第8章 雪菜登場
訓練室から出て行った未利。
姫乃は、彼女を追いかけるべきかそっとしておくべきか悩んだ。
「何なんですかっ、もうっ」
憤慨するエアロを視界にいれながら、考えていると部屋の外が慌ただしくなる。
大勢の人の声や足音とかが聞こえてきた。
訓練室の外に出てみると、武装した兵士達が焦った様子で、廊下を駆けていくのが見えた。何かがあったようだ。
『ウーガナ』
城の中を走る一団がいた。
地下牢から脱出したウーガナ達だ。
兵士たちに追われ、時に弓を射られ、時に魔法をぶつけられそうになりながら、城の中を全力疾走しているところだった。
ウーガナは息絶え絶えになりながら不満をぶちまける。
「くそ……、ぜぇ……気付くの、早すぎんだろ、勤勉かよ。はぁ……上品な建物に住んでる割に血相変えて追いかけてきやが……って。つーかここ……どこだよ。外は、どっちだ!」
嫌がらせとしか思えないくらいのむやみやたら長い廊下を走りぬけながら、視線をあちこちにやり自由への出口を探し求める。
ウーガナ達の頭には当然城の作りなど入っていない。
運まかせに勘に頼っているのが現状だった。
とにかく外へ。
それだけを考えて走っているらしいが、出口らしき場所には一向にたどりつけない。行く先行く先で兵士に見つかってしまうため、追手は大軍勢になってしまっている。
「ひいっ、さっきより倍に増えてる」
「親分ー、追ってくる兵士の数がとんでもない事になってるっすけど!」
後ろを振り返って残酷な真実を目の当たりにしてしまったらしい部下が泣き事を言ってくる。
「知るか、とにかく走れ、うだうだ言ってる暇あったら走んだよ!」
「ひぃ、状況的にも物理的にもケツに火がついてるっす」
「もう駄目だあー」
ぞんざいに応答する最中にも、矢やら魔法やらが飛んできて後続の部下が悲鳴を上げている。
「ここで終わるくらいならいっそ」
「も、もう駄目っす、こうなったのは親分のせいっすからね」
追い詰められた一部の者達が、何やら怪しいセリフを口にしながらウーガナに近づく。
怪訝に思ったのも一瞬の事で、部下たちはウーガナを後ろへと突き飛ばしていった。
「ぐぁ、てめぇら、何すんだ!」
文句を言う物の、聞く者も立ち止まる者もいない。
部下たちは振り返ることもせずに逃げていった。
一度止まってしまえば、結末は知れたもので、ウーガナは追いついてきた兵士達に捕まってしまった。
逃走失敗だ。
「テメェ等この野郎。覚えてやがれぇ!!」
憎々し気に遠ざかる背中達を見つめ叫び声を上げていると、見覚えのある姿が目に入った。
ちょうど角からやってきたその女はこちらを見るなり、一瞬で事情を把握した。
「まったく、あまり他の者の手を煩わせるな。仲間に裏切られるとは、お前リーダーの器じゃないな」
イフィールだ。
呆れたようにこちらを見下ろしている。
「うるせぇ!
「
「仲間じぇねぇよ、けっ」
兵士達を先に行かせ、ウーガナを踏んじばるイフィール。海賊子分達の行先は中庭あった。どうやらそこが外だと勘違いしているようで、必死の形相で先へと走り続けている。
その子分達の先で空間が歪んだ。
「あれは……そうか。良いタイミングだ、喜べ。大魔導士と名高いアルガラ様とカルガラ様の帰還だ」
「にゃっはー! なーんか面白い事が起こってるわね!」
だが予想に反して現れたのは二十代の女性だった。
何が面白いのか分からないが大笑いしながら子分達の先で立っている。
「おい、あれのどこが大魔導士なんだおよ齢七十を越えたじーさんじゃねーのかよ」
「おかしいな」
世間的には高齢なことで有名な大魔導士。件の人物がいるはずの場所に視線を向けて、イフィールは首をかしげる。
「捕まえちゃった方がいいかしら。え、あ、はーい。分かりましたー」
その女性はどこかへ向けて何事か話をしている。
傍からみたら虚空に話しかけているようにしか見えなかったが。
「残念賞ー。あ、ぽいっと」
そして話を終えると、中庭を走っていた海賊子分たちが何の前触れもなく、ニワトリをしめ殺したかのような悲鳴をあげてその場から吹っ飛んだ。
「おいおい、何なんだありゃあ」
「さて、何だろうな」
そのあまりの出鱈目さにウーガナが引きつった表情をすれば、堅物の女兵士も同じ用な表情をしてみせた。
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