第46話 灼熱の演出



 問題は起こったが、会場からの姿が消えるような事にはなっていない。

 水上レースの大会は続けられ、なあちゃんは驚く事に決勝レース進出を果たしていた。


「本当、すごい」

「なあちゃんが地味に才能してる」

「これが普通のレースだったら、どうなってたか分かんないけど、動物のだったからねー」


 もしかしたらなあちゃん、優勝できるかもしれない。

 控え室から応援する姫乃達はもう驚きやら関心やらが尽きない。

 だってならちゃん、かなりすごいのだ。


 自分の愛鳥であるコケトリーの事を本当によく分かっていて的確にフォローをしてるし、コースだってどこにどんな風に行ったら良いのかがまるで分かるみたいに走っているし。


「なあちゃんって凄いよね。普段はちょっと心配になるけど、必ず正解が分かってるみたいな感じがするし、周りにいる人の機嫌とかよく見てる」

「ほんとほんと、ただの天然じゃないってうか超生物だよアレ」

「だよねー。ほんとびっくりだよー」


 そんな風に天然系マスコットである仲間の思わぬ一面について話していると、第二レースが終わり、なあが戻って来る。次はもう決勝だ。


 しかし控室に戻って来た彼女は、休み暇もなく他の選手に質問攻めになっている。

 結構な人気だ。

 皆興味深々なのだろう。姫乃達よりも一回り小さい子が決勝まで残ったのだから。


 そんな喧噪に驚くなあちゃんだが、一生懸命答えていく様子を見せればすぐに他の人達とも打ち解けられたみたいだ。


 なあちゃん、人当たりがいいうえに、誰にもまったく警戒心を抱かせない天才だもんね……。

 出会った頃の未利もなあちゃんの世話は良くしてたみたいだし、アルル君も打ち解けた後はよくなあちゃんに話しかけてたし。


 姫乃はそんな光景を眺めながらその場を離れる。

 部屋の外にいるエアロになあちゃんの事をお願いして。(一度コヨミが心配そうな様子でこちらに身に来たが、すぐにグラッソに連れてかれた)


 これから向かうのは、あの爆発物の詰まった浮島だ。


 幸いな事にあの見つかった大量の爆発物は、行われた第二レースのコースからは離れていたので、処置をせずにそのままにしておいたのだ。

 だが、それも次までに何とかしなければいけない。


 次の、第三レース……最後のレースではその浮島がコースなのだから。

 当初は大会関係者がレースを観測する為の場所だったが、姫乃達の打つ一手の為にあえてコースにする事にしたのだ。


 レースが開始されるまでは後わずか。


 姫乃達は大会関係者の先導の下その場所へ来ていた。

 浮島のその近くの小船の上だ。


 姫乃達はこれから爆発物を除去しなければならない。

 一つ残らず確実に。


 幸いすぐに方法は思い付き、やるだけなら今までにいくらでもできた。

 だが、意味もなく浮島を爆破させるわけにもいかなかったので、不自然でないタイミングになるのを待っていたのだ。


『ここで、会場の皆さまにお知らせです。何と、たった今これからコースに障害物を設置します。少しばかり大会の人達が張り切り過ぎたせいで演出が盛大になってしまいますが、驚かないでくださいね!』


 アムニスの説明に水鏡ごしに観客たちの期待が高まるのを感じる。

 すごく良いフォローの言葉だけど、かえって緊張しちゃうよ。そんな風に言われると。


「わ、なんか、すごい見られてる」

「顔が見えないのが救いか、それにしても注目の的すぎ」

「しょうがないよー、いきなりブワーってやったら皆パニックになっちゃうかもしれないしー」


 演出とはいえ緊張しない方がおかしい。

 その作業すらもレースを盛り上げるための演出にすればいいと、皆で出したアイデアなのだが、実際の作業は姫乃しかできる人間がいないのだ。


 集まる視線と視線と視線。

 レースでは多くの選手の中の一人としてだったから、まだ大丈夫だったけど。

 これは、私一人に向けられてるものなんだよね。


 あ、何かくらってきちゃったかも。


「姫ちゃん、何か大丈夫? すっごい冷や汗書いてるけど」

「まー、緊張しちゃうよね普通ー。何か気がまぎれるような事できればいいんだけどー」

「そこでアタシを見るな、何!? 何か言えって!? 無茶振りでしょ!!」


 大丈夫だよ。今のでちょっとまぎれてきたから。


「ちょっと楽になったかな? な、何とかなる……と思う」


 何を言うべきが悩み始めた未利に声をかけて、姫乃は行動する。

 緊張に心臓を高鳴らせて、姫乃は愛用の杖……ではなくペンを掲げた。


「姫ちゃん、観客なんて皆ゴマだって。ゴマ粒だとでも思ってればいいって。ゴマが嫌ならカボチャでもメロンでもなんでもいいからさ」

「僕ならお菓子がいいかなー」

「それ危なくない? 観客食べたいって思ったりして何か危なくならないわけ」

「未利のも似たようなものだよねー」


 姫乃の背後で何やら言い合い始めた二人、もうちょっと耳を傾けていたいけどそうもいかないだろう。


 遠く、観客席の方からたくさんの視線を感じる、水鏡越しにもはっきりと。

 自分の一挙一動に注目されてると思うと、何とも言えない恥ずかしさを感じるが、さっきみたいにはならない。


 一呼吸あと。

 姫乃は演出を意識して、ペンを指揮者のように軽く振るう。集中力を高めていく。

 強張る体をほぐす様に、安心させる様に、ゆっくり動かす。


 脳裏に浮かべるのは炎だ。この地を焼き尽くすほどの広大な炎のイメージを構築していく。


 燃え残しがあってはいけない。強くく煌々と、圧倒的に徹底的に燃やし尽くす。

 だけど、余計な物、余計な範囲は燃やさない。姫乃にだけできる魔法。


 練り上げたイメージ。

 姫乃は魔力として一気に解き放った


「……っ!!」


 同時に。

 ペンの先端から可視化した濃密な魔力の本流がほとばしった。


 一瞬後、まるでどこかの城を攻めてでもいるかの様な威力の赤い魔力が、浮島の地面に大穴を開けて着弾した。


 そして、一気に周囲へと広がり、燃え盛る。


 その炎の色は、


「青色……?」


 だった。

 そういえばものすごく熱い炎って赤色じゃないんだよね。

 あれ、どれくらいの温度になったんだろう。


 青い炎が浮島を覆いつくすと同時、爆発音が連続する。

 何度も何度も。炎の中で土煙が上がっているのがみえる。

 どうやら爆弾は無事に起爆したらしい。

 観客の歓声の中、それらを見届けた未利と啓区が感想を話す。


「熱そうだねー、姫ちゃんを怒らせたらきっと大変だよー」

「大丈夫なの? あれ。コケ野郎が焼き鳥になったりしない?」


 啓区の言葉の後に、珍しく未利が不安そうな声で言った。

 大丈夫。

 その為の、周囲の海水だ。


 燃え盛った炎の浮島。

 地表と少し下を焼くどころか、真っ黒な大地となり、灼熱地獄となったそこを、他の大会関係者の人達とともに水の魔法で冷やしていく。その影響で熱で蒸発した水分が大量の蒸気が発生させた。


 残った青い炎と周囲に漂う人工の霧が、青色を鈍く浮かび上がらせて幻想的な光景を生み出している。


 目の前のそれらは、姫乃が作り出した光景だ。

 私の魔法だけじゃないけど、こんな事もできるんだ……。


『えー、観客の皆さん。心配は無用です。張り切り過ぎた分だけ、我々が汗水流して十分に水をかけて整えますので。ただし、地表はレース中もまだそれなりにまだ暑いので落ちたら鉄板の上を踊る事になります。ちょっとした罰ゲームですね」


 この後、どうするのだろうと思ったが、その上にロープをはって、コースにするようだった。


 あの丸っこい体でどうするのかと心配になるが、意外とコケトリーはバランス感覚が良いらしい。

 実際一匹を走らせてみて問題なく通り抜けたのを見て、それに採用するみたいだった。ちなみにもし選手やコケトリーが落ちたりしても「焼き鳥になる前に、風で安全圏まで吹き飛ばされますよ。観客の皆様、ご安心を」という事だった。


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