫乃の様子を不思議そうに見つめながら未利は説明する。
「なんか、あの服乙女乙女しいもんだったから、更衣室に戻って着替えてきた。これ、何か灰色っぽくて地味だし」
「更衣室に、あったの……?」
「姫ちゃん? どうしたの? 死んだはずの人間に出くわしたような顔してるけど」
まさにそのような心境だ。
いや、そう例えるのは彼女に悪いだろうけど。
だってここにそんな物があるはずがないのだ。
そんな物があればコヨミが見逃すはずがないし、何より百年前に実在していた、それも最後に自ら死を選んだ人間の服を、こんな場所に用意するはずがない。
未利は訝しげに姫乃の様子を眺めたり、視線の先の服を引っ張ったりつまんだりしている。
一体誰がこんな物を用意したのだろう。
「わーすごい似合ってないー」
「分かってる事を言わんでいいっ! 元のよりはマシでしょうがっ」
混乱する姫乃の下に啓区がやってくる。
腕にはたくさんの料理が抱えられていているが、半分ほど未利に奪われている。
「更衣室に他に誰かいたー?」
「何でそんな事聞くのさ? 別に誰もいなかったけど」
「そっかー」
「なーんかさぁ」
未利は姫乃と啓区、そして近くでコヨミと共に落ち込んでいるエアロを順番に見つめて言った。
「何か、アタシに隠してない?」
「えっ、そ、それは……」
「うん、ばっちり悪だくみしてるー」
口ごもる姫乃だが啓区は笑顔で嘘をついた。
しかし、それに未利は勝手に納得したようだった。
「やっぱね、何か最近変だなって思ってたし。どうせエアロと仲直りさせようとでもしてるんでしょ、そんなにされなくたって努力ぐらい自発的にするし。……まあ、結果は保証できないけど」
「そこは結果までどーんと、任せておけーって言うのが未利なんじゃないかなー」
「うっ、いやでもほら……物事には向き不向きってもんがあるし」
「無理でもなんでも、やって見せるのが努力ってもんでしょーって、何か言いそうなのにー?」
「う、うっさいわ、ボケ。いちいち人の揚げ足とりおって。悪いのはこの口か、ええっ!?」
「いひゃいよー」
つねつね、むにむに。いつも通りの調子で未利が啓区に物理的突っ込みを入れている。
何とかごまかせた、かな。
気をつけなくちゃいけないなぁ。
突然聞かれたら、私じゃちゃんとごまかせる気しないけど。
それにしても、一体誰があの服を更衣室に置いていったんだろう。
もしかして、限界回廊で見た事やコヨミ姫の見た未来に関係ある人物がやったのかな。
そうだとしたら、注意してなければいけない。
後夜祭船上 甲板 『イフィール』
「じゃ、後はよろしくね。イフィールちゃん。お疲れ様」
白いドレスに身を包んだ雪奈を見送った後。
船の上、船の甲板にてイフィールは己の姿に眉をひそめていた。
イフィールは不満げな顔をしていた。
ドレスにではなく、ドレスを着た己の姿に。
「よく似合ってるよイフィール」
「そ、そうか。ありがとう」
隣にいる男二人の片方、ラルドからの賛辞に、ぎこちない笑みを送って礼を言う。
「相変わらず自分を着飾る事に対して、あまり嬉しそうではないようだね」
「ああ、こういうのはどうしてもな」
「はっ、まじで服の力って詐欺だろ。普段の暴力が隠れちまってるじゃねぇか」
そんな戸惑う様子のイフィールに、もう一人の男ウーガナが声を掛ける。
「斬るぞ」
「ちっ、この女」
腰に手をやりありもしない剣を抜こうとするフリをしたイフィールのしぐさに、ウーガナは反射的に身を退いてしまう。
「やれやれ、君達は本当に面白いくらい仲が良いね」
「どうしてそうなる」
「どこ見たらそう見えんだ」
会えば口喧嘩しかしない当人二人は心底不思議そうな視線をラルドに向けた。
「まったく、せっかくレースで役に立った褒美にと、後夜祭に引っ張ってきてやったというのに、そういう品のない態度を続けるなら牢屋に放り込むぞ」
「クソが、テメェ。やっぱ暴力は服なんぞじゃ隠せねぇな」
「そういえば、あの子供達には会わなくていいのかい? 君が気にかけてた……」
ウーガナのケンカを売るような言葉をサラッと無視したラルドが言うのは、今頃会場で楽しんでいるはずの姫乃達の事だ。
「せっかくの息抜きの機会なんだ、今日くらいはゆっくりさせてやるのが大人の役目だろう」
「まあ、確かにそうかもね。あらためて遺跡の調査、お疲れ様」
「正直少し疲れたな。侵入者の手がかりはまったく掴めなかった」
コヨミの命令で、祭そっちのけでシュナイデの町の地下にあるという遺跡……エンジェ・レイ遺跡に入っていたイフィールは疲れたようなため息を吐いた。
「そちらも進展はないようだし、困ったものだな」
「おや、バレてしまったか」
そんな二人の様子を見つめるウーガナは不機嫌そうな表情のまま話に割り込む。
「けっ、そんなもん下っ端にやらせときゃいーもんを、いちいちテメェが出張るのかよ。物好きなこった」
「それはあれか? お前は私の実力を買っていると受け取っていいのか」
「はぁ、テメェの耳はどういう耳してんだよ。嫌みだろ、今のは」
イフィールの意外すぎる反応にウーガナが憤慨していると、ラルドまでもが首を傾げてくる。
「そうか、私にもイフィールと同じように聞こえたのだが」
「テメェらマジで、お気楽な似た者同士だな! これも嫌みだからな!!」
「何を怒ってるんだ、お前は。あんまり騒がしくすると斬るぞ」
そんなある意味天然かもしれない二人に目をつけられたウーガナは怒りを通り越して頭を抱えるしかない。
計算してやっていない所がタチの悪い所だった。
「お前ら、いい加減にしろよ。俺に何か恨みでもあんのか」
賑やかなのは会場だけでもないようだった。
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