第47話 一番のなあ



『+++』


 思いがけないハプニングを演出と工夫でごまかした後、ようやく決勝の第三レースが開始される。


『では、これより決勝レースを行います。名残惜しくはありますが、泣いても笑ってもここで終了です。皆さん、選手たちの最後の舞台を精一杯応援してください!』


 アムニスの説明が終わり、歓声が上がると共に会場の緊張は高まっていく。


 レースのスタート地点、コケトリーの背にいるなあは張り切っていた。

 腕を伸ばして丸々とした愛鳥の頭をなでる。


「コケちゃん頑張るの! なあもがんばるの!」

「コケェ!」


 なあは拳を突き上げて「えいえいおー」して気合を入れて、副次効果として周囲の人間を癒した後、正面をまっすぐ見つめる。


 アクリリュートの最初の音が鳴り響く。

 選手達がスタートダッシュの時の風の抵抗を考えて身を低くした。


 もう一音。

 緊張の糸がぴんと張りつめる。


 そして静まり返った空気の中、最後の一音が一際高く鳴り響き、レースは始まった。


 合図と同時に一斉にコケトリー達が走りだす。


「たくさん走ってがんばるのー!」

「コケェェェッ!」


 最初は障害物の無いコースだ。

 コケトリー達はをまっすぐに走る。

 決勝に残る者達の実力は拮抗している。なあと他の選手達との距離は僅差だ。


「みんなお目目がメラメラしてるの」


 気合の塊とかした選手達。なあはそれらの人達を見て、気持ちをぐっと引き締めた。


 周囲には仲良くなった人達もたくさんいるが、しょーぶごとにテカゲンはふよーだ。

 親しき中にも礼儀ありというもので、仲良くても勝負は真剣なのだ。


 並走するコケトリー集団の中、なあがわずかに前に出る。

 空気抵抗を減らす意味や、体重の面では圧倒的になあちゃんが有利だった。


 しかし、長年の練習経験というものもなかなか侮れない。

 前へ一つ出ては抜かされ、抜かされては出ての繰り返しになる。

 最終的に落ち着いたのは、前から三番目の位置だ。


「ぎゅんぎゅーんなの」


 勝負事の真っ最中のシリアス空気をブレイクしかねない、声を上げるなあ。

 でも本人はいたって真剣だった。


「びゅーっていくの!」


 真剣に楽しんで、これ以上ないくらいにとても満喫していた。


「コケっ」

「ぴゃ、道さんが変わるの!」


 そんな目の前、港から水上へとコースが変化。

 ただし泳ぎではなく、会場に組み立てられた足場の上を走る事になる。


 選手達はここまで残るだけあって、失速せずにリズムよく疾走していく。


『さすがです、まったく選手達のスピードが落ちません! おっと、しかしここで体格差が出たようです。なあ選手が一番に躍り出ましたー!』

「せんとーなの!」

『おや、コール選手のコケトリ―が何やらなあ選手に接近してきましたが……』

「優勝は俺の……だ!」

「ぴゃあっ、なの。危ないの」


 コールと呼ばれた男選手がコケトリ―を操って、ぶつけてきた。

 その衝撃でなあ達は落ちそうになったが、何とかコケトリーが踏ん張る。


 そこで並走していた優勝候補のライアが声を上げる。


「卑怯よ!」

「ルールには書いてないだろう!」

「そうだけど、わざわざぶつけてくるなんて!」


 そう言って、コールは何度かなあへと体当たりをしてくる。

 コケトリーは衝撃を受けるたびに足場から落ちそうになる。

 ここまで有利だった体格が小さいという点が欠点になった瞬間だった。


「コケちゃん大丈夫なの?」

「コケェ!」

「そうなの、良かったの! でも、なあはらんぼーは良くないと思うの」


 落ちるまではいかなかったものの、スピードは落ちてしまった。

 水鏡ごしの観客席からブーイングが上がる。


『確かにルールでは禁止されてませんが、子供も相手にやるのはどうでしょうね……」

「ルールでめってしてないの? なら良いと思うの。しょーぶしたら、何としてでもしょーりをもぎ取るのがいいって雪奈先生が言ってたの。でも! 痛い痛いにならないようにしなくちゃなの」


 しかし、やられた本人はそれほど気にしてない様で、コールに文句を言ったりはしなかった。


「……」

「ど、どんな環境で生きてきたのかしら……」


 予想との斜め上どころかほぼ正反対を行く言葉を聞いて、選手の間に沈黙が満ちた。

 絶句するコールとライアは何やら誤解しているようだったが、なあはその事には気づかなかった。


 妨害のおかげで先頭から後ろに、再び三番になってしまったなあ。

 しかし、めげずにコケトリーを走らせる。


 水上コースを通り抜けて折り返しだ。


 姫乃が手を加えた浮島コースまでやってきて、霧の中……ロープの上を、危なげなく渡っていく。


「頑張るのっ、ゴールに一番に着いた人が一番なの。一番とるの!」

「コケェェェっ!!」


 最後の数十メートル。

 なあちゃんのコケトリーが前にはしる者へと必死に追いかけ、その背中につく。


 その様子を控室で見ていた姫乃達も応援してくれているはずだ。


「頑張って」

「殺っちまえー」

「やるが別のるに聞こえたよー。なあちゃんがんばー」


 きっと、なんかこんな感じに応援してくれてるに違いない。


 そして距離を知事めて、二番になり、とうとう二頭のコケトリーが並ぶ。

 ライアと、なあのコケトリーだ。


「ここまで、来るなんて!」

「なあ、負けないの!」


 二人は最後にコケトリーに声をかけて、ラストスパートを駆け抜ける。


 出せる全力を振り絞り、互いに己の相棒へと信頼をあずける。





 そうして、

 ゴールテープの向こうへと二組は飛び込んだ。


 ゴール近くにいた審判が、しばし間を置いた後、二つの旗を両手で上げた。


『これはこれ両選手とも同時に一位だー。すごいレースでしたー! 皆さん。選手に拍手を』


 アムニスの言葉が止んだ瞬間、割れんばかりの拍手がレース会場を包む。


「ぴゃ、一番なの。ライアさんと一緒なの、なあ嬉しいの」

「驚いたわ、初出場で私と並ぶなんて。ちょっと自信なくしちゃう、でも……」


 コケトリーをおりてライアがなあの方へと近づいてくる。

 そして右手を差し出して、握手を求めた。


「楽しかった。良いレースだったわ」

「なあも楽しかったの!」


 当然、なあもにっこり笑顔でその手を握り返した。





 レースが終わった後。

 最後に取り行われた式で、表彰台に登り、コケトリ―の歩られたトロフィーをライアと一緒に受け取ったなあ。

 台から降りると、新聞記者とういう職業この世界にもあったらしく、なあはメモを持った人達に囲まれもみくちゃになりながら質問攻めにあっていた。


 それからしばらく後、好奇心のままに飛び交う質問の嵐からやっと解放されたなあちゃんは、ちょっとだけ疲れた顔をしながらも、楽しそうにしていた。


 姫乃は戻ってきた彼女へと声をかける。


「おめでとう。すごかったよ! なあちゃん」

「まあ、頑張ったじゃん」

「ねー、びっくりしたよー。コケトリーもねー。えらいえらいー」


 なあは満面の笑みを浮かべた。


「えへん、なの。一番とるの楽しかったの!」


 ほんのちょっと誇らしげに胸をそらしながら。


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