第48話 楽しいひととき



 シュナイデ 大通り一番 出店通り 『コヨコ』


 水上レースが終わり晴れて王女としての職務から解放されたコヨミは、一般人のコヨコとして町を巡っていた。護衛としてアテナ達もいるものの、近くにはいない。邪魔をしないようにと、遠くから見守っててくれる事になっているからだ。


 時刻は昼時。

 遠くからやって来た人なども含めて祭りが催される街には人で溢れかえっている。


 コヨコがいるのは町の中で一番と言われている大通りの中。

 シュナイデにはいくつも大きな道があって、祭りの時は外からくる人にも覚えやすくするために専用の名前が付くのだ、芸術品が並ぶ通りは芸術通り、出店が並ぶ通りは出店通りのように。(普段はもう少し分かりにくい名前がついている)


 その広い通りも今は人でごった返している状態。


「皆すごく楽しそう。終止刻で大変だけど。こういう時くらい騒いだって良いわよね」


 暗い事ばかりでは人間は生きていけないのだ。

 たまにはこうしてハメを外してガス抜きをしなければいけない。


 そんな風に考えていると、ふと路地の向こう側に視線が向いた。


 そこには、祭りの様子を恨めしそうにあるいは羨ましそうに見ている大人や子供達がいる、彼らはおそらく貧民街イビルミナイの住人だろう。


「ライアに向かって、自信満々で大丈夫って言っちゃったものね。しっかりしなきゃ」


 姫乃達から事情を聴いてレースが終わった後に、彼女とは少し話したのだ。


 シュナイデは、所得によってはっきりと格差ができあがっている。

 きっかけは昔起こった小さな事件だったと思う。

 どこにでもあるような些細な諍い。

 だが、それが気づかぬうちに広がっていってしまい互いに避け合うようになる状態が過去から現在へと続いて、格差へと繋がっていってしまったのだ。

 そんな現状を何とかするためにも王女は、ギルドをイビルミナイに設置したのだが……。


 一朝一夕に結果が出るものじゃないって分かってるけど、やっぱり悲しいわね。同じ町にいるのに。


 祭りを遠くから眺めているだけのそんな彼らの姿に胸が痛くなる。


 そんな風に、不意に見えた影の部分にしんみりしていると、


「姫様のことだけどさー」


 コヨコの耳に。町行く人々の話ごえが聞こえてくる。男の声。

 他の町から来た人だ。

 声の主の身なり、身に着けている装飾品からコヨミはそう判断する。

 あれは大陸の中央のにある町の品物だ。

 この辺りではあまり見ない少々高価なしなものだ。、


「星詠の力があるって本当なの?」


 隣にいる女性がその声に反応した。


「ああ、そうらしいな」

「だけど、話によるとまだこーんな子供みたいじゃん」


 女の人は自分の腰辺りをさす。

 失礼な。自分はそこまで子供ではない。

 旅の物であるらしい男女は、祭を見に来たのだろうか。


「小さいんだよね。ここの人達ってそんな子に命を預けてるの? もっとちゃんとした人が統治領主になればよかったのに、すっごい不安」


 聞こえてきた内容に鼓動が跳ねる。

 なったからにはちゃんとやっている、そのつもりだたが。

 公に出る機会もすくなくて、言葉を述べる機会もあまり今まではなかった。

 そのせいで、みんな不安に感じているのかもしれない。


 足を止めてしまったコヨミだが、人とぶつかりそうになり慌てて歩みを再開させる。


「浄化能力者が見つからないのは領主の怠慢のせいらしいよ」

「え、何それ」

「ほら、まだ子供でしょ。だから未熟なのよ。もっとちゃんとしてほしいってそう思わない?」

「だよねー」


 そんな事ない。

 そう言えたら楽だろうけど、言うわけにはいかなかった。

 言う事自体はできるだろうが、本物である自分が行ったってしょうもない事だろう。


 コヨミは俯いて人々のいない方向へと向かう。

 あんなにも待ち望んでいた祭の自由時間なのに、気分は暗く沈んでいいた。


 だが、そんなコヨミに声をかける者がいた。


「あれ? こんな所で何やってるのよ。探しちゃったじゃなない」


 緑花達だ。ギルドのメンバーにプラスして水連がそろっていた。

 そうだ、自分は彼女たちと待ち合わせをしてその場所へ向かっていたはずなのだが、いつの間にか通り過ぎてしまっていたようだ。

 周囲の景色を見て、遅まきながら慌てる。


「ごめんなさい、考え事してて……」

「駄目じゃないこんな時に。こういう時ってアレでしょ、スリとか多いでしょ? 楽しみががらも注意しておかなきゃ」

「まったくだ。二人も、三人もとっ捕まえる方の身になってくれよ」


 どうやらコヨコの知らない間に、彼らはまた一波乱どころか二波乱、三波乱もあったみたいだ。


「どうしましたか、コヨコさん。なんだか顔色が悪いみたいですけど」

「大丈夫ですか、人込みに酔ってしまわれました?」

「まったく、緑花や選が途中で道案内してるから見つけるの遅れたんじゃん」


 声をかけてくるのは、華花、ミルスト、水連だ。

そろったギルドメンバー+一名にコヨコは表彰を取り繕って、何でもないと告げて置く。

これからみんなで出店巡りをするというのに、余計な事で雰囲気を悪くしたくはなかった。






 それからは半日かけて、出店を回って水連にお菓子を買ってあげたり、屋台で腹ごなししたり、路上での力試しイベントに飛び入りしたりと、色々と遊びつくした。


 楽しかった。

 時間なんてあっという間だ。

 ずっとこんな風に友達と遊べたらいいのに、と思うが時間は立ち止まりはしてくれない。


 夕日を背景にして、コヨミは緑花たちへと別れを告げる。

 大丈夫。まだ明日もある。


「それじゃあ、また明日。ギルドの宣伝もかねて、ショーを頑張りましょう」


 そう言って、コヨコの……コヨミの水礼祭一日目は幕を閉じた。

 その明日の最終日に何が起きるか、まだ知らずにいた。


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