第56話 後夜祭



『コヨコ』


 五十組の出演者分、全てが終わった後は表彰式が行われる。


『水上ショーのベスト賞を飾ったのは最後に舞台に上がった彼女達です、皆さん盛大な拍手を!』


 アムニスの声と共に、観客席から歓声が沸き上がった。

 舞台上の上には、最後に立った姫乃達と、そして……、


『なお、慎重に審査した結果今年は特別賞を贈る事になりました、それは彼らです!』


 選達が並んで立っていた。


「まさか、皆が姫乃ちゃん達と知り合いだったなんて、びっくりしたわ」


 コヨコはびっくりした表情のまま居並んだ者達を見つめる。

 舞台に上がるなり、互いに驚いた顔をして親しんだ様子で話し出した時は、本当に驚いた。


 実は選達は、姫乃達が探していた同郷の人間の数人らしくて、つまりは異世界メタリカから召喚された人間だというのだ。


 つまり、ものすごく身近にいた人間が、そんなびっくり現象に巻き込まれていた者だった、と。

 まず聞いてびっくり、考えてまたびっくりだ。


 世界は広いのだか狭いのだか、よく分からなくなりそうだ。


 だが、観客の声援に手を振って答える彼ら彼女らを見ながらコヨコは笑みをもらす。

 きっとずっと探していたであろう同じ世界の人間に、会えてよかった、と。

 その架け橋をかけるいったんに自分が関われた事に、喜びが湧く。

 

 きっと、この後の後夜祭では、それぞれ話す事がたくさんになるだろう。

 きっと賑やかになるに違いない。そんな様子を想像すれば、嬉しくならない方がおかしい。







 舞台上の授賞式でで思いがけない再会を果たした後は、後夜祭の舞台へと姫乃達は移動していた。


 そこは港からほど近い場所。

 祭り用に改装された船の中だ。


 豪華に飾り付けられた船の内装の中を通って、後夜祭用の正装へと着替える事になっている。


 ちなみに一般の人達はそのまま港を会場にして、飲んだり食べたりして楽しんでいるはずだ。


 ここには、町に飾られた芸術作品の最優秀の製作者や、水上レースの選手や関係者、ショーなどを含めた街中での各催し物の主催者や協力者、参加者などが集められている。


 ようするに実行委委員同士の打ち上げのようなものだ。


 関係者であれば基本出入り自由だが、決まりが一つあった。

 それは正装して会場に来る事、だった。

 なぜかというと、これは楽しむための祭りでもあるが、同時に水の恵みへ感謝を捧げる為の祭りでもあるのだから。


 水礼祭は水の恵みに感謝するお祭りだ。

 いくら楽しくても、忘れてはいけないところもあるのだろう。


 というわけで、姫乃達は船の中の一室、更衣室の中で着替えていた。


 とても楽しかった。

 緊張したし、不安な気持ちもあったけど、すごく楽しかった。

 自分のアイデアでたくさんの人を笑顔にできた事実が何よりも嬉しい報酬だった


 アクアリウムの魔法で水球を作って、未利の風の魔法で移動させながら、啓区の雷の魔法で光らせた。

 魚の幻は、実は予定にない。啓区に聞いたら、海の中の幻をやろうと思ってできた話みたいだったけど、できれば驚くのでそういうのは今後は事前に言ってほしい。

 未利といい、そういうぶっつけ本番みたいなのが好きなのかな、皆。

 緑花達も、そんな感じだったみたいだし。


 だが、全体的には楽しかったし、良い気分転換になった。

 ここのところずっと大変な状況で、難しい事ばかり考えていたから。


 そんなわけで思い出に浸りながら着替えていき、姫乃達は自前で用意できないという事で城から服を貸し出される事になったのだが……、


「これ、どうやって着るんだろう」


 古めかしい厚手の衣装を前に姫乃は思い悩んでいたのだ。


「ここにある服って、皆こういう昔っぽいものばっかりよね。やっぱりお城だからなのかな」


 そんな姫乃を横に緑花が声を上げる。


「そういう事はないと思いますよ、蔵書館……元いた世界の図書館のような場所で調べたんですけど、正装する時は皆さんこういった服を着られるようです」


 疑問に答えるのは華花で、そんな返答を聞いて渋い顔をしていた緑花に注意を飛ばすのは水連だ。


「へぇ、そうなんだ。あ、緑花。動きにくいとか今考えてるでしょ、パーティーなんだからちゃんと着なきゃだめだって」


 そんな状況を受けて、未利がぽつり。


「何つーか、賑やかになったわー。この景色」

「緑花ちゃまや華花ちゃまや水ちゃんが増えて、なあは嬉しいの!」


 知り合いが一気に増えた光景を見てなあが笑顔になって感想を言う。

 姫乃としても同感だ。


 今まで、姫乃、未利、なあ、啓区、と四人でいたの所に、さらに緑花、選(ここにはいないけど)、華花、水連と二倍に増えたのだから、そう感じない方がおかしいだろう。

 それに加えて、緑花達も色々とマギクスでミルストなどの知り合いを増やしているのだから、さらに賑やかになる事は決定事項で間違いなしだ。


「警護する方の身にもなってほしいですけどね……」


 そんな風に呟くのは、部屋の隅で黙々と着替えていたエアロ。


「エアロちゃん、仕事増やしてごめんね。ちょっと見通しが甘かったかもしれないわね」

「え、いえ。そんな事はないです……」


 そんな様子を見て、コヨミが声を掛ければ彼女は恐縮しきって身を縮こまらせる。


 確かに、護衛として就かされたエアロ一人ではちょっと目を光らせるのは難しい人数かもしれない。

 祭りが残り後数時間しかないのが救いだけど。


 姫乃はそんなエアロに近寄って話しかける。

 何かを警戒しているのか、エアロは元着ていた服を手に取って、胸の前に急いで抱いた


「あ、エアロ。イフィールさんって会場に来てるかな?」

「いたずらしに来たわけではありませんでしたか。ええ、来てますよ。何か話でもあるんですか?」


 いたずらなんてしないよ。

 未利ならやりかねないけど。


 姫乃の質問にはコヨコが答えた。


「イフィールならいると思うわ。ちょっと雪奈さんと一緒に別の場所の調査をしてきてるから遅れるとは思うけど」


 あ、先生見かけないと思ったら、何かやってたんだ。


「せっかくの祭りなのに、参加したらって言ってみても。断っちゃうのよね。後夜祭だけは来れると思うけど。姫乃ちゃんは用とかあったの?」

「いえ、ただイフィールさんにも捜索を頼んだという話を聞いたので、一応声を掛けておこうと思ったんです」


 そういう話を祭で一緒に行動することになったエアロから聞いているので、姫乃としては気になっていたのだ。


「なるほど、そういう事。……と言ってもちゃんと調べるのは他の人達に任せたし、片手間に気になる情報があるならできる範囲で調べておいてって頼んだだけよ」


 それでも、だ。

 イフィールには少しの間だけどずいぶんお世話になったので、感謝の意味も込めて色々と話したい事もあったのだ。


 そんな風にしてしっかり者の調査隊の女性の事を話している中、新たに部屋に入って来た女性が声をかけてきた。


「あらあら、こんなに友達がいっぱいできて、少し見ない間に成長したわね、コヨミ」

「お母さん!」


 コヨミは驚いた声を上げて、部屋に入って来た女性を見つめる。


「良かったわね。皆うちの子と仲良くしてやってくださいね。あの子、そそっかしくて、抜けてるところがあるから」

「わわわわ、ちょっと……」


 真っ赤になって、母親らしき女性の元へ行き慌てるコヨミ。

 うん、こういうの見てると本当にお城の姫様だって事忘れちゃいそうになるよね。


「まあ、その服は、そこについている紐をほどいて着るんですよ」


 その女性が不意に姫乃の方を見て、未だに着方がよく分からない服について説明してくれる。


「わたし、こう見えても服飾に詳しいのよ。レフリーと申します、娘ともどもよろしくお願いしますね」

「あ、ありがとうございます」


 ありがたい申し出に感謝の言葉を述べる姫乃だが、イフィールが持ってきた手提げをのぞき込む未利の姿に気が付いた。


「未利。勝手に見ちゃ駄目だよ」

「あー、うん。悪かった。けど……、レフリーだっけ? この服なに?」


 未利が顔をしかめながら手提げの中に入っっているものを視線で示す。


「これですか?」


 レフリーさんがその手で取り出した物は、未利がこの世界に来ていた時に着ていた服だった。


 えっ、それは確かエルケで彼女が捨てたはずなのに、どうしてここに?


「エルケにいる知人に、変わった服を発見したと手紙で教えてもらったもので、仕立ての参考にさせてもらったんです」

「ふぅん、そう……。確かにちょっと細部が違うかも。……色々思う所はあるけど、まずびっくりだわ」


 あの時、未利が着ていた服そのものではないみたい。

 前にマギクスの世界地図を見たことあるけど結構エルケとシュナイデって、離れてるみたいなんだよね。

 大陸の西の方と東の方。

 それなのにこんな離れた場所で同じ形をした物と出会うなんて。


「ひょっとして、この服は貴方の物なのかしら……?」

「まあ、元はね。でも捨てたもんだし、別に返せとかそういう事はないから。あー、いやむしろ、ごめんって謝っといて。この服、その友人とやらのだし」

「まあ、そうだったの」


 レフリーに尋ねられた未利は気まずそうに視線を泳がせる。

 そういえばそうだったよね。

 あんまり堂々と着てるから忘れそうになるけど、捨てられてたとはいえ未利のも元は人の物だったんだし。


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